※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年4月号からの転載です。





 エンターテインメントと純文学の垣根を越えて活動してきた古谷田奈月の最新刊『うた子と獅子男』は、千葉県・松戸を舞台に、若い男女二人の運命的な出会い(ボーイ・ミーツ・ガール)を描く長編小説だ。物語の着想は、この3月に文庫化されたばかりの『神前酔狂宴』(第41回野間文芸新人賞受賞作)を執筆中に芽生えたという。

「『神前酔狂宴』は私が神社の披露宴会場で働いていた時の経験を元にした話だったので、書きながら“働くって何なんだろう?”と考えたり、これまでの職歴を振り返るきっかけになりました。その時に、大学生の頃に2年間ぐらい松戸の居酒屋でアルバイトをしていた記憶が浮かび上がってきたんです。当時は千葉の我孫子の実家から大学に通っていたので、松戸は近いと言えば近かったんですが、地元の友達はたいてい松戸よりおしゃれな柏でバイトをしていて。“どうして松戸?”とよく言われました(笑)。でも、何の繋がりもない街の居酒屋で、バリバリ体育会系のノリの人たちに囲まれて働いていた時間は、意外と楽しかったし意外と馴染んでいた。それ以前の自分ともそれ以降の自分とも繋がりがないように感じられる、あの不思議な2年間っていったい何だったんだろうと引っかかっていたんです」

 その不思議さと、小説を書くことを通じて向き合ってみたのだ。

「働くということに対して感じていた新鮮さだけではなく、10代の終わり頃、自分の中にあったいろいろな感覚を登場人物たちに託して書いてみようと思いました」

■働けばお金がもらえる その仕組みがしっくりきた

 うた子と獅子男の出会いは2006年、松戸駅東口の路上だ。ハタチの獅子男は、中学生をカツアゲしようとしている少年に、やめさせるべく声をかけた。するとその少年は実は、うた子という名前の高校1年生の少女だった。彼女はよく言えば無垢で、ひらたく言えば非常識。〈うた子は別に、なれるんなら薬剤師でも、玉の輿でもいいんだけど。でも、どっちにしろ、どうすればいいかわからないから。時間もかかりそうだし。だから、今まで一番、見たことあるやつやりました〉。だから獅子男は、合法的なお金の稼ぎ方を教えてやった。自分がアルバイトをしている居酒屋「宵吉」でお前も働けばいい、と。

 物語の序盤は、うた子が獅子男と出会い、居酒屋で働き始めたことにより、人生が劇的に変わっていく様子を追いかけていく。

「私は小中と不登校で、高校は通信制に通っていました。“どうして学校に行かなければいけないの?”ということがわからなかったというか、納得ができなかったんです。そもそも“自分はなんでこの体で、この人生を送らなければいけないんだっけ?”ということが、特に若い頃は疑問だったんですよね。高校生になって初めて花屋でアルバイトをした時に、自分の頭と体を使って働けば1時間いくらという計算でお金がもらえるという、その仕組みに、すごく納得できたんですよね。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、自分は“ここ”にいてもいいんだ、自分には生きる意味があるんだ、と思えたんです」

 本書を読み進めながら、学生時代のアルバイト経験を思い出した、という人が出てくることだろう。金銭獲得の対価として雇い主やお客さんからさまざまな要求を受け、それまでの人生経験や学歴などがほぼ無価値となり、自分が何者でもない存在であると感じられる。それは痛みを伴うものでもあるが、そこでの経験から、自分はこの社会でなんとかやっていける、きっと大丈夫だという心持ちを得ることができた――。

「10代の頃の自分は、周りにとっては当たり前とされていることが何かわかっていなかった」と、作家は言う。

「例えば小説の冒頭で書いた、うた子が食い逃げ犯をお店の外まで追いかけて行って捕まえるシーンは、私自身が松戸の居酒屋でしでかしたことです。悪い奴がいたから、みんなに喜ばれると思って捕まえてお店に戻ってきたのに、“本当に危ないから二度とやらないで!”と言われて驚きました(苦笑)。仕事をうまくこなせるようにする過程で、自分の体を操縦する、という感覚を持てるようになったのも居酒屋バイトの経験が大きかったです。振り返ってみると、なんとか今の自分がやれている基礎の部分って、松戸の2年間で学んだところが大きいんです」

