テレビの制作現場に「自主規制」「忖度」が定着してきている~ジャーナリストら、与党の「放送法」解釈を批判 - BLOGOS編集部
※この記事は2015年12月16日にBLOGOSで公開されたものです
15日、立教大学社会学部准教授の砂川浩慶氏、ジャーナリストの坂本衛氏・綿井健陽氏が「安倍政権とメディア」と題して会見を開いた。3氏らは同日付で『「放送法の誤った解釈を正し、言論・表現の自由を守る」ことを呼びかけるアピール』を公表(文末に全文を掲載)。賛同人にはマッド・アマノ氏、是枝裕和氏、篠田博之氏、柴山哲也氏、永田浩三氏、藤田真文氏、田島泰彦氏、白石草氏、碓井広義氏らジャーナリスト・メディア研究者が名を連ねている。
3氏は、与党のテレビ報道への姿勢について「放送法の解釈がデタラメで間違っている。政権与党からテレビ放送の自由、自主独立を守る法律だが、テレビ放送を取り締まる法律であるかのように思われている」と主張。一方、テレビ制作の現場でも、"自主規制"や"忖度"の問題が深刻化していることも明かした。
このうち、放送法の専門家である砂川氏は「こういうことをする国は民主主義国家とは呼べない」と批判、「日本は先進国で唯一、放送免許を監督しているのが行政(総務省)。総務省は自民党に対してこそ行政指導をすべきだ」と訴えた。
また、実際にテレビ番組の制作にも携わっているという綿井氏は、会見にあたってニュース番組に携わる記者、デスク、プロデューサーらに現状をヒアリング、「与党に批判的な報道をする番組に対して、政治家だけでなく視聴者からも"偏向報道をやめろ""公平中立な報道をしろ"という抗議が非常に多く寄せられており、その結果、"後でごちゃごちゃ言われるのが嫌だから、抗議の際のエクスキューズとして番組に政府の側の意見をとりあえず入れとこう"という自主規制・忖度が制作者に定着してきている」と指摘。制作現場の現状を「以前は権力に対してメディアと市民の同じ側にいたのが、今は政治権力と市民を名乗る人たちが一体となっていて、そこにメディアが対抗する構図になっている。いわばメディアが挟み撃ちにあっている状態」と表現した。
綿井氏はスタッフたちに対し「もし政治家から"放送法を守りなさい"と言われた時は"お前こそ憲法を守れ"と言い返せばいい、もし"公平中立な放送をしなさい"と言われた時は、"あなたこそ公平中立な政治をしなさい"と言い返せばいい」とアドバイスしているという。一方で、「弾圧・圧力の中でも意気盛んなスタッフがいることも強調しておきたい。しかしそれも何かの拍子に足を掬われる可能性は充分ある。」「放送法を"取り締まる"という法律に変えようと言う動き、"BPO潰し"という動きが今後出てくるのではないかと危惧している」と述べた。
質疑応答
ー与党は、活動家など活動を支援しているのか。坂本氏:はっきりした証拠は見つからないが、放送に対して政府与党が強力に圧力をかけているのと同調するような意見広告が新聞に載っており、ああ、つながっているのかな、と思う。ただし、いろいろな意見はあっていい。私たちが批判したいのはあくまでも政府であり、その間違いを正していきたい。
砂川氏:日本のマスメディアが"安倍政権を支持するメディア"と、"ちゃんと批判するメディア"に二分している。この1年間で安倍さんが出演したテレビ局は限られている。NHK、日本テレビ系列、フジテレビ系列。ご承知のように、日本のマスメディアは新聞とテレビが系列関係にあるので、日本テレビと読売新聞、フジテレビと産経新聞、安倍さんに近い籾井さんが会長をやっているNHK、その3グループだ。
「放送法遵守を求める視聴者の会」が11月14日には産経新聞に、15日には読売新聞に全面広告を出稿した。安倍政権を支持するようなマスメディアの論調と、活動家らのインターネットでの発言内容は非常に似通っている。
綿井氏:放送における"公平中立"というのは、右と左からの中間点という意味での公平さを保つことではなく、いかなる政治家にも、経済界にも干渉されない、支配されない、影響されないという"自主独立の確保"だと思う。
ーテレビ制作に携わる人々が、一般市民からのサポートがなく、社会の中で孤立していると感じているのではないか。この夏、安保法制をめぐっては大きな運動が起こったが、メディアの問題について市民はあまり発言しない。なぜだと思うか。
