「カラダに汗かいてりゃ仕事」ではない。32歳で400億円の負債を抱えた男が伝えたい“反省”
世の中にはさまざまな“失敗”がありますが、この人の失敗はケタ違いです。
その男の名は、現・シーラホールディングス取締役会長の杉本宏之さん。
24歳で起業したエスグラントコーポレーション時代には、不動産販売業を軸に、業界最年少の28歳で上場。
その後、不動産ファンド事業などにも進出し順調に売上を伸ばしたものの、リーマン・ショックの影響をモロに受け、2009年に民事再生法の適用…。32歳でなんと400億円の負債(!!!)を抱え、自己破産されました。
今回は、杉本さんに「R25世代に伝えたいしくじり」をお話しいただきました。
〈聞き手=天野俊吉(新R25副編集長)〉
波瀾万丈なイメージからはかけ離れたさわやかな方ですな
天野:
ケタ違いの「しくじり」をした杉本さんですが…
そもそも、20代で上場を成し遂げた成功要因からお聞きしたいです!
杉本さん:
貧乏してたっていう生い立ちが大きいのかな…
自分の父も不動産の事業をやっていたんです。ところが失敗して働かなくなってしまって。ケンカして包丁で刺されたり、いろいろあって結局父は僕が19歳のときに失踪しました。
たまに仕事について話すときには「不動産は繰り返す波のようだ」ってことをよく言ってましたね…
不吉な言葉…。ちなみにお父様のことは数年後、探偵を雇って探し出したそうです
杉本さん:
とにかく働こうと思って、投資用マンション販売の会社に就職しました。
3年目にはトップセールスになったんですよ。そこまで何も意識せずに働いてたんですけど、トップになったことでスイッチが入りましたね。「俺は、もっと成功したい」と。
天野:
トップを経験して目線が上がったのか…どんなふうに覚醒したんでしょう?
杉本さん:
「ライバルに差をつけるチャンスは、終業後にしかない」って。今の感覚で言えば完全にブラックな働き方です。
当時は“時間に対してのランク付け”をしてなかった。終業後にめちゃくちゃ仕事もするし、お客さんとスナックにも行く。日曜日でも接待。
プライベートでもクラブに行って朝まで飲んでたし…よくそんな体力があったなと思います。でもきついとは思ったことなかったですね、楽しかった。
天野:
予想以上にブラックでした…
杉本さん:
まあ…、みんな成功してからホワイトになるんですよ(笑)。
そして24歳で「エスグラント」を起業。最初はマンションの代理販売、27歳のころには自社でマンション開発を開始して、事業を拡大していきました。
天野:
サクセスの展開がはやい。そして20代で会社を上場させるんですね。信じられないぐらい順調だな…
杉本さん:
起業して48カ月、僕が28歳のときに会社が上場。
順調でしたねえ。28歳で先輩方をごぼう抜きしたわけです。
でも…そのせいで、一番の「しくじり」が起きました。
怖いよ〜!!
杉本さんがR25世代に伝えたい“しくじり”「調子に乗ると“時すでに遅し”になる」
杉本さん:
一言でいえば、調子に乗りました。
会社のことで言えば、忘年会は麻布十番のクラブを貸し切って。ゲストには当時人気絶頂だった湘南乃風、氣志團を呼んで…
杉本さん:
僕個人でも、何十億円という資産を手に入れて、どんどん派手に遊ぶようになりましたね。
毎月100万円以上も服を買ったり、あとはお酒です。飲み歩いて昼ごろに出社するようになって…
天野:
お酒は怖いですね…
杉本さん:
ロマネ・コンティを一気飲みして、熊谷正寿(GMOインターネットグループ代表)さんから「ワインへの冒涜だ」と叱られたこともあったし、「シャトー・ペトリュス」の1982年を紙コップで飲んだりね。
天野:
ええ!
知らないので話を合わせましたが、調べたら1本30万円とも100万円とも言われる「世界最高峰のワイン」だそうです
天野:
「調子に乗った」ことで、仕事にも影響があったんですか?
杉本さん:
調子に乗っている人に起きる一番怖いことは、「意見してくれる人が誰もいなくなる」ことです。
自分が頂点にいると勘違いしてしまった僕は、人の意見に耳を貸さなくなりました。
不動産業界では誰も僕に忠告をする人がいなくなった。
天野:
20代でそんな状態に…
杉本さん:
そして…「業績を拡大したいなら、これしかない」という悪魔のささやきに負けてしまい、不動産ファンドビジネスに参入したんです。
怖い、怖いよ〜!!
