米国随一の自動車メーカー『フォード』の裏側(前編) 膨大な資料が眠るアーカイブへ潜入 「実話の方がもっと面白い」
炭酸飲料から自動車の世界へ
テッド・ライアン氏が初めてフォードのヘリテージブランドマネージャー就任を打診された時、彼は興味をそそられつつも躊躇した。
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熱心なクルマ好きというわけではなかった。歴史的なマスタングとリンカーンを所有する父親も、親友もクルマ好きであり、2人とも「クルマには素晴らしい物語が詰まっている」とライアン氏を説得しようとした。しかし、ライアン氏は当初、こう言い返していた。「僕にはサンタクロースとポーラーベア(コカ・コーラのマスコットキャラクター)がいるんだ」

フォードは自社の歴史的文書や資料、物品の数々を「ヘリテージ」として保管している。
2018年にフォードに入社するまでの21年間、ライアン氏はコカ・コーラのアーキビスト(アーカイブ担当者)を務めていた。
「コカ・コーラは世界最高のブランドの1つです。サンタやポーラーベアだけでなく、ノーマン・ロックウェルの絵画、赤い色、そして秘伝のレシピもあります」とライアン氏は熱く語る。
しかし、炭酸飲料が1つの文化遺産になっているのと同様に、フォードもまた文化に深く根付いている。そしてライアン氏には、アーカイブ担当者兼ヘリテージブランドマネージャーという新たな役職が提示された。
「彼らはわたしに、ヘリテージをブランドとして扱うことを求めていました。コカ・コーラではやっていなかったことです」
アーキビストの仕事内容とは
ライアン氏は納得し、サンタを辞めることにした。アーキビストにとって、フォードの歴史を掘り下げることは、まるで毎日クリスマスを体験しているようなものだったからだ。
「例えば、ル・マン24時間レースでの優勝です。あの映画(『フォードvsフェラーリ』)は素晴らしいですが、あくまでフィクションです。実話の方がもっと面白い」

フォードのヘリテージブランドマネージャー、テッド・ライアン氏
「マスタングやF-150、あるいは英国でのトランジットの誕生秘話もあります。トランジットには驚くべき物語があり、ドイツと英国のフォードによる共同事業でした。両社は協力する気などありませんでしたが、ヘンリー・フォード2世が両者を説得し、共通の絆を築かせたのです。そして今や、『白いバンの男(White Van Man)』は英国文化の大きな一部となっています」
ライアン氏の話は目まぐるしく、壮大だ。大陸を跨ぎ、数十年にわたるフォードの歴史をシームレスに行き来し、社会的文脈まで織り交ぜて語られている。これはアーキビストとして典型的な仕事と言えるだろう。一見平凡な情報の山を掘り下げ、歴史を凝縮し、まとまりのある魅力的な物語へと昇華するのだ。
「クルマ自体は好きですが、いわゆるクルマオタクというわけではありません。ただ、その物語は素晴らしい」
未来と過去が共存する施設
ライアン氏の博識な頭脳の中には、フォードの豊かな歴史が確かに宿っているが、物理的なアーカイブはミシガン州ディアボーンにあるフォード・エンジニアリング・ラボラトリーの中心部に保管されている。ここはまさにアーカイブにふさわしい場所だ。
ボザール様式の装飾が散りばめられた、石灰岩のファサードが特徴的なこの施設は、100年余り前に建設された。当初は、新型車の設計、生産、試験に必要なあらゆる設備に加え、フォードの経理部門、金庫、ディアボーン・インディペンデント紙(地方週刊紙。フォードに買収されて広報紙となった)のオフィス、さらにはダンススタジオ(一時期、受講が義務付けられていた)までがここに収容されていた。

フォード・エンジニアリング・ラボラトリー フォード
その後数十年にわたりさまざまな用途に転用されたが、2007年に閉鎖された。しかし、2015年に改修され、現在は同社の未来(電動化エンジニアリングチーム)と過去(ヘンリー・フォードとヘンリー・フォード2世の執務室、かつての中庭に建てられたフォード・アーカイブス)が共存する場所となっている。
目立たない廊下を進むと、まず博物館のような展示室に入る。アーカイブの見学は予約制で、展示内容は定期的に入れ替わる。筆者が訪れた際はデザインに焦点が当てられており、マスタングやブロンコのインテリアトリムに関するパンフレットや資料の隣には、2000年にローレンス・ヴァン・デン・アッカー氏(現ルノー・グループのデザイン責任者)によって設計されたアドバンスト・コンセプト・トラックの模型が並んでいた。
販促用ヒューマノイドロボットも
第二次世界大戦直後に制作されたチラシまである。自家用車生産の再開に備えて、人々にクルマの買い方を教えるためのものだった(例えば、クロームメッキについては、少しだけ、中程度、それともかなり多い、どれが好み? といった具合に)。
1960年代にディーラーを巡回して販売を支援するために作られたヒューマノイドロボット『フレディ・フォード(Freddie Ford)』も展示されていた。当初は十数種類の回答がプログラムされていたが、アーカイブに関する情報を提供できるよう再調整された。もっとも、ライアン氏や彼の同僚なら、どんな情報でも素早く提供してくれるだろうが。

1960年代のヒューマノイドロボット、フレディ・フォード
展示室を抜けると、いよいよアーカイブ本体に入る。そこはまさにクルマオタクの天国だ。フレディ・フォードが教えてくれるように、ここには全長3マイル(約4.8km)の書架があり、約1万6000平方フィート(約1500平方メートル)の紙媒体記録、300万点以上の写真やネガ、約1万5000点の視聴覚資料、『フォード・タイムズ』および『フォード・タイムズUK』誌の全号、4500点の3Dオブジェクト、さらには美術作品まで収められている。
加えて、かなりの広さのコーナーに、世界中で新たに発見された資料が入った小包や箱が山積みになっていた。過去75年間のフォードについて知りたいことがあれば、その答えはきっとここにあるはずだ。
過去75年間。そう、フォード・モーター・カンパニーの創業は1903年に遡るが、アーカイブがカバーしているのは1950年以降の資料に限られる。
(翻訳者注釈:この記事は「後編」へ続きます。)
