6日、愛知県国際展示場で「3150FIGHT 10」が行われた。会場には兄弟で史上初となる同日・同階級世界王者に輝くなど「3150 FIGHT」を牽引してきた重岡兄弟の兄・優大(29)の姿があった。弟の銀次朗(27)は、昨年5月に行われたIBF世界ミニマム級タイトルマッチでペドロ・タドゥラン(フィリピン)に判定で敗れ、試合後に急性硬膜下血腫で緊急の開頭手術を経て長期入院となり、その3カ月後、兄・優大は引退を発表した。

【映像】「顔がやさしくなった」久しぶりにファンの前に姿を現した重岡優大

 今年2月24日、優大は故郷の熊本市内に“いつか明るい未来が待ってる”といった思いを店名に込めた自家焙煎のコーヒーをメインとしたカフェ「Shinonome coffee」をオープン。翌月25日、303日の入院生活を闘い抜いた銀次朗は兄が作った居場所へ戻り、兄弟2人で新たな闘いを始めている。

 その優大は今回、会場内で出店し、ファンに挨拶をするために妻の南美さん(29)、生まれたばかりの陽和ちゃん(0歳)とともに会場に足を運んだ。軒先にWBCのチャンピオンベルトが飾られた「Shinonome coffee」は大盛況。その忙しい合間を縫って優大に話を聞いたインタビューの後編。弟・銀次朗の気になる今と兄・優大が描くセカンドキャリアと夢について。

ボクシング以降の人生も“好きなこと”を仕事に…コーヒーとの出会い

 「Shinonome coffee」の店名にあるように、優大が営むカフェは自家焙煎のコーヒーがメイン。優大とコーヒーの出会いはプロデビューと時期が重なる。そのきっかけと当時の思いについて優大は振り返る。

「プロデビューする20歳ぐらいの頃、焼肉屋で働いてて“なんかこれ違うな”と思って…やっぱりボクシングを好きでやってるから、それ以降の人生も好きなことを仕事にしたいって思ったんです。その時に1番好きだったのがコーヒーだった。ボクシング人生なんて35歳ぐらいまでだと思っていたので、その先の人生を考えてコーヒー屋のアルバイトに変えたんです」

 以降、優大はロードワークに出る前に、日課としてハンドドリップを続けるようになった。「ボクシング引退する頃までには、少しは様になるかな」そんな気持ちで始まった習慣は「結局、今でも続いてます(笑)」。

 当時、優大は朝7時に店をオープンさせ、昼ぐらいまでコーヒーショップで働いていた。朝、ハンドドリップをしてロードワークを終えてからバイトへ。バイトから帰って昼食を食べ、再びコーヒーを淹れてジムに行くような生活だったという。ジムに行く前に銀次朗が優大の部屋をのぞき「兄ちゃん、コーヒー淹れて」というやりとりも兄弟の日常で「コーヒーとボクシングは兄弟にとって割とセットだったすね」と優大。

 東京・五反田にあるワタナベボクシングジムでの日々が始まると、まもなくして南美さんを熊本から呼び寄せ、近くのカフェで修業を開始させる。「将来、俺たちコーヒー屋やるから。コーヒーの勉強をしておいて」と。

 現役を引退して店頭に立ついま、一番のやりがいを感じる時は、初めて来たお客さんが2回目、3回目と足を運んでくれるようになった時。では「難しさは?」と聞くと…

「ボクシングとかコーヒーとかに限らず、何でも初めは難しいじゃないですか。練習あるのみ。積み重ねた時間が解決してくれます。結局、僕はボクシングを通じて“継続すれば夢は叶う”っていうこと分かっちゃってるんで。地道にコツコツやれば、きっとたどり着けると思ってるんで。『継続することの難しさと大切さ』っていうのは、ボクシングでは少数の方にしか伝えられなかったと思うんで、コーヒーではもっといろんな方に伝えていきたいです」

辞め時、セカンドキャリアに悩むボクサーに“次の世界”を示したい

 優大の夢は、次第に明確になりつつある。一方で、課題も山積だ。「お前が面倒をみるってボクシング辞めたんだろ」そんな父の言葉に反発して実家を出たものの、事業を始めて間もないためローンを借りるのは難しいのが現状だ。

