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都内のタワーマンションで理事長を務めるAさんは、外国人オーナーの孤独死と管理費滞納という前代未聞のトラブルに直面しました。大使館への駆け込みや国際弁護士への依頼など、言語と法律の壁に阻まれながらも奮闘。本記事では、外国人区分所有者が増える時代のマンション管理の現実と、2026年4月1日施行の標準管理規約について、マンション管理士の松本洋氏が解説します。

資産はあるのに回収できない…とあるタワーマンションで起きた「静かな異変」

都内のタワーマンションで理事長を務めるAさんは、4年間にわたり管理費と修繕積立金を滞納し続ける区分所有者の対応に追われていました。

滞納額は、管理費2万円と修繕積立金7,500円を合わせて月額2万7,500円。これが48ヵ月続いた結果、元金は132万円に達し、さらに遅延損害金(年20%)が加算され、請求総額は185万9,000円に膨らんでいました。

当初は単なる滞納トラブルかと思われていましたが、調査を進めるほど、外国人区分所有者の増加がもたらす新しい管理問題であることが明らかになっていきました。

滞納者は東南アジア在住で、12年前から賃貸目的で住戸を所有していました。それまで一度も滞納はありませんでしたが、賃借人が退去したころから連絡が途絶え、管理費の支払いも止まりました。

管理会社が届け出の不動産業者に確認したところ、「実は、所有者はすでに亡くなっています」という衝撃の事実が判明したのです。

相続が発生している可能性が高いものの、相続人とは連絡が取れません。登記上の住所も海外で、管理費等の請求権の時効(5年)は迫っており、管理組合としては早急な対応が求められる状況でした。

弁護士も頭を抱える「国際相続」

滞納金の時効を止めるには、原則として訴訟提起が必要です。しかし弁護士に相談すると、返ってきた答えは厳しいものでした。

・相続は東南アジアの国の法律が適用される

・相続人の確定には現地の専門家が必要

・訴状の外国送達には膨大な時間と費用

・書面の翻訳・翻訳証明も必須

・国内の弁護士だけでは対応困難

「相続人が誰かわからない」「訴状が送れない」という二重の壁が立ちはだかります。さらに調査を進めると、滞納者は港区にも高級マンションを所有していることが判明しました。資産はあるものの、相続人が動かなければ管理組合は回収できません。

大使館への異例のアプローチ

手がかりを求め、Aさんらは大使館を訪れました。受付では「飲食店で働く自国民を探しているケース」と勘違いされ、商事部に案内されるというハプニングもありつつ、領事部で改めて聴取を受けました。

しかし、ここでも「登記簿の名前・住所がカタカナ表記で、英語表記がわからないと照合できない」という、新たな壁が生じます。

最終的にその国の警察に照会し、所在調査を依頼する流れとなりました。申請書はすべて英語で作成するよう求められ、翻訳専門家に依頼して書類を整えましたが、半年経っても報告はありませんでした。

その後、国際弁護士に依頼することになりましたが、日本人弁護士から英語→現地語→再び英語→日本語へ翻訳するという、通常の5倍の手間がかかるコミュニケーションが続きます。

さらに、国際弁護士の費用体系は国内と大きく異なります。電子メールなどでの連絡は、1回につき50,000円(税別)。連絡がつかなくても、工数としてカウントされて費用は発生します。加えて、レター送付などで月10〜15万円かかります。

管理規約には「裁判費用・弁護士費用・督促費用は組合員に請求できる」とありますが、支払いに応じるかどうかは不透明な状況です。

外国人区分所有者の増加の背景

近年、日本のマンションで外国人区分所有者が増加しています。背景には次のような潮流があります。

・海外主要都市と比べて割安な日本の不動産価格

・円安による“買いやすさ”

・治安・生活環境への高い評価

・賃貸需要の安定、民泊など投資としての魅力

・外国人でも土地・建物を自由に購入できる制度

・在留資格の多様化による長期滞在者の増加

・北海道・沖縄など、観光地での別荘需要の拡大

しかし、所有者の多様化は管理組合に新たな課題も突きつけています。総会出席率の低下や連絡困難といった問題に加え、今回の事例のような「相続×所在不明×滞納」という複合問題は、これからの課題を象徴しています。

海外居住者には、時差や言語の壁で緊急連絡が取れない、郵便物が届かない、設備点検で入室できないといったリスクもあります。

標準管理規約改正が示す“次の一手”

こうした事態に備え、2026年4月施行の区分所有法改正に合わせ、標準管理規約も大幅に見直されました。今回のような問題に備える仕組みとして「国内管理人制度」が創設されています。

国内管理人には以下の5つの法定代理権(区分所有法第6条の2)が与えられます。

保存行為 専有部分の性質を変えない範囲での利用・改良行為 総会招集通知の受領 総会での議決権行使 債務の弁済(立替義務はなし)
※債務の弁済は組合員の負う債務を弁済する権限に過ぎず、国内管理人が債務の弁済を負うものではありません。

この制度により、海外在住者への郵送遅延や議決権行使の問題が大幅に改善されることが期待されます。

さらに今回の改正では、総会成立要件の見直しや重要事項の決議要件緩和、専有部分への立入り・保存行為の明確化など、多様化する所有者に対応するための仕組みが盛り込まれています。

まとめ

築40年を超えるマンションでも、管理規約が一度も改正されていない例は珍しくありません。しかし、所有者の国籍・居住地・ライフスタイルが多様化する今、古い規約のままでは今回のような問題に対応できません。

標準管理規約の改正は、“時代遅れのマンション”にならないための最低限のアップデートといえます。

外国人区分所有者が増える時代、管理組合にはこれまで以上に高度な判断と備えが求められます。今回の事例は、その現実を私たちに突きつけています。

松本 洋

松本マンション管理士事務所代表