※不動産ファンド=投資を募って不動産を買い、それを運用した利益を投資家に分配する事業
杉本さん:
どんどんレバレッジをかけて(投資を集め、自己資本に比べて借り入れの金額を増やしていって)、それを元手に不動産を買って、利益を上げる。
それをもとにさらにレバレッジをかけつづけて不動産を買っていく…
不動産の価格が上がりつづける前提でね。
天野:
怖い…!
杉本さん:
そして…、2007年の夏ごろから、「サブプライム問題」の影響が騒がれるようになったんです。
【お勉強のじかん】サブプライム危機とは?
サブプライム・ローン=“プライム(優良)ではない”人向けの住宅ローン。
アメリカでは2001年ごろから住宅価格の上昇が続いていたため、CDO(証券化商品=この場合は、価格が上がると想定される住宅を対象に投資する金融商品)に組み込まれ、多くの投資銀行が投資していた。
この投資が過熱すると、“顧客の開拓”という名目でローン審査がゆるくなり、返済できない人が続出。
2006年ごろからローンの延滞率が上昇すると、金融機関は融資に慎重になり、資金繰りが悪化する会社が出てくる。
2008年9月に、投資銀行リーマン・ブラザーズ・ホールディングスが破綻。これにより世界規模の金融危機が発生し、「リーマン・ショック」と呼ばれるようになった。
日本の銀行もサブプライム・ローンを組み込んだデリバティブ(金融派生商品)へ投資しており、巨額の損失を出した。
天野:
当時自分は学生だったのでちゃんと理解できていなかったんですが、調べると「ローンを返済できないような人にも、ほぼ審査なしでローンを貸して破綻した」って無茶苦茶じゃないですか。
リーマン・ショックって予想できなかったものなんでしょうか…?
杉本さん:
今考えればできたはずなんですよ。少なくとも、今の経験値やリテラシーがあれば致命傷になる前に、絶対に撤退できましたね…
天野:
「レバレッジをかけつづけた」と言ってましたが、融資を受けてガンガン不動産を買いつづけるのは危ないとアドバイスする人はいなかったんでしょうか?
杉本さん:
なかにはいたんでしょうけど、耳に入ってなかった。破綻がはじまったときには「時すでに遅し」でしたね。
2007年の夏ごろにサブプライム問題が深刻化してから数カ月で物件が動かなくなり、銀行からの融資も受けられなくなりました。
リーマン・ショック後の杉本さんに起きたとんでもない悲劇一覧
・酔っ払って帰る日々が続き、離婚を告げられる
・マンション建設会社の社長から金の取り立て「破産したら、お前を殺して俺も死ぬ」と言われる
・債権者から「詐欺師」と呼ばれ灰皿を投げつけられる
・2009年3月に民事再生法の適用(=会社の倒産)を申請。その後自己破産(借金返済の見込みがないとして、返済が免除される。かわりに個人資産などが差し押さえられる)
・自己破産を担当した弁護士から「犯罪者と同然」と言われる
〜著書『30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由』より〜
杉本さんがR25世代に伝えたい“しくじり”「頭に汗をかくことを怠るな」
杉本さん:
結局僕は、「頭に汗をかくこと」を怠っていたんです。
頭に汗をかくっていうのは、仕事について勉強することや、考えることですよね。
杉本さん:
今であれば、朝起きて経済番組を3つぐらい見て、ロイター、ブルームバーグといった経済情報をチェックして、取引している株の「板」(=株式の銘柄に、どんな売買の注文が入っているかの情報)を見て1日が始まります。
会食でも、プロには「金融関係者はコロナ後のマーケットをどうとらえてますか?」とツッコんだ質問をしたりするけど…
天野:
当時は情報収集をしていなかったんですか?
杉本さん:
してましたよ。でも、やっぱり“表面上”に過ぎなかったんだと思います。「カラダに汗かいてりゃ仕事だ」という感覚が、どこかにあったんでしょうね。
でも、実は経営って、仕事ってそこじゃないんだ、と。
もっと、金融関係者とか不動産市場の関係者とか、その他にもプロの意見を聞かなければいけなかった。頭に汗をかく、勉強する時間を取ってなかったですね。
天野:
それはなぜですか…?
杉本さん:
今思えば、「会長、働いてないんじゃないか」って思われるのが怖かったんですよね。
社内の目を気にしていた。
そ、そんな理由…!?