砂川氏:学生に教えていると感じることだが、メディアをけなすことはするが、褒めることは経験していない。大学や市民講座では"メディアを支えるためには、良い番組、良い記事はどんどん褒めましょう"と言っている。
今、日本のメディアの方々が苦笑しているが、本当にそういう支えがない。こういう状況の中でメディアの重要性が再認識され、褒めていくということが、これから重要なテーマだと思う。
坂本氏:日本人は本当にテレビが好きだ。見ている時間も長く、NHKへの信頼度は世界的にも高い。テレビは笑ったり泣いたり、井戸端会議のような狭い社会で喋るための、そのツールなんだろうと思う。ただ、話題が安全保障、税金や財政、沖縄の問題などになると非常に関心が薄い。"沖縄問題をやるとガタッと視聴率が落ちる"と、テレビの人が言っていた。
やはり日本人には、この社会を自分の力で作っていくとか、そのための力があるんだよ、という自覚があまりない、"長いものに巻かれろ"、"寄らば大樹の陰"という言葉があるが、日本人の心根が現れていると思う。 ー岸井成格(毎日新聞特別編集委員)さんなど、安倍政権と戦う強い人物もいるが、その数は少ないように感じる。フランスではシャルリ=エブド事件のように、ジャーナリズムに命を捧げるという覚悟を持った人物もいる。 また、長野オリンピックの際の堤義明さんの話、FIFAの汚職の問題などはあまり報じられなかった。日本のメディアは、権力と戦う能力を有していると思うか。
綿井氏:戦う記者、ディレクターもいるが、社内で力を持つポジションにはなかなかいない。権限を持ったところにそういう人材いないという現状がある。一番問題なのは、局内・会社内での駆け引きというか、足を引っ張る人たちがいる。私が言っているのは、"政治介入よりも政治部介入"。これがずっと横行してきた。政権に近い人達が報道局長だったり、編成局長だったりして、そういう人たちの意向に沿うよう忖度して、だんだん報じなくなっていく。
以前は読者や視聴者がサポートがあれば、局内の駆け引きを越えて発表することも出来たが、組織全体として抗議や批判に非常に弱くなっており、いくら応援する人が周りにいても、揉め事や対立を避けるようになっている。自ら自主規制・自己検閲のスパイラルに陥っている。
ーそのような日本のメディアの弱さはどこからくるのか。つまり、政府・与党が批判するのは勝手なことで、それに対してなぜ放送事業者は弱いのか。
軽減税率の適用の話が出ているが、ほかにも対象になる物があるはずなのになぜ食料品と新聞なのか、テレビ番組で誰も言わないし批判もしない。
砂川氏:日本の放送法は1950年に出来た法律だ。1959年に、「マスメディア集中排除原則」、つまり一人がテレビと新聞とラジオを持ってはいけないという規則が出来た。ただ、この規則には抜け道があった。その地域で独占の度合いが低ければ大丈夫だというものだった。この適用を受けたのが、産経新聞、フジテレビ、ニッポン放送のフジサンケイグループで、"東京は情報が集中していないからセーフだ"ということになった。この適用に、政治が深くコミットしていた。それから1975年、新聞とテレビの資本関係を整理をしたが、これは田中角栄が主導して行った。
自民党の長期政権の中で、テレビと自民党が強く結びついているのがこの国の現実だ。従ってテレビが政治に物を言わないのが、新聞にもつながってきていると言える。
一つエピソードを申し上げれば、先日ある新聞の取材を受けた際に、安倍政権批判を申し上げた。そうすると、記者は"うちの新聞は社論として新聞の軽減税率を求めているので、安倍政権は批判しないでくれと"言った。従って、その新聞には私のコメントは載らなかった。
坂本氏:日本では、ジャーナリストや記者であるまえに"社員"。これが日本のメディアが弱い最大の原因の一つだと思う。
綿井氏:雇用の形態にもよるが、海外メディアでは、記者は"会社と契約を結んでいる"という感覚が強い。日本では"雇用されている"という感覚がほとんどなので、この辺の意識が根本的に違うだろう。
しかし放送メディアは民主主義の根幹で、情報のライフラインだと思う。携わるひとは皆ジャーナリストだと思うし、その価値判断においては、社会性、公共性が優先されるべきだと思う。それがなかなか実現していないということだ。
ー先ほど綿井さんは"社内の政治部の介入"とおっしゃったが、それならどうしてこの日本外国特派員協会ではなく、日本記者クラブで会見をされないのか。それとも、日本記者クラブで却下されたのか?
