(※写真はイメージです/PIXTA)

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久しぶりに帰省した実家で目にしたのは、想像を超える“母の生活の変化”でした。健康のため、人とのつながりのため――そう語る母の姿はどこか充実しているようにもみえます。しかし、その裏で確実に減り続けていた老後資金。親にとっての「安心」と、子にとっての「不安」がすれ違ったとき、なにが起きるのでしょうか。本記事では合同会社エミタメの代表を務めるFPの三原由紀氏が、ある親子の事例から、高齢親の資産管理について解説します。※相談事例は本人の許諾を得てプライバシーのため一部脚色しています。

「こんなはずじゃなかった…」73歳母のクローゼットを開けた瞬間、息子が凍りついた理由

会社員の健一さん(仮名/45歳)は、ゴールデンウィークに千葉県の実家へ帰省しました。母・洋子さん(仮名/73歳)は一人暮らし。築40年以上の戸建てで、住宅ローンはすでに完済しています。父が亡くなってから3年。最初のころは気落ちした様子もありましたが、最近は電話越しの声も明るく、「もう慣れたわよ」と笑っていました。そのため健一さんも、どこかで安心していたのです。

しかし帰省したその日、家の中にわずかな違和感を覚えました。リビングの隅に積まれた段ボール。キッチンに並ぶ見慣れないドリンク。洗面所には高価そうな美顔器。

「こんなの、前からあったっけ……?」

そう思いながら、母にものを取ってと頼まれて、クローゼットを開けた瞬間――言葉を失います。中には未開封の箱がびっしりと積み上げられていました。健康サプリメント、栄養ドリンク、美容機器。どうみても、一人では使いきれない量です。

「これ、全部どうしたの?」

問いかけると、母はあっけらかんと答えました。「体のためにいいって聞いたのよ」話を聞くと、昔の友人から紹介された商品を、定期的に購入しているとのこと。こうした生活が始まったのは、父が亡くなってしばらくしてからで、気づけばもう3年近く続いているといいます。

「毎月これくらいって、ちゃんと考えて決めてるのよ」そういいながらも、少し笑って続けました。「でもね、集まりで新しいのを教えてもらうと、つい気になっちゃって……」月にかかる費用は、およそ4万円。「みんな続けてるし、自分だけやめるのもなんだかね」。

さらに母は楽しそうに続けました。「月に一度、みんなで集まるのも楽しみなのよ。たまに旅行にも行くの」ふとみると、母の表情は以前よりも明るくなっていました。一人暮らしにも慣れ、気軽に声をかけ合える仲間もできた。いまがいちばん、自由に過ごせている時期なのかもしれない――。

そう思った矢先、健一さんのなかで、静かに計算が始まっていました。月4万円の健康関連費。集まりの交通費や旅行の積み重ね。おそらく月5〜6万円は、生活費とは別に出ていっている。年間にすれば、60万円を超えるのでは……。

「3年で、200万円は超えている。いや、もしかすると……300万円近くになるのかもしれない」

思わず声に出ていました。母の表情が、すっと変わります。

「そんなに使ってるわけないでしょ」

「いや、月5万としても3年で180万。旅行や急な出費を足せば、それくらいにはなる。母さん、いまの貯蓄、どのくらい残ってるの」

「健一には関係ないし、私のお金をなにに使おうと、私の勝手でしょ」

「関係ないって……。母さんが心配だからいってるんだよ。このままじゃ、将来どうするんだ」

「だから! 私が元気でいることが、あんたたちに一番迷惑かけないでしょ?」

その言葉に、健一さんはそれ以上、なにもいえませんでした。翌朝、食卓でお互いに目が合うことはありませんでした。帰り際、玄関で靴を履きながら振り返ると、母は台所に立ったまま、こちらをみていませんでした。「じゃあ」といいかけて、やめました。言葉が、出てこなかったのです。

帰りの電車の中で、スマホを開きました。「着いたら連絡して」--いつもなら来るはずの母からのLINEが、今日は来ませんでした。

「久しぶりの帰省で母さんを楽しませるはずが、地獄みたいな空気になっちゃったな……」

「安心のための支出」が、いつの間にか家計を圧迫する理由

洋子さんの行動は、一見すると無駄遣いのようにもみえます。しかし本人にとっては、そうではありません。

・健康でいるため

・人とのつながりを保つため

・将来、子どもに迷惑をかけないため

そうした思いが重なり、支出そのものが“安心”や“生きがい”に変わっていきます。特に、一人暮らしになったあと、生活のなかに新しいつながりが生まれると、その関係を大切にしたいと思う気持ちは自然なものです。

一方で、年金収入は限られています。月17万円前後の収入で生活できていたとしても、そこに毎月数万円の支出が積み重なれば、資産は確実に減っていきます。

問題は、それが「無駄だから」ではなく、「必要だと思っている支出」だからこそ止めにくい点にあります。

「やめるか、続けるか」ではなく…親子で向き合うための現実的な一歩

FPとして、このような相談を受けたとき、まず確認するのは「いまの支出が、何年後に底をつくか」という数字です。感情的な話し合いより先に、この一点を可視化するだけで、親子の会話が変わることがあります。

洋子さんのケースで試算してみましょう。

現在の貯蓄:約650万円

月の収入(遺族年金など):約17万円

月の支出(生活費+健康関連費):約21万円

月の不足額:約4万円

年間の取り崩し:約58万円(生活費不足分+交際費)

75歳まで生きた女性の平均余命は約15.75年(厚生労働省・令和6年簡易生命表)。洋子さんには、これからも15年以上、生活費が必要になる可能性があります。それにもかかわらず、このペースが続けば約11年後、84歳のころに貯蓄が尽きる計算です。これは決して「遠い話」ではありません。

親子で最初にできる現実的な一歩は、3つあります。

1.「家計の見える化」を一緒にやる 

本人が自分で数字を書き出すことで、客観視が生まれます。子どもが指摘するより、自分で気づくほうが行動につながりやすいです。

2.「支出のすべてをやめる」ではなく「優先順位をつける」 

人とのつながりに価値を感じているなら、そこは残す。商品への支出の一部を見直す。――こうした段階的な整理のほうが、本人にも受け入れられやすいでしょう。

3.「介護・医療費」の備えを別に試算しておく 

70代後半以降、医療・介護費が増加する傾向があります。現在の貯蓄のうち、「生活費の取り崩し分」と「緊急時の備え」をわけて考えておくことが重要です。

「やめてほしい」ではなく「一緒に確認させてほしい」――その一言が、次に帰省したときの空気を、少しだけ変えるかもしれません。

三原 由紀

合同会社エミタメ

代表