イラン戦争に焦ったトランプ大統領が「米国産石油輸出禁止」の暴挙に出る可能性
来たる11月のアメリカ中間選挙を前に、ドナルド・トランプ大統領にとって、ガソリン価格の低位安定がもっとも重要な政策課題となっている。これが実現できなければ、下院で共和党が民主党に惨敗するだけでなく、上院で4議席以上を失い、上下院で過半数を守れず、残された任期中、政策を制約される公算がきわめて大きい。
2月28日からはじまった米国とイスラエルによるイランへの大規模攻撃以降、世界の指標であるブレント原油価格は1バレル110ドル近くまで上昇している。これにより、米国のガソリン平均価格は2月27日の2.90ドルから、1ガロン(=3.78541リットル)あたり4ドル近くまで押し上げられた(下図を参照)。何とか、ガソリン価格を引き下げなければ、中間選挙での惨敗が確実なほど、事態は深刻化しつつある。
さまざまな対策を検討
そこで、NBCニュースは、アメリカ政府高官の話として、トランプ大統領が価格を引き下げるための他の選択肢を数々検討していると語ったと報じた。そのなかには、米国の輸出制限、先物市場への介入などが含まれている。
その第一弾として、トランプ政権は、米国の港間で輸送される貨物は米国所有の船舶で運ばなければならないと定めたジョーンズ法(1920年制定)の適用免除を検討している。ホワイトハウスのキャロライン・リーヴィット報道官は声明で、「国防上の利益のため、ホワイトハウスは、重要なエネルギー製品や農業必需品が米国の港に自由に流通するよう、ジョーンズ法を期間限定で適用免除することを検討している」と述べた、と3月12日付の「ワシントンポスト」は報じている。
ジョーンズ法の30日間の適用免除により、外国籍のタンカーがメキシコ湾岸や米国内の他の地域から東海岸の製油所へ燃料を輸送できるようになり、免除期間中の燃料供給の確保に寄与する見込みだという。
米国が原油輸出を禁止?
対策の一つとして、原油輸出の禁止も挙がっている。あるいは、ガソリンなどの石油製品輸出の禁止も検討課題となっている。
原油輸出の禁止措置については、2015年制定の「2016年統合歳出法」において、原油輸出禁止措置が恒久的に廃止された。ただ、国家緊急事態や国家安全保障のために制限を課す大統領の権限は維持された。つまり、大統領は最大1年間、輸出制限を再発動できるが、それは国家非常事態の宣言下、あるいは国家安全保障上の正当な理由がある場合に限られる。
単純に考えれば、原油を輸入する一方で、原油輸出も行っている米国の場合、国内のガソリン価格を引き下げるには、輸出を禁止して原油を国内精製に回し、ガソリン供給量を増やせばいいことになる。しかし、それはまったくの素人の浅はかな空論にすぎない。
同じ原油であっても、その品質はさまざまであり、原油の品質に適合した精製が行われているからだ。大雑把に言うと、米国の多くの製油所は、カナダやメキシコなどの国々から輸入される、重質で酸性度の高い原油を処理するように最適化されている。米国の製油所は、軽質で低硫黄の国内産原油(ガソリンの収率がより高い)よりも、ディーゼル燃料やジェット燃料を豊富に生産できる「重質」(粘度の高い)で「サワー」(高硫黄)なラテンアメリカ産原油の処理に、もっとも適している。
対照的に、米国では現在、軽質で低酸性度のシェール原油が大量に生産されており、こうした原油は海外の製油所により適していることが多い(「コロンビア大学グローバルエネルギー政策センター」の資料を参照)。つまり、輸出禁止によって、本来、輸出先を失った原油は国内の製油所で精製されるわけではなく、行き場をなくすだけの話になってしまうことになる。
もちろん、製油所の調整をして、ガソリン生産を増やす対応をして、一時的に国内市場にガソリン供給が溢(あふ)れ、ガソリンスタンドでの価格が下落する可能性もある。だが、余剰となったガソリンはすぐに輸出されるため、ガソリン価格の低位安定は望めないだろう。
換言すると、もし米国の原油輸出が制限されれば、国内の製油所は、その設備が処理できる能力を超えて、より多くの軽質・低硫黄原油を処理せざるを得なくなる。それと同時に、海外の製油所は、米国の製油所が通常輸入している中質・酸性原油の価格を押し上げるだろう。
そうなれば、米国の製油所は、収率と効率を低下させる非最適な原油ブレンドを処理するか、輸入する重質原油の価格高騰を受け入れるかの選択を迫られることになる。いずれの場合でも、精製コストは上昇してしまう。
