『加害者家族として生きて』の松本麗華が語る、「加害者家族」として生きた30年
その後、4月になってしまっていましたが、保護者をしてくださっていた方と松井武弁護士がさまざまな学校に相談してくださいました。それでも、どこにも受け入れてもらえず絶望しましたが、最終的に日出高校の通信制課程に入学することができました。
──行く先々で拒絶されるという経験を、当時どう受け止めていましたか?
松本:絶望の先にいるというか、現実感のない世界の中で生きている感覚でした。あまりにも辛くショッキングなことが続いたので、専門用語でいうと慢性的な乖離状態だったのだと思います。
──通信制の高校に通い始めたのが、実質的に初めての学生生活だったということですか?
松本:そうです。
──そのような環境下で勉強してきたというのもすごいですね。
松本:進研ゼミの『チャレンジ』やドリルなどを使って勉強をしていました。また、ありがたいことに保護者をしてくださった方などに教えていただきました。
──大学の進学に関しても相当なやり取りがあったようですね。
松本:通信制の高校では、深いつながりを感じられるような友達を作ることができませんでした。毎日通うところでないと、私が考える「親友」を作ることは難しいと考え、大学に行きたいと思うようになりました。
自分の学力が低いことは理解していたので、できれば推薦で進学したいと考えていました。そのため、高校の成績を重視して勉強に励み、高校の内申点は4.7でした。その結果、武蔵野大学に推薦のような形で受かることができたのです。
ところが、入学式の2日前に「入学を許可しませんので、ご了承ください」という通知が届きました。学校に提出する書類に母の名を書いていたことが原因ではないかと思われました。衝撃を受け戸惑う母から「ちょっとあんた何とかならないの!」「私の名前を二度と書いたらダメだからね!」と言われました。自分も悲しくて精一杯なのに、さらに周りが落胆するのをどうしたらいいのか、分かりませんでした。
なんとか気を取り直して翌年、再チャレンジすることにしました。
実は高校時代、和光大学の非常勤講師をしていた映画監督の森達也さんから、和光大学の教授たちが「合格できるならうちに来たらいい」と言っていると連絡をもらっていたので、和光大学も受験しました。
この年は保険の意味も兼ねて絶対に入学できる和光大学と、私がなりたかった臨床心理士になれる大学院のある文教大学の入学手続きをしました。
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