「銀とのことも考えたらアパートでは難しい。土地、上物ありでローンが組めたらな…とか思って今動いてるんですけど」

 それでも優大は前を向く。そこには、自分のセカンドキャリアを通じて“示したい”ものがあるからだ。

「結局、小さい頃からボクシングをやってる子たちって、それしかやってこなかったんで“辞めるタイミング”もわからない。そういう人たちのセカンドキャリアに夢を与えるためにも、頑張ってるんです。コーヒー屋だって、俺が成功させたら、みんなも“何にでも”なれる。今までボクシングに注いでいたエネルギーを全部そっちに向けたら、夢は叶う。それを体現して、後輩たちとか、ボクシングを未だに辞められずにいる人たちに『セカンドキャリアでも頑張っていこうぜ』って。別世界でも、別の業界でもやっていけるとこを見せなきゃいけないですね。コーヒーを通して」

1日の締めは弟・銀次朗とのマススパー「相変わらず俺と銀はそんな感じ(笑)」

 そして、ファンが気になる銀次朗の現在についても近況を話してくれた。“生活のすべてに介護が必要な状態”という大変さはありながら、以前と変わらぬ兄弟の関係性についても。

「銀の状態で言うなら、すべてに介護が必要な状態です。トイレに行く、ご飯を食べるだけでも、みんなが食べるようなご飯が全部食ベられるわけじゃない。飲み込む嚥下(えんげ)の機能がうまくいかないので、少しとろみをつけて、まとめて飲み込みやすいようにしなければいけない。次第にとろみも緩くなっているので、10年後は普通にとろみなしで食べられると思います。トイレも退院してすぐは1日中行きたがったけど、少しずつ回数も減っている。ただ左半身は完全に麻痺してる。左半身は怪我した時から全く動かない。今はこれぐらい動くとかはなく、もうずっと動かない。現実は現実で受け止めなきゃいけない。歩けるようになるか、20年後に走れるようになるかっていったら難しいと思う。でも“ゼロではない”とは思ってる。脳の構造的に右脳の機能がなくなっても、右脳の仕事を左脳がやってくれるようになるかもしれない。そういう希望を捨てずにあいつはリハビリを頑張んなきゃいけない」

 そんなリハビリの日々の中で、優大は“以前と変わらず”に銀二朗に接している。「Shinonome coffee」の朝は早く7時から、営業時間は午後7時まで。仕事から帰って、自分の家に入る前に、隣のアパートに住む銀次朗のもとへ向かうのが日課だという。

「あいつは毎日同じ日々の繰り返し。つまんないし、モチベーション上がんないんですよ。あいつの目も死んでくる。だからいつも仕事が終わったらまずは家に帰るより先にあいつのとこ行って『おい、来いよ!』っていったんマスを始めます(笑)。パチパチパチーンって。すると銀も俺のこと右腕で掴んできたりします。マスとかは全然、毎日してますよ。目慣らしでね。相変わらず、俺と銀は変わらないですよ。『おい、今日もやってやろうぜ』ってね。俺が何かのモノマネしたりすると、噴き出して笑ったりもね。あまり病人、けが人扱いすると銀の気持ちも落ち込んじゃうので、本当に今まで通り接してます。今日俺が頑張ったこととか、俺が明日頑張ることを言って、銀が明日頑張ることを言う。それでお休みするのが1日の流れ。相変わらず俺と銀はそんな感じ。ボクシングの時と変わらないんです」

 ヘルパーさんなど店に連れてこられる人がいる場合は、銀次朗も介護やリハビリの一環として店に顔を出すこともあるという。現在、お店の横のテナントは空いているということで、次の構想も広がっている。カフェの店舗数が順調に増えていった際にはバーの運営を。さらにはジムを併設して、銀次朗と二人でボクシングの指導も行える場所も…優大が思い描く夢とセカンドキャリアは“いつか明るい未来が待っている”と名付け、始めた「Shinonome coffee」のように明るく未来を照らし始めている。

「隣のテナントも買って、壁を壊して隣のテナントにバーをつくって夜も営業できるように。さらに奥をつなげて子どもたち2、3人に俺らが教えられるようなパーソナルのフィットネスジムを作る。そこに来れば、銀はいつでも楽しめるっていう場所を作ろうかなと思っています。カフェから徒歩内に銀の家を設けてあげて、そしたらもうお散歩がてらにジムにも来れるし、ボクシングにも、カフェにも関わることができる。そうすることによってみんなも銀に会えると思うんです。まだみんなが銀に会えてないんでね。銀に会える場所を作っていこうと思っている。それが僕の未来予想図ですかね」