日本外国特派員協会は今年で70周年だが、私はそのうちの35年間、ずっと見ている。皆さん何か問題があると、この日本外国特派員協会に逃げ込まれる。戦う決意があるのであれば、日本のメディアを味方につけて、日本記者クラブで会見すればよろしいのではないか。今回のアピールの賛同者をみると、富士山で言えば"裾野"のような方ばかりが賛同されている。もっと覚悟を持って戦っていただきたい。
坂本氏:私は同じような記者会見を1年前にもやった。報道圧力を受けてテレビがビビっているので、私が声掛けをして、議員会館の部屋を借りてやった。そのときにもアピールを出した。その時の発起人には岸井氏や田原総一朗氏も入っていた。田原氏は発起人に入ると「朝まで生テレビ!」は潰れるかもしれないと言った。
今回も、別にここに逃げ込んだつもりは全く無くて、新たにやろうと思っただけだ。誰もが知っているキャスターにも声をかけたが、今は出られないと思う。テレビはかなり追い込まれていると思う。だから名前も出せない、署名もできない。
綿井氏:本来であればこういうところよりも、局の中で労組などと集会を行うべきだとは思う。外での集会や、市民と一緒に話ということをやらなくなって、内側に篭っている。こういう場所に出てくると集中砲火を浴びるかもしれないという考え方の人が多くて出て来られない。本来ならいろんな局の人が出てきて喋るべきだが、それができないというところに弱さが象徴的にあらわれている。
私は放送業界で問題が起きた時、この「放送中止事件50年―テレビは何を伝えることを拒んだか (メディア総研ブックレット)」を読んで、過去どんなことが起きたか、どんな戦い方をしたか参考にしている。かつては、結果的には政治介入に負けたかもしれないが、戦った痕跡がある。
ー放送法4条には「政治的に公平であること。」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」とある。例えば安倍政権の意見を応援している人、沖縄で辺野古に賛成している人がテレビを見ると、我々の意見が報道されてないというように思えて、これはちょっと違うじゃないか、という意見になってしまうと思う。
砂川氏:まさに放送法が出来た時から、この規定には罰則がない。倫理規定なんです。なぜならば、放送法という法律には、表現の自由がベースにある。さらに、国に対して民主主義の発展を求めている。従って、そういう気持ちでやってくださいねということで、違反する違反しないという議論をすることが萎縮効果を招いてしまうということだ。かつて、国会の議席数に応じて出演する議員の発言時間を縛った番組があったが、それがいかに馬鹿げていたかが証明している。
ーこれからどのようにメディアの独立性をどうやって確保すればよいと思うか。
砂川:ひとつは教育だと思う。それは若者に対する教育、民主主義もそうだし、自由もそうだし、コミュニケーションにおいて相手を傷つけることがどういうことかを教えないと、インターネット上ではトラブルが起こりやすいと思う。
もうひとつ教育が必要なのは権力者だ。6月に自民党の部会の中で「メディアを潰せ」とか「広告を辞めろ」という発言がえたおきに読売新聞に自民党こそ教育研修をちゃんとすべきというコラムを書いた。つまり、今この国の権力をもっている人たちは、自由とか民主主義がわかっていないので、そういう権力者がグローバルになっていくと困る。人間の歴史は言論弾圧の歴史でもあるので、それを学んでどうインターネットの時代をつくっていくかだ。
「放送法の誤った解釈を正し、言論・表現の自由を守る」ことを呼びかけるアピール
テレビ放送に対する政治・行政の乱暴で根拠のない圧力が目に余ります。
自民党筆頭副幹事長らによる在京テレビ報道局長への公平中立の要請、総務大臣によるNHK『クローズアップ現代』への厳重注意、自民党情報通信調査会によるNHK経営幹部の事情聴取、同党勉強会で相次いだ『マスコミを懲らしめるには広告収入がなくなるのが一番。経団連に働きかけよう』といった政治家の発言、政治・行政圧力を批判したBPOの意見書を真摯に受け止めない安倍晋三首相、菅義偉官房長官、谷垣禎一自民党幹事長の発言など。
こうした政治・行政のテレビ放送に対する圧力が、テレビの報道を萎縮させ、人びとに多様なものの見方を伝えるテレビという表現の場を狭め、日本の「言論・表現の自由」をいちじるしく損なっている、と私たちは考えます。
とくに政治家や行政責任者が、日本の放送を規定する「放送法」の趣旨や意義を正しく理解できず、誤った条文解釈に基づく行動や発言を繰り返していることは、大問題です。
放送法は、第1条で放送全体の不偏不党・真実・自律を保障することを公権力に求め、政治・行政の放送への介入を戒めています。放送法は「放送による表現の自由を確保すること」を目的とする法律であり、「不偏不党」や「中立」を放送局に求めてはいません。
放送法第4条1項2の「政治的な公平」を番組ごとに要求したり、ある番組を放送法第4条違反と決めつけたりすることは、まったくの誤りです。『総理と語る』のように首相の一方的な主張を伝える番組も、ある法律に反対するキャスターの一方的な主張を伝える番組も、どちらもテレビに存在してよいのです。その一方だけを放送法違反として排除するのは愚かです。
およそ先進的な民主主義国では考えられない、錯誤に満ちたマスメディアへの介入によって、自由な民主主義社会を危うくしてはなりません。
政治家や行政責任者には、「表現の自由」を謳う放送法を正しく解釈して尊重し、テレビ放送への乱暴で根拠のない圧力を抑制することを、強く求めます。政治家や行政責任者は、放送が伝える人びとの多様な声に耳を傾け、放送を通じて政策を堂々と議論すべきです。
テレビやラジオには、「表現の自由」を謳う放送法を尊重して自らを厳しく律し、言論報道機関の原点に立ち戻って民主主義を貫く報道をすることを、強く求めます。放送局は、圧力を恐れる忖度や自主規制を退け、必要な議論や批判を堂々と伝えるべきです。
私たちは「放送法の誤った解釈を正し、言論・表現の自由を守る」ことを呼びかけるアピールを通じて、問題の所在を内外のマスメディアに広く訴え、メディア関係者のみならず多くの人びとに、言論・表現の自由について真剣に考え、議論してほしいと願っています。
