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「1ミリもね、私たちの言い分聞かないじゃないですか」

自民党本部の一室で、テレビカメラが捉えたワンシーンに注目が集まった。発言の主は、弁護士でもある稲田朋美衆院議員。刑事裁判のやり直し「再審」制度の見直しをめぐる議論の場でのことだ。

なぜ、あのときキレたんですか──。そう尋ねると、溜めこんでいた思いが一気にあふれ出した。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

●「党内で何度求めても議論してもらえなかった」

──4月6日の自民党内の合同会議で、マスコミが退出する直前の場面でした。

稲田議員:私が再審法に関わるようになったのは、袴田事件の再審開始決定が出た3年ほど前、自民党内の小さな有志の勉強会です。

そのあと、超党派の議連が立ち上がり、弁護士会や法務省、裁判所と意見交換を重ね、いよいよ議連の案がまとまりかけたタイミングで、法務大臣が法制審議会に諮問しました。

当初は、「政府が取り組んでくれてありがたい」と期待していたのですが、実際に法制審から出てきた案は、冤罪の問題を解決しようという内容には到底見えませんでした。むしろ改悪するものだった。

そこで、法務省案を議論する党内の司法制度調査会と法務部会の合同会議で、「再審に関わる弁護士や検察官抗告に反対する学者のヒアリングをしてほしい」「福井事件(*)の検証をしてほしい」と何度も訴えてきたんですよね。

なのに、ヒアリングはおこなわれず、議連案も議題に上がらない。何度求めても議論してもらえませんでした。

このままでは何のための再審法改正かわからないまま議論が進んでしまう──。そう考えて、あの発言に至りました。

実は、非常手段をとったのは私で3人目です。タイミングもあって、私の発言は注目されましたが、たしかに私は怒っていました。

(*)福井事件・・・1986年、福井市で女子中学生が殺害された事件。前川彰司さんは有罪が確定(一審は無罪判決)し服役したが、2011年に再審開始決定が出た後も、検察側が抗告し、無罪確定は2025年までかかった。検察側による被告人の有利な証拠の不開示も問題になった。

●地元・福井でも起きた冤罪事件

──自民党内でも法務省案に批判的な声が多いのに、なぜ方向性は変わらないのでしょうか。

稲田議員:議連の案がほぼまとまった頃に、法制審の議論が始まりました。当時の司法制度調査会長だった古川先生(*)は「法制審の案が出るまでは議連案は扱わない」と明言していました。

古川さんは、私が尊敬する政治家の一人です。絶対に誰かにおもねることはありませんし、議論が二分するテーマでもしっかりと自分の意見を言う方です。

ただ、この問題については、私たちの思いをまだまだ理解していただけていないと感じています。法務大臣経験者として、法務省の案を尊重しようとしているのかもしれませんが、内容をしっかり見てほしい。

(*)古川先生・・・自民党の古川禎久・衆院議員。宮崎3区。元法務大臣。

──そこまで熱くなる理由は?

稲田議員:2024年に福井事件で再審開始決定が出た頃から検察の対応が心底おかしいと思うようになりました。再審開始の決定書やその後の前川さんの無罪判決を読んで、あまりにもひどいと。

無罪判決を出した裁判官は前川さんに謝罪しています。それなのに、検察は証拠を隠し続け、40年近く前川さんを殺人犯として扱い、その人生を壊したのに謝罪すらしない。

これは、思想の右や左の問題ではありません。人として、組織としてどうなのかという問題です。

●法務省・検察が「本質をぼかしている」

──非公開の会議では、どのような議論がおこなわれているのでしょうか。

稲田議員:会議には自民党議員だけでなく、法務省の刑事局長や審議官も出席しています。私は、法務省が議連案を潰す目的で法務省案を出してきたと見ています。

「確定判決の法的安定性」を理由にしていますが、それは判決が適正である場合の話です。実際には不当な有罪判決があります。しかも、福井事件では検察側が証拠を隠して有罪に導いた強い疑いがある上、第1次再審開始決定に抗告をして冤罪の救済を13年も遅らせたのです。

