服部誠太郎氏の公式Xより

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「副首都構想」について、福岡県・服部誠太郎知事は12日、定例記者会見で福岡市、北九州市と連携を強調した上で「県が主体となって副首都の指定に向けた取り組みを進めていく」と方針を語った。

服部知事は東京23区のような特別区設置ではなく、道府県と政令市が連携を結ぶ方法を想定。「福岡市と北九州市との緊密な連携を図る上で県がイニシアチブを取っていくことが重要」と強調した。

北九州市の武内和久市長も「福岡県と福岡市、北九州市が3本の矢になってチャレンジしようと、心を一つにしている」と意欲を見せている。

福岡市の高島宗一郎市長は昨年10月に「副首都の定義を明確にすることが大事」とした上で、「首都のバックアップ機能ということであれば福岡はまさに適地だと思う」と私見を語った。

副首都構想とは、東京への一極集中を是正し、災害時に首都機能を代替する体制を設けることで、国家的なリスクを軽減し、成長を目指す戦略だ。

同県は法案の成立や具体的な要件が明示され次第、手続きする方針としている。

自民党と日本維新の会は3月31日に、「副首都構想」の関連法案の骨子案をまとめた。骨子案では、国の出先機関が立地していること、経済・人口の規模、地方行政の体制などを基準として選定するとしている。

具体的には、首都の役割を代替するため同時被災リスクが少ない地域を候補にする考え。維新の会は大阪、福岡、札幌を候補地として想定。名古屋、新潟も立候補している。両党は7月の国会で法案を提出し、成立を目指す。

候補地の一つ大阪では、副首都推進本部会議で、「副首都ビジョン」を取りまとめている。また、構想実現に向けた機能強化の一環として、データセンターなどデジタルインフラの整備に関する協議会を実施した。

311以降具体的に進むも、政権交代

副首都構想は、いつ生まれたのか。

2005年に大阪府、京都府、兵庫県の三府県知事が、東京で災害が起こった際、一時的な措置として、経済や情報の代替地として副首都の建設を推進する考えに合意したことが始まりだ。

2011年3月11日、東日本大震災が発生した際、東京でも帰宅難民が出たことを受け、石原慎太郎東京都知事(当時)が「首都機能はいい形で分散されるのが好ましい」と発言。リニア新幹線にも触れ「東京と大阪が1時間で結ばれれば画期的だ」とし、首都機能移転を一部推進すべきとの考えを示した。

同年7月、副首都建設を目指す超党派の「危機管理都市推進議員連盟」と石原知事、橋下徹大阪府知事(当時)が会談し、東京を「首都」大阪を「副首都」とする方針で合意している。

しかし、政権交代で関連法案は提出されず、副首都構想の議論が下火となった。

2025年10月に成立した高市早苗政権では、維新が連立与党となり、連立合意書に副首都についての議論を始めることを明記。前述通り、法案提出し、成立を目指している。

文/並河悟志 内外タイムス編集部