天野:
「頭に汗をかく」っていう感覚をもう少しくわしく聞かせてください。
杉本さん:
たとえば、さっき「レバレッジ」「自己資本」の話が出ましたよね。
「自己資本比率(=総資本のうち、返済の必要がない自己資本の比率)は高いほうがいい」とよく言うけど、そこまでだと表面上の理解に過ぎないと思うんです。
「それはなぜか?」ということをどんどん突き詰めて考えていくことですよね。
天野:
はい。
杉本さん:
「自己資本比率は高いほうがいい」「それはなぜか?」「財務内容を良くして銀行からの融資の金利を下げるためである」「下げるとどうなる?」「200億円借入があるなら、1%金利が下がるだけで、経常利益の押上効果が2億円ある」
…という具合にね。
「こうすべきだと言われていることも、ひとつひとつ『なぜ?』と自分で突き詰めていくことが大事」
杉本さん:
突き詰めて考えていないということは、経営に100%コミットできていなかったのかもしれません。
「自分で営業に行く」とか「物件を見にいく」とか、わかりやすくカラダを動かして働いていた。もちろん、それはそれで大事なので今でもやるんですが…
でも、カラダに汗をかくのが美学だ…みたいな勘違いが強かった気がします。
「半値八掛け二割引って知ってます?」杉本さんがR25世代に伝えたい“お金の使いかた”
天野:
壮絶なお話をありがとうございます…
ちなみに、R25世代に向けて「お金の使いかた」のアドバイスはありますか?
やはり、投資には手を出さないほうがいいんでしょうか…?
杉本さん:
いや、投資は若いうちからやったほうがいいと僕は思います。
ええ、あんなに怖い話続きだったのに…
杉本さん:
失敗してもいいから、若いうちに「自分が買ったモノの、値段が上がるのか下がるのか」を考えるクセをつけたほうがいい。
ふだんの買い物でもそうですね。服とか車とか。
天野:
値段が上がるかどうかを考える…
杉本さん:
「半値八掛け二割引(はんね・はちがけ・にわりびき)」っていう言葉、知ってますか?
杉本さん:
経済危機がおきたときに株やモノの値段が下がり始めたら、それぐらい下がるっていう様子を表した言葉なんです。
一番高値をつけていたときから、半値(×0.5)、八掛け(×0.8)、二割引(×0.8)なので、0.32、つまり1/3ぐらいまではモノの値段は下がると。
リーマン・ショックのあとにお金が無くなって、手元にあったあらゆるモノを売ったんですよ。まさに言葉の通りで、自分が得意になって買いあさってたものは、不動産も含め1/3以下の値段でしか売れなかった。
天野:
へええ…!
杉本さん:
そのときに、「価値が上がっていくものを買わなければいけない」ってすごく感じたんです。
このリシャール・ミルの時計も、買ったときは750万円。でも今「クロノ24」という時計専門のサイトで見ると4000万円です。
えっ4000万円身に着けてんの
杉本さん:
皆さんが、何かのときにちょっと高い時計とか服、車を買うとする。
そういうときに「これは値段が下がる可能性しかないのか、上がる可能性があるのか」という考えを常に持つようにしてみてほしいんです。それによってモノの見方が変わっていく。
天野:
服とか、買っただけで満足してましたが…それじゃ消費にしかなってないのか…
杉本さん:
モノの価値は“需給”で決まりますから、世の中にある需要と供給を意識するってことですよね。
不動産も同じです。
僕は需要がずっとあるはず、不動産の価格は上がりつづけるはず…と思って失敗したわけですから…
言葉の重みが違うぜ
杉本さん:
「散財してる」と言われるんですけど、ここ数年はワインにもハマりまして。
価値が上がるモノを選んでコレクションするようになりましたね。
天野:
かつて雑な飲み方をして怒られたワインの価値を、ちゃんと見極めるようになったんですね。
杉本さん:
最近、ロマネコンティを一気飲みをして叱られた熊谷さんに、生まれ年のロマネコンティをお返しできたんです。ワインによって得られる特別な価値もあると思いますね。
ただ…
ワインはどうしても魔力に勝てなくて自分でも飲んじゃうんですよね。そのせいでだいぶやられてる(損してる)んですけど…
天野:
ええ…
大丈夫なんでしょうか…。でも人間味のあるところが魅力的な杉本さんでした!!
仕事に慣れてきて、少し成果が出始めるとどうしても調子に乗ったり、成功体験を繰り返したくて本気で考えることをやめてしまったりすることがある気がします。
そんなときは、杉本さんが自らの“しくじり”を振り返って教えてくれた、
「調子に乗ってはいけない」
「頭に汗をかかないといけない」
という、超シンプルなふたつのことをぜひ思い出したいと思います…。
さて、そんな杉本さんですが、起業家たちの間では「人にかわいがられる力がすごい」「“人たらし”である」と有名だそう…。
そこで、明日公開の記事では「杉本宏之流・“人たらし”の極意」をきいてみました!
お楽しみに〜!!
〈取材・文=天野俊吉/撮影=森カズシゲ〉