「表情は一切わからない」コージー冨田(59)、糖尿病で“視力の大半”を失い人工透析を続ける日々。26歳で発症も放置した後悔
――ブレイク当時、収入もかなりあったのでは。
コージー:最高月収は600万円とか650万円くらいだと思います。でも自分ではあまり稼ぐことに興味はなくて。食うのに困らなくなって以降は、「これで芸能でやっていける」という気持ちでただただ楽しいことを続けていたという感覚です。
◆26歳で糖尿病を発症したが「ほっといた」
――糖尿病だとわかったのはいつ頃だったんですか。
コージー:’93年、僕が26歳の頃ですね。喉が異常に渇いて、それまではほとんど飲まなかったお酒がいくらでも飲めるようになっていました。それで「おかしいな」と思って病院で検査したら1型糖尿病と診断されました。
コージー:そうなんです。でも痛みも何もないからほっといたんですよ。糖尿病の薬も貰っていましたが飲んでなかったし、何もしてないのにどんどん痩せても「まだ大丈夫だろう」と思ってしまっていたんですよね。食べる量が変わらないのに痩せるのは糖尿病の初期症状のひとつなんですが、それでも病院にも行ったり行かなかったりでした。正直、意識が低かったですね。
――糖尿病のほかの代表的な症状には網膜症、腎症、神経障害がありますが、そこからどのように症状が進行していったのでしょうか。
コージー:’07年頃に、靴下をはかずにホットカーペットで寝ていたら足の指に水ぶくれができたんです。それは低温やけどから来る水ぶくれだったんですけど、神経障害のせいで足の感覚がなく、熱さに気づかなかったんです。
――最初に糖尿病と診断されてから10年以上、病状が進行してしまっていたんですね。
コージー:気をつければ途中でほかの症状も察知できたかもしれませんが、自分の病気のことだし、怖いから直視したくないじゃないですか。いま思えばビビってたんでしょうね。
――こちらも糖尿病の症状のひとつ、視力の低下も同じ時期に自覚されたんですか?
コージー:そうだと思います。おそらく低温やけどに気づかなかったのと同じくらいの時期から視界に糸くずや黒い点のようなものが見える“飛蚊症”がひどくなりました。その後手術もしましたが、白内障にもなって気がついたらほとんど見えない状態になっていました。
――徐々に目が悪くなると気づきそうなものですが……。
コージー:徐々に悪くなったからわからなかったのかもしれません。もともと視力が良くなくてコンタクトや眼鏡は使っていましたし、おそらく40代に差し掛かってから急激に目が悪くなったので老眼かなとも思っていましたし。そうこうしていると気づけば“もや”がかかったような視界でした。
――途中で眼科に行ったりしなかったんでしょうか。
コージー:もちろん行ってましたけど、血糖のコントロールが悪かったので、どんどん悪化していきましたね。
――医師からは節制するように言われてましたよね?
コージー:もちろん言われてました。でもお酒も飲むし、ご飯もいっぱい食べちゃってた。意思が弱いんですよ。
◆ほとんど“見えない”世界での仕事と日常
――舞台に出る仕事も多いかと思いますが大変な点は?
コージー:立つ位置の目印になる“バミり”を大きくしてもらったり、導線の確認のためにリハーサルを入念にしてなんとかやれています。舞台袖は暗いのでそれも大変ですね。
――目がほとんど見えなくなったことで、仕事への影響は大きかったのでは。
コージー:当然ですが、字が読めなくなったこともすごく大変です。原稿やセリフは人に読んでもらって覚えなきゃいけない。カラオケも画面の歌詞が見えないから、ひたすら聞いて覚えるしかないんですよね。
