だからインド映画は急に踊り出す…「大人数のド派手なダンスシーン」に影響を与えた"世界的歌手"の名前
※本稿は、高倉嘉男『インド映画はなぜ踊るのか』(作品社)の一部を再編集したものです。

■急に始まるインド映画のダンスシーンの謎
日本を含む海外の観客がインド映画のダンスシーンについて唐突な印象を受けるのは、ダンスシーンへの移行だけが原因ではないだろう。もうひとつの大きな原因は、ソングシーンやダンスシーンになると場面も転換してしまい、本編とは関係ないバックダンサーまで登場して踊り出すことだ。
ソングシーンやダンスシーンになると急に場所が飛ぶというのは、インド映画によく見られる現象である。
たとえば、ムンバイを舞台にしたラブストーリーだったのに、男女が両思いになった途端、どこからともなく音楽が流れ始め、いつの間にか舞台がスイスの風光明媚な山岳地帯に移り、ヒーローとヒロインがロマンティックな歌を歌うソングシーンになっていた、という流れだ。
そして、ソングシーンが終わるとまた舞台はムンバイに戻る。また、ソングシーンやダンスシーンになると、本編とは関係ない人々がワラワラと現れてヒーローやヒロインの後ろで踊り出し、曲が終わると何事もなかったかのように消え去るというのもインド映画ではよくあることである。
■世界的に有名な場所で踊りまくる
何かあったら踊り出すのはインドの現実だが、さすがにヨーガ発祥の地インドといえど、インド人にそのような瞬間移動能力はないし、人口世界最大の国インドといえど、街中に大量のフラッシュモブが常時スタンバイしているわけでもない。
インド映画のソングシーンは基本的に歌詞の映像化である。歌詞には作詞家の旺盛な想像力が盛り込まれる。そして、その歌詞の映像化にも、コレオグラファーや映画監督の空想力が上乗せされる。
ソングシーンを鑑賞する際には、現実と空想の境界線を曖昧にし、スクリーン上で起こっていることを、いちいち全て現実だとは捉えずに、詩的な心で見る必要がある。そうしないと映画の中で迷子になってしまう。
スイスの雪山くらいだったら、何となく綺麗な場所だな、くらいしか感じないかもしれないが、クフ王のピラミッドやマチュピチュなど、完全に特定できる世界的に有名なロケーションでスポット的にソングシーンが撮影されることも多い。
■ダンスシーンは本編と切り離して楽しもう
慣れない観客は、そういう映像を見ると、舞台が突然そちらへ転換してしまったかのように感じてしまうだろう。だが、それは間違った鑑賞の仕方である。それらのロケーションは客体・抽象化され、実物とは切り離されていることに注目しなければならない。

