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「4割程度下げられる余地がある」。菅義偉官房長官の発言から、日本の携帯電話料金引き下げ論が再燃している。なぜ日本の携帯電話料金は高いのか。コンサルタントの吉川尚宏氏は「携帯電話会社が3社しか存在せず、実質的な寡占構造になっているからだ」という。たとえば3社の寡占から4社の競争に移行したフランスでは、日本より3割強も携帯電話料金が安い。吉川氏は「日本の市場は楽天の参入で、価格が下がるかもしれない」と分析する――。(後編、全2回)

■携帯電話料金「4割下げる余地ある」菅官房長官発言ショック

2018年8月21日、菅官房長官は札幌市での講演で、携帯電話の利用料について言及し、「4割程度下げる余地がある」、「国民の財産である公共電波を利用して事業をしており、(携帯電話会社は)過度な利益を上げるべきではない」と述べた。

この発言を受け、携帯電話会社各社の株価は急落。MNO(移動体通信事業者)である3社の株価は前日に比べてNTTドコモが4%安、KDDIは5%安、ソフトバンクグループも2%安となった。

前回の記事では、日本にはMNOが3社しか存在せず、実質的な寡占構造になっていることを指摘した。菅官房長官発言の背後にあるのは「寡占構造が料金の高止まりを招いている」という問題意識である。

では、そもそもなぜ寡占構造が生まれたのだろうか? そしてその寡占構造に「待った」をかけるべく参入する楽天の試みは成功するのだろうか?

■3社寡占構造が生まれた理由

NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社による寡占構造が生まれたのは、実はそれほど古い話ではない。この3社体制になる前に、4番目の携帯電話会社としてイー・アクセスが存在し、「イー・モバイル」というブランド名の携帯電話サービスを提供していたのを覚えている読者も多いのではないだろうか。

イー・アクセスは1999年の設立。ADSLサービスを提供していたが、2007年から携帯電話サービスも開始した。

イー・アクセスに与えられた周波数帯は1.7GHz帯。当初はエリアカバーの範囲も限られていたが、徐々に加入者数を増やし、2011年度末に402万人、2012年度末は432万人と加入者数を伸ばしていった。

しかし、既存3社と比較して、経営体力が劣後していることは否めなかった。

そんな中、総務省が2012年に900MHz帯と700MHz帯という携帯電話サービスにとって使い勝手のいい周波数帯、通称「プラチナバンド」の割当を行うことになった。

2012年3月には900MHz帯についてはソフトバンクが獲得し、次いで2012年6月には700MHz帯についてはイー・アクセス、NTTドコモ、KDDIがそれぞれ獲得することになる。

事件はそのわずか3カ月後、2012年10月1日に起きた。ソフトバンクが イー・アクセスを2013年1月付けで買収することを発表したのである。

買収価格は約1800億円。これによって総務省がイー・アクセスに割り当てた700MHzの周波数は、自動的にソフトバンクのものとなってしまった。

■なぜ誰も「待った」をかけなかったのか

携帯電話業界からすると、正に驚天動地の出来事だったわけだが、驚くべきは、このM&Aに関して、どの当局も「待った」をかけなかったことにある。なぜか?

まず総務省。周波数免許付与時の制度設計に欠陥があったために、そもそもM&Aに「待った」と言える法的根拠がなかった。

というのも、総務省の設定した免許付与時の条件には、「900MHz帯の免許を受けた事業者が700MHz帯の免許を取得してはならない」とは書いていなかったし、「900MHz帯の免許を受けた事業者が700MHz帯の免許を受けた事業者を買収する場合、周波数の免許を返還しなければならない」などとも書いていなかった。

なお海外では、携帯電話会社間でM&Aが起こる場合、付与した周波数ライセンスの返納を求めたり、M&Aを認めなかったりする場合が多々ある。しかし総務省に関して言えば、M&Aに対して全く無防備であり、ある意味では「お人好し」だったのである。