ちなみに昨年、米国は1日あたり約1100万バレル(bpd)の石油を(総量ベースで)輸出した。この内訳は、原油が約400万bpd、精製製品およびプロパンやブタンなどの炭化水素系ガス液が約700万bpdである。輸出の大部分はメキシコ湾岸地域から行われている。原油の主な輸入先は欧州、韓国、カナダであり、精製製品は主に南北アメリカ諸国へ輸出されている。
一説には、原油輸出禁止となれば、米国の輸出量である1日あたり400万バレル(世界の海上輸送量の9%)が国内に滞留することになり、国内に巨額の余剰を生み出す一方で、米国の主要な買い手である欧州やアジアを逼迫させることになるという。
バイデン時代にもあった
2022年にロシアがウクライナに侵攻し、燃料価格が上昇したことを受け、ジョー・バイデン政権の当局者は、米エネルギー省に対し、ガソリン、ディーゼル、その他の精製石油製品の輸出禁止が及ぼしうる影響を分析するよう要請した、と2022年10月、ブルームバーグが報道したことがある。
ガソリンの輸出を禁止すれば、国内で販売せざるをえなくなるから、国内供給が増えてガソリン価格は下落するのだろうか。
短期的には、政策が覆(くつがえ)ることを見越して、企業が余剰燃料を備蓄する可能性があるから、そう簡単に価格は下がらないと思われる。
長期的には、余剰生産分の輸出市場へのアクセスが得られなければ、精製業者は原油処理量を大幅に削減せざるを得なくなるだろう。国内需要に対する米国の精製能力の規模を考慮すれば、こうした制約は精製事業の採算性を損ない、供給を減少させ、最終的には価格を押し上げることになる。
米国内のガソリン価格差
The Economistによれば、米国内では、価格に深刻な歪(ゆが)みが生じる。国内の製油所の大部分が集中する中西部やメキシコ湾岸地域では、燃料価格が安くなる。しかし、人口の多い東海岸は欧州からのガソリン供給に依存しているのに対し、国内のパイプライン網に接続されていない太平洋岸は、通常、アジアや中東から輸入している。
どちらの地域でも、とくに貿易相手国が独自の輸出禁止措置で報復した場合、価格は高止まりするだろう。供給を維持するには、膨大な量を海路で輸送しなければならず、すでに法外な水準にある運賃がさらに高騰することになる。
一方、アメリカ国内の製油所については、原油価格の上昇と製品価格の下落により、利益率が圧迫されることになるだろう。大半の企業が数週間以内に生産量を削減すると見込んでおり、これにより価格面でのメリットは薄れてしまう。
LNGは輸出を開始
米国は、いわゆるシェール・オイルやシェール・ガスといった地下資源を地中深くから採掘できるようになったことで、石油や液化天然ガス(LNG)を輸出できるようになった。
それは、これまで世界中に石油やLNGを輸出して利益を得てきた、権威主義的なロシアのような国への依存を低下させることを可能にした。同時に、米国への信頼を高め、地政学上の米国の影響力の拡大に役立ってきた。
しかし、危機的状況下で輸出を制限することは、国際的な協調を損ない、信頼できる供給国としての米国への信頼を弱め、他国が同様の措置を講じることを助長するリスクを孕(はら)んでいる。
その意味で、もし原油輸出の禁止ないしガソリン輸出の禁止といった措置を米国政府が行えば、トランプ政権の評判はますます「ガタ落ち」となるだろう。
アラスカ原油の展望
高市早苗首相は訪米時、トランプ大統領にアラスカ州の原油の増産に向けて協力し、その原油を調達する意向を伝えた。だが、そのアラスカの原油の品質についてご存じか。
アラスカの主要な原油産地であるアラスカ・ノーススロープ(ANS)は一般に、中程度の比重で、適度なサワー度をもつ原油であり、比較的粘度が高く、寒冷地での流動性に優れている、と言われている。
日本は中程度の酸性度を持つ原油の処理において長年の経験があり、ANSはその製油所の構成に合致している。つまり、アラスカ産原油の日本への輸入は「願ったり叶ったり」と言えそうだ。
ただし、ここで紹介したように、米国といえども、突然原油の日本への輸出を禁止する事態になりかねないことを忘れてはならない。
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