ダチョウ肥後 お笑い芸人になる前に就いていた仕事&「教科書」としたコントグループ明かす
「ダチョウ倶楽部」肥後克広(63)が20日放送のBSフジ「小峠英二の試乗最高!〜夢の一台 次の一台〜」(月曜 後10・00)に出演し、お笑い芸人になる前に就いていた仕事と、一番最初に「教科書」としたコントグループを明かした。
肥後は沖縄県那覇市出身。「バイきんぐ」の小峠英二から「沖縄から芸人になるために出てきたんですか?」と聞かれると「最初は違ったんですけど。最初はデザイナーをやっていた」と明かした。
だが「だんだん、沖縄に帰っても何だし、1回やりたいことをやってみようか、と思って、芸人さんの世界へ」と語った。
ビートたけしが、浅草のフランス座で幕間にコントを披露し、芸人としての腕を磨いていたこともあり、「浅草のフランス座の方に訪ねて行ったんだけど、その当時はそういうシステムがなくて、こりゃダメだなあと思って行ったのが、渋谷の道頓堀劇場」と説明。そこでは「コント赤信号って、漫才ブームでちゃんとテレビに出ている芸人さんも出ていたから、それが一番最初のコントの教科書です」と振り返っていた。