果たしてこれが「公益の代表者」としてのふるまいでしょうか。「検察には公益の代表者として抗告する必要がある」と言われると、強い違和感があるんですよね。

それに、法務省刑事局の反論の仕方が非常に不誠実です。

たとえば、「誤った再審開始決定が抗告によって是正される」と説明しますが、福井事件の第1次再審請求において、裁判所が再審開始決定したことへの検察の抗告は正しかったのか。

無罪の証拠を隠して不服申し立てをし、再審開始決定を取り消させたことが正しいはずはありません。むしろ、検察官による抗告が正義に反するのです。

ただ、抗告禁止の必要性は一見してわかりにくい。私自身も実際の勉強をしてようやく理解できました。

その過程で、法務省がなぜ冤罪の救済が遅れたのかという立法事実の本質をぼかし、一般論として「法的安定性」や「公益の代表者」を持ち出して説明していることに強い怒りを感じています。

配付される資料の作り方にも問題があると感じています。

法務省案は、一般の議員であれば騙せる内容だと思います。私も1年前なら騙されていたかもしれません。

●「若手の検事が内部から声をあげて」

──検察は、再審無罪になった袴田巌さんを犯人視するような検事総長談話を出しましたが、あれを読むと怖さを感じます。

稲田議員:福井事件のように、検察が刑事司法の信頼を揺るがすようなことをしてしまったら、本来は内部の検証ではなくて、第三者による検証が必要です。しかし、内部の検証すらおこなわれていません。

組織防衛を優先し、誤りを認めず、検証もしない。それでは本当に組織全体がダメだということになってしまう。検察に対する国民の信頼が揺らいでいます。

だからこそ、若手の検事が内部から声をあげていく気概を持ってほしいと思いますし、自民党も「これはおかしい」と言える政治家の集団でなければなりません。

●政治家としての本音も「検察はやっぱり怖い」

──自民党の国会議員が「法務省案ではダメだ」とはねのければいいだけではないのでしょうか。

稲田議員:簡単ではありません。今の司法制度調査会長の鈴木さん(*)は、直近の法務大臣として法制審に諮問した方です。

自ら諮問して出てきた案を否定するのは、法務大臣経験者である鈴木さんの立場からすると気の毒だと思いますが、鈴木さん自身も法務省案を修正するように求めています。

それに、やっぱり、政治家にとって検察は怖い存在です。何も悪いことをしていなくても、検察からガサ入れされたらその途端に政治生命が終わります。だから、あの場で発言をためらう議員もいると思いますよ。

それでも、もうここまで来た以上は中途半端には終われない。袴田事件や福井事件、日野町事件など、問題が明らかになっているのに、なぜ冤罪被害者の救済にかくも長期間を要してしまったのかという立法事実に基づいた改正になっているのか。それを問わなければなりません。

(*)鈴木さん・・・自民党の鈴木馨祐・衆院議員。神奈川7区。前法務大臣。

●「世論の後押しが必要」

──検察官の抗告禁止のほかにも、証拠の全面開示など重大な論点があります。法務省は、結果的に不十分な妥協案に落ち着くことを狙っているのではないでしょうか。

稲田議員:検察側が証拠をしっかり出せば、もっと早く冤罪を正せた事案が多いわけで、極めて重要です。検察が保有するすべての証拠の一覧表が開示されれば、裁判所も弁護側も必要な証拠を請求できるようになります。

この問題は、国民の関心や世論の後押しも不可欠です。

──今後の戦略は。

稲田議員:法務省から立法事実に基づいた修正案が出てこない限り、声を上げ続けます。まずは議連や党内の方針をしっかり一致させて、仲間と連携して戦うつもりです。

できるかどうかではなく、政治家にしかできないことだと思っています。