 他者や世間にゴツゴツとぶつかりながら試行錯誤を繰り返すうた子と、うた子のこどもっぽい質問にも律儀に答え、見守る獅子男。噛み合っているようで噛み合っていない、二人の関係を追いかける楽しさも本作の魅力だ。

「この二人のあいだだけの、名前のない関係を描きたかったんですよね。対照的な二人、というわけでもないんですよ。自分のイメージとしては、うた子と獅子男は極端に言うと同じ中身を持っていて、ただ器だけが違う。女の体と男の体、小柄な体と見上げるような大きな体という違いによって、社会における立場も変わってくるということを書いてみたかったんです」

■人生に対する面倒くささ、やましさや正しくなさ

「自分では罪だと思っていなくても、周りにとっては罪だと判断される世界に生きている以上は、過去にやったことは必ず返ってくる」

 序盤こそ青春小説の様相を呈していた本作は、70ページを少し超えたところで物語が大きな変貌を遂げる。15年後へと時空がジャンプし、名実ともに「大人」となったうた子と獅子男の人生が描き出されていく。二人の関係性は変わらず結びついたままだが、過去に起きたある出来事が、スリリングでサスペンスフルなドラマを駆動させている。

「自分が不当な扱いを受けたら怒っていいんだとか、声を上げるべきなんだということが言われる時代になっていますよね。とてもいい流れだなと思うと同時に、自分ごととして考えると、果たしてそういう“理想的”な行動ができるだろうかと思わずにいられないんです。というか実際、私は自分が受けたいくつかの被害を“なかったこと”にしてきました。なぜかというと、それ以上そのことに時間や労力を取られることこそが何よりの苦痛だと感じたから。世間的には泣き寝入りって言われることなんだと思うんですが、そういう選択をする人は私以外にもきっといる。そのことを可視化させたかった」

 こんなふうに生きている人は、いる。いや、自分こそがそうだ。うた子と獅子男の五感や思弁を追体験し、共感だけでなく反感も覚えながら、この物語を通して読者はさまざまな発見をするに違いない。

「正直な話をすると、今まで書いてきた中で一番イヤな主人公でした。嫌いという意味ではなく、もっとちゃんとしなよと言いたくなる、困った存在という意味です。これは大事にしなきゃいけないとか、人生で考えなくちゃいけないということも全部スルーしていて、自分の才能にも興味を持たないし、生きていること自体も面倒くさいと思っている。でも、そんなうた子を見てうんざりするのは、やはり私自身にも身に覚えがあるからなんです。うた子と獅子男が抱えているやましさや正しくなさは、自分が今まで生きてきた中で培ってきたものだと思う。そうした一般的には望ましくないとされている、非合法寄りの感覚を持っている人間を描くことが、私がこの作品でやるべきことだと思ったんです」

取材・文:吉田大助 写真:小嶋淑子

こやた・なつき●1981年、千葉県我孫子市生まれ。2013年、『今年の贈り物』で第25回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。17年『リリース』で第34回織田作之助賞、18年に「無限の玄」で第31回三島由紀夫賞、19年に『神前酔狂宴』で第41回野間文芸新人賞、23年に『フィールダー』で第8回渡辺淳一文学賞を受賞する。他の著書に『ジュンのための6つの小曲』『望むのは』がある。



『うた子と獅子男』

(古谷田奈月/河出書房新社) 1980円(税込)

千葉・松戸の安居酒屋で働く190センチ超の大男・獅子男は、駅前で中学生相手にカツアゲしていた高校生のうた子と出会う。自分の勤め先でバイトしないかと誘い、面倒を見るようになった獅子男。無垢なうた子は自分の頭と体を使ってお金を稼ぐことに喜びを覚えるようになるが、徐々に暴走と暴力の種が芽生え始める。15年後、二人の関係性には、拭い去れない過去の不穏が横たわっていて──。