■公取も所轄官庁に判断を任せた可能性

さらには、公正取引委員会も全く反応しなかった。

詳しい解説は省略するが、企業の寡占度を図るものにHHI(ハーフィンダール・ハーシュマン・インデックス:各社の市場占有率を二乗した和)という指数がある。

日本の公正取引委員会の指針によると、もとのHHIが2500を上回っている場合、HHIの増分が150を超えると、審査の対象になる。

そしてこのソフトバンクによるイー・アクセスの買収について、あらためて筆者が推計してみれば、買収前のHHIは3432、買収後は3582で差分はちょうど150。つまり競争政策の観点から見れば、公正取引委員会の審査対象であったのに、である。最近でこそ公正取引委員会は、いわゆるGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)への規制にも熱心だが、これはここ数年間の傾向だ。あくまでの筆者の想像だが、従来は所管官庁(この場合は総務省)に競争状況の評価や寡占性の判断を任せていたのではないかと思われる。

海外では独占禁止法の観点から、携帯電話会社間のM&Aの是非が審査されることが頻繁にある。

たとえばイギリスには現在、4つのキャリアが存在するが、2015年、キャリアのうちの1つThree(Hutchison 3G UK)が別のキャリアであるO2の買収を提案している。

それに対して、欧州委員会は「買収の結果、イギリスの消費者の選択肢が少なくなり、料金は高くなり、モバイル分野におけるイノベーションを阻害してしまうことになろう」と買収を却下している 。

■楽天参入のインパクト

こうした3社寡占構造に「待った」をかけるべく、2017年12月14日、4番目のMNOとして楽天が携帯電話事業への参入を発表したのである。

2018年4月には1.7GHz帯の周波数を付与され、すでに事業展開は可能になっている。順調にいけば、2019年10月からサービスを開始するとされる。

楽天の参入でMNOは4社体制となるわけだが、海外を見てみれば、携帯電話会社が4社体制の国は確かにその料金は安い。

あらためて、前回の記事を見てみれば、世界6都市の中でもロンドンとパリの料金が比較的安いことが分かる。データ容量が月5GBの場合、東京と比較して3割以上安い。イギリス、フランスそれぞれがMNO4社体制で、MNO間で激しい競争が起こっていることが、正にその理由である。

特にフランスは、MNO3社体制であったところに、第四のMNOであるFree社が2012年に参入し、業界に大きなインパクトを与えたことが知られている。もともとブロードバンドの事業者であったIliad社が、ブロードバンドの顧客基盤をてこに、市場へと参入してきたのだ。

これによって既存の携帯電話会社、たとえばOrange社は市場占有率を失い、市場全体が価格競争に直面することになった。これが消費者に大きな恩恵をもたらした。

4つめのキャリアが参入したことで大きく変わったフランス市場を、おそらく日本のMNOは、今ごろ注意深く分析していることだろう。

■楽天携帯は「消費者の味方」になるのか

では楽天の携帯電話事業は成功するのだろうか?

同社は2025年までに6000億円を調達。2018年から2028年までの10年間で5263億円を基地局構築に充て、残りの金額は、楽天に割り当てられた1.7GHz帯を使う既存事業者の移行措置、いわば立ち退きのために使う計画だった。

しかし2018年8月6日の第2四半期決算発表の場において6000億円を下回る金額で設備投資が可能になることを明らかにし、2019年度には東京、名古屋、大阪を中心にネットワークを整備し、その後、主要都市に拡大していく計画を発表。結果として、2025年度に到達する前に、人口カバー率96%を達成するとしている。

既存のMNOの設備投資額が年間で5000〜6000億円であることに鑑みれば、まるでマジックのような計画である。何か秘策があるのであろうか。

既存MNOも含めて、鉄塔などのインフラを保有する事業者との協業で、基地局設置に伴うコストを大幅に削減することは想定しているであろうし、現に電力会社との連携も発表している。資本市場及び消費者が期待しないことには、結果として楽天の資金調達は困難となる。

