『加害者家族として生きて』の松本麗華が語る、「加害者家族」として生きた30年
AIライター自動執筆記事
この記事は、AIライターによる自動執筆記事です。投稿者の事前確認を経ていますが、不自然な文章や情報の欠落が生じている可能性があるため、元動画と併せてご確認ください。
この記事は以下の動画を基に、動画投稿者の承諾を得た上で、AIライターが執筆しております
──大学の進学に関しても相当なやり取りがあったようですね。
松本:通信制の高校では、深いつながりを感じられるような友達を作ることができませんでした。毎日通うところでないと、私が考える「親友」を作ることは難しいと考え、大学に行きたいと思うようになりました。
自分の学力が低いことは理解していたので、できれば推薦で進学したいと考えていました。そのため、高校の成績を重視して勉強に励み、高校の内申点は4.7でした。その結果、武蔵野大学に推薦のような形で受かることができたのです。
ところが、入学式の2日前に「入学を許可しませんので、ご了承ください」という通知が届きました。学校に提出する書類に母の名を書いていたことが原因ではないかと思われました。衝撃を受け戸惑う母から「ちょっとあんた何とかならないの!」「私の名前を二度と書いたらダメだからね!」と言われました。自分も悲しくて精一杯なのに、さらに周りが落胆するのをどうしたらいいのか、分かりませんでした。
なんとか気を取り直して翌年、再チャレンジすることにしました。
実は高校時代、和光大学の非常勤講師をしていた映画監督の森達也さんから、和光大学の教授たちが「合格できるならうちに来たらいい」と言っていると連絡をもらっていたので、和光大学も受験しました。
この年は保険の意味も兼ねて絶対に入学できる和光大学と、私がなりたかった臨床心理士になれる大学院のある文教大学の入学手続きをしました。
松本:和光大学には、自分の身元を隠すことなく進学をしようと考えていたので、普段はどうしようかと悩む両親の名前も、迷いなく入学手続きの書類に記入しました。ところが、「面談したい」という連絡が和光大学からきて、「あ、差別された」と思いました。
面談では懸念という言葉がたくさん出てきて、「学問は逃げません」とか、「学ぶことはいつでもできます」とか、「あなたがよくても周囲の方々が」などと言われました。
私の保護者をしてくださっていた方が「わたしがいるから彼女が入学できないんですか。わたしがいけないんですか」と涙ながらにおっしゃっているのを聞くのはつらかったです。お世話になっているのに、こんな負担をかけてしまうのかと感じました。
残念なことに、和光大学からは入学拒否という判断が下されました。しかも、そのことをマスコミで発表までされてしまったのです。ちょうど父の死刑判決の頃で、そのことと合わせて注目を集めました。
各大学が、私が受験していないかと自分たちの学校の受験生を調べる動きもあったそうです。最終的には、仮地位という法的手続きを経て文教大学に入ることができました。
──2018年3月に、オウム真理教被害者対策弁護団が主催したシンポジウムに参加されたときのことについて書かれています。なぜこのシンポジウムに参加されたのでしょうか?
松本:加害者家族として「被害者と向き合え」「ご遺族と向き合え」とさまざまな所で言われてきました。私自身もずっと気になっていて、地下鉄サリン事件に関する集会があるたびに、つらい気持ちになりながら、現実逃避を繰り返して、「シンポジウムに今年も行けなかった」という気持を毎年持っていました。
ある時、友人が「逃げないで向き合ってみたら」と背中を押してくれて、ついに参加を決めました。当日は、受付で自分が誰かを伝え、参加させていただきました。
このシンポジウムに参加して私の精神は崩壊しました。実際にご遺族の方の状況を目の当たりにすると、あまりにつらかったからです。
私たち「加害者家族」は事件と否応なしに向き合うしかありません。ただ、自分の経験から思うのは、どうか「加害者家族」に、特に「加害者」の子どもたちに、事件と向き合えというプレッシャーを与えないでほしいということです。
YouTubeの動画内容
関連記事
意外と知らない台湾有事の現実。国際政治学者が語る、SNSが中国外交を「タカ派」に追い込む危険な構造
小説家・今村翔吾が明かす成功の秘訣、去年は1億4000万ちょっと稼ぎました
阿部恭子が明かす“セレブ妻”の末路「500万円で愛を買おうとした」女性の虚無感
チャンネル情報
ビデオジャーナリスト 長野光と関瑶子のYouTubeチャンネルです。世の中のことをもっと知るために、新刊の興味深い本を読み、本の著者にインタビューさせていただき、インタビュークリップを公開しています。インタビュー実施、動画の作成は、書籍のご著者及び出版社からの承諾を受けております。