無神論者を公言する人の中には、無神論者は宗教や迷信を信じる人よりも合理的で、証拠や分析的思考を重視していると考えている人が多いと、ロンドン・ブルネル大学で心理学講師を務めるウィル・ジャーヴェイス氏は主張します。ジャーヴェイス氏は日本を含む宗教色が比較的薄い8カ国を対象とした研究を行い、無神論者でも直感的に信仰を好意的なものと見なす証拠があるため、上記のような考えは疑わしいと指摘しました。

Belief in belief: Even atheists in secular countries show intuitive preferences favoring religious belief | PNAS

https://www.pnas.org/doi/abs/10.1073/pnas.2404720122

Did humans evolve to prefer religion? Research shows many atheists intuitively favour faith

https://theconversation.com/did-humans-evolve-to-prefer-religion-research-shows-many-atheists-intuitively-favour-faith-256391

ジャーヴェイス氏は同僚と共に1つのテストを行いました。そのテストとは、特定の行動の結果生じた副次的な効果が良いものか悪いものかによって、行動を起こした人が副次的効果をわざと生じさせたのかどうかと感じさせる効果が全く異なるという「ノーブ効果(the Knobe effect)」を宗教に応用したものでした。

ジョシュア・ノーブ氏の研究で形作られたノーブ効果のストーリーは次のようなものでした。「ある会社の会長が、多大な利益をもたらすが副次的効果Xも生み出すという施策を導入した。会長は副次的効果Xについては全く気にせず、ただ利益のために施策を実現し、実際に多大な利益をもたらしたが、予想通り副次的効果Xも生じた。このとき、会長は副次的効果Xを意図的に引き起こしたと言えるか」。

この研究では、副次的効果Xが「環境に害を及ぼす」というネガティブなものだった場合、上記のストーリーについて尋ねられた人の80%以上が「意図的に引き起こした」と回答しましたが、一方で副次的効果Xが「環境を改善する」というポジティブなものだった場合、「意図的に引き起こした」と答えた人は20%程度しかいなかったそうです。

このことから、人々は証拠や裏付けがないにもかかわらず有害な副作用は意図的に引き起こされていると直感的に感じ、有益な副作用は意図的に引き起こされていないと感じていることがわかると、ジャーヴェイス氏は指摘しています。

なお、ノーブ効果は例文の言語や使う単語によって結果が変わってくるという別の研究もありますが、ジャーヴェイス氏の研究では参照されていません。

ジャーヴェイス氏は、ノーブ効果を宗教と絡めて「ある新聞記者が、宗教に関する記事を掲載しようとしている。副次的効果は、世の中の無神論者を増やすか、信徒を増やすかのどちらかだ。新聞が売れた後の世界で宗教的価値観が変化したことは、果たして新聞記者によって意図的に引き起こされたものであるか」というストーリーを作成しました。

上記のストーリーを、ジャーヴェイス氏が比較的非宗教的だと見なすカナダ、中国、チェコ、日本、オランダ、スウェーデン、イギリス、ベトナムの計3804人の被験者が読んだところ、「意図的に無神論者を増やした」と答えた人が、「意図的に信徒を増やした」と答えた人を約40%上回ったそうです。

図の緑色が信徒を増やしたと答えた人、紫色が無神論者を増やしたと答えた人の割合です。いずれの国でも選択肢の順位は変わらず、無神論者と公言している被験者の間でもこの傾向が見られたといいます。



by Will Gervais

このことから、ジャーヴェイス氏は「今回の研究の原点であるノーブ氏の研究では、被験者は環境汚染を意図的に引き起こされたネガティブなものとみなしました。今回の被験者は、同じくネガティブなものとして、無神論者を増やすことを挙げました」と述べ、「このことは、たとえ特定の宗教信仰が薄いとしても、信仰そのものへの信仰は依然として残っていることを示す証拠だと言えます」と結論づけました。

なぜ宗教色が薄い国で宗教そのものへの信仰は残っているのかについて、ジャーヴェイス氏は「宗教が私たちの生活の形を変えるにつれて、人々は宗教と道徳をほぼ同義とみなすようになり、時間を経て信仰と道徳は文化的に深く根付いてきたからです」と持論を展開しています。



ジャーヴェイス氏は「宗教は何千年もの間、私たちの社会に多大な影響力を及ぼしてきたのですから、(神への祈りなど)はっきりした宗教的な表現が減少するに伴って宗教的な行動が一切なくなるかというとそうではありません。宗教的な表現や信仰に対する信仰は文化的な側面で根強く残っており、誰かが言う無神論者の時代に入ったという表現には異を唱えます」と述べました。