販売チャネルとしては楽天市場をフルに活用するだろうし、楽天の得意とするポイント事業や金融事業も絡めて、多彩な料金プランを投入するであろう。

第四のMNOとして楽天が地位を築けば、市場の競争は激しくなり、結果として料金水準は低下していく。だからこそ、料金の値下がりを期待するのであれば、まずは彼らの成功に期待するしかない。

■携帯電話の「価格」を疑え

では本当に楽天は消費者の見方になりうるのだろうか? 結局、寡占化を招いて携帯電話代を高止まりされてしまうのではないだろうか?

消費者、あるいは当局の立場としては以後、下記の二点を注視し、常にその価格に疑いの目を向けてほしい。

1.結果として寡占体制に戻るリスク

既存のMNOが、万が一M&Aによって楽天を買収したとしても、楽天が獲得した1.7GHzの周波数帯を、既存のMNOは獲得することはできない。すなわち大が小を飲み込むことはできないのである。

ところが楽天は、既存のMNOを買収できる。1.7GHzの周波数付与条件に、ある意味では総務省は「穴」をあけてしまったのだ。

本当にM&Aをするとなれば、金額は数兆円規模となるが、かつてソフトバンクがボーダフォンを買収したときに採用したLBO(買収先のキャッシュフローを担保とした融資)を活用すれば、可能性はゼロではない。

2.競争政策を「捻じ曲げる」リスク

先述した楽天の秘策は、おそらく「ゲームのルールを変える」ことにあると著者は想像する。競争政策の既存ルールを自社に有利なものにすべく、積極的なロビー活動を行うのではないだろうか。たとえば次のような事態が考えられる。

(ア)自社の基地局整備が進むまでの間、他社の設備を利用する「国内ローミング」という手法も活用すると思われる。この場合のMNO間の料金は「相対」で決まるものであるが、強引に安価な規制料金制度を持ち込む可能性がある。また既存MNOの基地局を借用することも考えらえるが、この料金も低廉な規制料金とし、自社に有利な状況に持ち込もうとするだろう。このような事態になると、健全な設備競争が阻害され、結果として消費者に不利益になってしまう。

(イ)MVNOでもある楽天は既存MNOから帯域や回線を借りる形で事業を行っているが、MNOに参入する楽天に対して役務を提供する既存MNOにとっては敵に塩を送るようなものである。通常のビジネスであれば、利害相反が起こる事業者に対する役務の提供は打ち切ってもよさそうなものだが、こうしたMNO‐MVNO間の関係を維持するようにも当局にはたらきかけるだろう。

■真の「競争メカニズム」が機能する制度設計を

競争政策の「歪み」は結果的に消費者の「不利益」となり、それでは携帯電話料金の値下げが期待できなくなってしまう。

だからこそ、楽天には小手先のロビー活動などに走らず、フェアで堂々たる第四のプレイヤーとして消費者の支持を獲得していってほしい。

そして政府は政府で「料金を4割削減する」といった官製価格を助長するような危うい発言をするのでなく、市場で真の「競争メカニズム」が機能するような制度整備を促していってほしい。

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吉川 尚宏(よしかわ・なおひろ)
1963年、滋賀県生まれ。コンサルタント。A.T.カーニー・パートナー。京都大学工学部卒、京都大学大学院工学研究科修士課程修了、ジョージタウン大学大学院IEMBAプログラム修了(MBA)。野村総合研究所などを経て現職。専門分野は情報通信分野の産業分析、事業戦略、オペレーション戦略など。総務省情報通信審議会のほか、周波数オークションに関する懇談会等の構成員として政策提言を行う。著書に『ガラパゴス化する日本』(講談社現代新書)、『「価格」を疑え』(中公新書ラクレ)など。

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(コンサルタント 吉川 尚宏 写真=iStock.com)