黒島結菜主演で映画化、湊かなえ『未来』。父は死亡、母はときどき人形、絶望的な10歳少女のもとに20年後の自分から手紙が届く…【書評】

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身を寄せ合い、逃げるように夜行バスに乗り込む2人の少女。誰かに追われているのか、それとも何かをしでかしたのか――。夜の闇に不穏な気配がただよう冒頭から始まる小説『未来』(双葉社)は、湊かなえさんのデビュー10周年を記念して書き下ろされた小説。瀬々敬久監督により黒島結菜主演で実写化され、5月8日に全国公開された。
「湊かなえ史上、もっとも残酷で、もっとも切ないミステリー」と銘打たれた同作、いちばんの謎は少女のにぎりしめている手紙にある。〈こんにちは、章子。わたしは二〇年後のあなた、三〇才の章子です。〉という書き出しから始まるそれは、未来の自分から届いたメッセージ。手紙に同封されていたのは、テーマパークの30周年を祝うしおり。現実には10周年を迎えたばかりなのに、いったいどうやって? 本当に未来から時空を超えて届いたのか? と読者だけでなく、主人公の章子も半信半疑である。
大好きな父を亡くし、残された母はときどきスイッチが切れて“人形”になってしまうから、働くことはもちろん、日常生活もままならない。クラスメートにはその現場を想像するだにぞっとするようないじめを受け、母の美しさに惹かれて寄ってくる男たちは、守ってくれるどころかますます章子の日常をゆがませていく。さらに父方の祖母には、母が犯した信じがたい罪を暴露され、章子は明日を生きる気力をふりしぼるので精いっぱいだ。
本来、子どもの未来は大人が守るべきものなのに、幼い章子が、大人たちの日常を守るために翻弄されている。しかも、そうした境遇に陥っているのは、章子一人ではない。同級生の亜里沙もまた、父親に人生を踏みにじられ、数少ない救いの光である先輩や弟もまた、大人たちに心を壊されていく。
唯一、本気で、章子たちに手を差し伸べようとするのが小学校時代の先生であり、映画で黒島結菜さんが演じる篠宮先生だ。「相手の望んでいない善意は、ただのおせっかいです」と、子ども相手にもぴしゃりと言い放つ彼女は、一見、優しくて頼もしい先生とは違う。それゆえに一部の生徒や保護者から煙たがられてしまうのだけど、自身もまた、親に苦しめられた過去を背負っている篠宮だからこそ、表面上の同情や寄り添いに意味がないことをよく知っている。
小説では決して主人公とはいえない彼女が、映画ではどのような役割を背負いなおすのか。篠宮を通じて、子どもたちの貧困という、理不尽な現実に対して大人がどう向き合うべきかを改めて問う映画になっているのでは、と期待も高まる。
明日を生きるための希望はきっと、自分一人だけでは見つけられない。絶望に絶望が重なる現実を、章子をはじめとする子どもたちはどう生き抜いていくのか。そして、かつて子どもだった大人たちは、どう切り開いていくのか。人間の明暗をあますところなく描き続けてきた湊さんだからこそ差し込むことのできる光を、映画と小説、双方から味わってほしい。
文=立花もも