恋に落ちた男女は、空想の世界の中で、二人だけの理想郷に飛び立つ。その映像化にそれらのロケーションの「美」という要素が抽出されて使われただけである。
ただし、ソングシーンが国内外の風光明媚なロケーションで撮影されるのには、それ以外の理由もある。普段はあまり旅行ができない観客は、スクリーンに映し出される世界中の美しい光景をとても楽しみにしている。
海外ロケは集客に直結してきた。ケーブルTVやYouTubeが普及する前は、特にその効果が強かった。
そして、中間層が増えてきた現在では、彼らの旅先の候補地に多大な影響を与えるようにもなっている。これはソングシーンに限らず、映画本編のロケ地にもいえることだ。ロケ地としてインド映画の誘致に成功したことでインド人観光客を激増させた実績を持つ国はいくつもある。
もし人口14億人を潜在的な観光客として取り込みたいなら、日本もインド映画のロケ誘致を積極的に行うべきだ。
■インド人はまったく気にしない
バックダンサーの登場についても、場所の転換を詩心でもって受け入れられれば、その延長で受け止められるだろう。踊りは大人数で踊った方が楽しいし見栄えがして美しい、というただ一点の理由からバックダンサーが入る。
彼らが主役や本編ストーリーとは全く関係ない存在であっても、インドでは誰も気にしない。一生懸命踊っているバックダンサー諸君には失礼だが、少なくとも映画鑑賞の中では、キャストの一部ではなく背景の一部として彼らを捉えるべきである。
ひとつのダンスシーンの中でスターやダンサーたちの衣装がコロコロ変わることがあるのも、その度に時間が飛んでいるのではなく、さまざまな服装で踊った方が見栄えがするからで、そこに深い意味を求めてはいけない。
■米歌手マイケル・ジャクソンの存在
いわゆる「ボリウッドダンス」や「フィルミーダンス」と呼ばれるダンスや群舞のスタイルがいつ確立したのかについては諸説があってはっきりしない。バックダンサーの始まりについても、バックダンサーの定義から始めなければならないのでややこしい。
バックダンサーのような人たちはインド映画の黎明期から存在したが、バックダンサーが役割や職業として明確に認識されるようになった時期ははっきりしないのである。だが、現在のインド映画のダンススタイルにもっとも大きな影響を与えたのが米国の「キング・オブ・ポップ」マイケル・ジャクソンであることは確かだ。

マイケル・ジャクソンはインドでも絶大な人気を誇った。現在インドで活躍するコレオグラファーや俳優たちの多くは、子供の頃にマイケルのムーンウォークに触れ、大いに魅了されたと伝えられている。
■インド人マイケルファンの熱狂すさまじく
インドでカラーTV放送が始まったのは1982年だが、これはちょうど彼の「スリラー」が発売された年と重なる。カラーTVの衝撃と同時にマイケル・ジャクソンや「スリラー」のミュージックビデオがインドに上陸したことになる。

そのインパクトは計り知れなかったと想像される。マイケルに魅了された子供たちの中からは、「インドのマイケル・ジャクソン」と称されるプラブデーヴァーも生まれた。
さらにマイケルはミュージックビデオ製作にも力を入れ、歌と音楽とダンスの完全な融合を実現したが、これもインド映画は貪欲に取り込んだ。その中に、バックダンサーを使ったダンスも含まれていた。
「スリラー」のミュージックビデオにはストーリー性があったことも忘れてはならない。ちなみに、マイケルは1996年に来印し、ムンバイで公演を行っている。このときのインド人ファンの熱狂はすさまじく、マイケルにはインド首相よりも多くの警備員が付いたと話題になった。
■世界の多くのダンスを取り入れている
インド映画の歌と踊りの源流をインド独自の文化に求め、説明を試みたが、実はインド映画はより広い世界から影響を受けている。
インド映画のダンスには、マイケル・ジャクソンはもとより、ジャズ、ヒップホップ、コンテンポラリー、サルサ、スイング、ズンバなど、世界中の様々なダンスのエッセンスが流れ込んでいる。
世界の潮流からずれているどころか、世界の潮流に完全に乗っている。もしそこに特殊性があるならば、何でも取り込んでしまうその旺盛な受容性と、ダンスシーンが映画やそのストーリーとの関連性の中で成立している点である。
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高倉 嘉男(たかくら・よしお)
インド映画研究家
1978年、愛知県豊橋市生まれ。東京大学文学部卒。2001年から2013年までインドの首都ニューデリー在住、ジャワーハルラール・ネルー大学(JNU)でヒンディー語博士号取得。インターネットの世界では「アルカカット」として知られ、インド留学日記「これでインディア」やインド映画専門ブログ「Filmsaagar」などを運営。インド映画研究家として2,000本以上のインド映画のレビューを発信してきた。インド映画出演歴あり。共著に『新たなるインド映画の世界』(PICK UP PRESS)。2020年から豊橋中央高等学校の校長。2025年から東京外国語大学非常勤講師。
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(インド映画研究家 高倉 嘉男)
