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組織やチームで重要な意思決定を行うとき、メンバー一人ひとりが自分の利得や価値観にとらわれず、俯瞰的な視点から議論に関わることが求められます。

【写真を見る】「一歩引いて見る」だけで会議が変わる「VR三人称視点」が集団意思決定に与える影響【早稲田大学・岡山理科大学など】

しかし、それが容易でないことは、誰もが会議の場で実感したことがあるでしょう。「自分の意見を通したい」「相手の主張が気に食わない」――そうした感情が議論をこじらせ、合意形成を遠ざけます。

では、文字どおり「一歩引いて見る」ことができたなら、議論はどう変わるのでしょう。

早稲田大学・東京都市大学・TIS株式会社・岡山理科大学・芝浦工業大学の研究グループが、バーチャル空間(VR)を活用してその問いに実験的に答えました。

セルフディスタンシングとは何か

心理学の分野には、セルフディスタンシング(self-distancing、自己距離化)という概念があります。自己から心理的に距離を置くことで、感情調節・自己制御・行動変容に肯定的な効果をもたらすことがわかっています。

その典型的な実践手段が「三人称視点から自己の体験を観察していることを想像する」ことです。

ただし、過去の体験を振り返るときならともかく、現在進行中の体験の最中に三人称視点から自己を観察することは容易ではありません。

ここにVRの可能性があります。

バーチャル空間では、ユーザーはあたかも自分の身体のように感じるアバターとして存在し、加えてユーザーの視点を任意の位置に設定できます。体験の最中にリアルタイムで三人称視点を実現できる環境として、VRはきわめて適しています。

これまでの研究でも、バーチャル空間に三人称視点を適用した事例は存在しました。

しかし、その多くは単独のゲームやスポーツといった個人レベルの活動への影響に焦点を当てており、集団意思決定など集団レベルの活動への影響はほとんど明らかにされていませんでした。

没入型バーチャル空間で144人が参加して実験

研究グループは、一般から募集した48組の3人グループ(計144人、年齢20~49歳)を対象に実験を行いました。

参加者は没入型バーチャル空間において、以下の2種類の視点条件のいずれかを用いて、2種類のトピックについて3人で議論し、意思決定する課題に臨みました。

三人称視点:参加者の視点を、自己のアバターの後方斜め上に設定

一人称視点:参加者の視点を、自己のアバターの頭部に設定

集団意思決定への影響は、意思決定の質・コミュニケーション行動・参加者自身の認識(アンケートおよびインタビュー)に関する多数の項目を用いて、定量的・定性的に評価しました。

結果①:対立が生じやすい局面に有効

実験から、三人称視点が「対立が生じやすい局面」において、一人称視点よりも有効であることを示す結果が複数得られました。

他者の最終意見を正しく推測できた

グループでの議論を経て形成されたコンセンサスに対して、他者の最終意見(本心)を議論後に各参加者に推測してもらったところ、三人称視点の参加者は一人称視点の参加者よりも推測の正確さが高く、統計的にも有意な差が認められました。

三人称視点の参加者は、他者の意見をよく聴き、かつそれをよく覚えていたと考えられます。

グループ内の葛藤が減少した

議論中にグループ内でどの程度の葛藤が生じたかについて、「関係葛藤(価値観の違いや対人関係の軋轢)」と「課題葛藤(意見の対立)」に分けて参加者に尋ねました。その結果、いずれの種類の葛藤においても、三人称視点は一人称視点よりも小さく、統計的にも有意でした。

インタビュー分析でも同様の傾向が見られました。

三人称視点の参加者からは妥協点の模索や意見のすり合わせに関するコメントが多く寄せられた一方、一人称視点の参加者からは対立についてのコメントが目立ちました。

自己の最終意見がコンセンサスと一致

議論後、グループのコンセンサスに対して自己の最終意見(本心)がどの程度一致しているかを尋ねたところ、三人称視点の参加者は一人称視点の参加者よりも一致の程度が高く、統計的にも有意でした。

これは、三人称視点の参加者がグループのコンセンサスを単に受け入れたのではなく、本心から同意したことを示唆しています。

これら3つの結果をつなぐと、次のような流れが浮かび上がる。他者の意見を理解しようとする認知的な姿勢が、対立の生じにくい土壌を形成し、最終的な合意への積極的な支持につながりました。

いいかえれば、三人称視点は、自己の意見に固執せず他者の意見を取り入れる認知的枠組みを促し、結果として対立の少ない協調的な議論プロセスと、強い納得を伴った集団的意思決定を可能にしたといえます。

結果②:共感が重視される局面には有効でない

いっぽうで、三人称視点には「共感が重視される局面」では効果が限定的、あるいは逆効果となり得ることを示す結果も得られました。

感情の相互依存性が低下した

議論中、自己と他者の間で感情や態度がどの程度影響し合ったかを尋ねたところ、三人称視点は一人称視点よりも感情の相互依存性が小さく、統計的にも有意な差がありました。

三人称視点では、互いの感情や態度の影響を受けにくくなり、共感が低下したことがわかります。

また、コミュニケーション行動の面では、会話の流れを調節するためのジェスチャー行動が三人称視点で増加したことが確認されました。これは、三人称視点が議論の流れを俯瞰的に管理しようとする行動を引き出した結果と解釈できます。

研究の意義と今後の展望

実験結果を総合すると、バーチャル空間における三人称視点には明確な「二面性」があります。

有効が期待される場面としては、経営会議や多部門間の利害調整会議での意思決定、人事評価面談などが挙げられます。対立が生じやすい局面で俯瞰的な視点を促すことにより、合意形成を円滑に進める効果が期待できます。

一方、適さないと予想される場面としては、メンタルヘルスやカウンセリング面談、チームビルディングや関係改善を目的とした対話、従業員や住民の意見を聴く参加型会議などが挙げられます。

共感や傾聴といった情緒的側面が重視される局面では、三人称視点は逆効果になりかねません。

この二面性を踏まえて研究グループが提案するのが、「状況適応的な視点制御」という考え方です。

議論が加熱し対立が深刻化した局面では三人称視点を導入して冷静な思考を促し、議論が停滞したりメンバー間の結びつきが弱まったりした局面では一人称視点に切り替えて活発な参加や情動的な近接性を回復させます。

こうした視点制御をAIによるファシリテーション支援と組み合わせることで、より柔軟で効果的な議論運営が可能となることが期待されます。

論文情報

本研究成果は、ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)分野のトップ国際会議CHI 2026(The ACM CHI Conference on Human Factors in Computing Systems)にて2026年4月13日に発表・公開されました。

論文名:Effects of Embodied Self-Distancing in Virtual Environments on Group Decision-Making

DOI:https://doi.org/10.1145/3772318.3791367

執筆者:市野順子(早稲田大学)、井出将弘(TIS株式会社/早稲田大学大学院)、横山ひとみ(岡山理科大学)、淺野裕俊(芝浦工業大学)、宮地英生・岡部大介(東京都市大学)