「ガキがガキを産んでんじゃねぇ」15歳の母に届く「自業自得」の批判。その言葉が他の当事者をも追い詰める「怖さ」
中3で妊娠し、15歳で未婚の母になった横井桃花さん。高校進学を断念し、ひとりで育てる決意をした彼女に、世間の視線は冷たいものだったそう。さらに、メディアで実体験を語るようになってからも届く辛辣な言葉に、同じような経験をしている子たちまでもが追い詰められてしまう怖さを感じたといいます。
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「自業自得」と四文字で切り捨てられて
── 中学3年生で妊娠し、15歳で未婚の母となった横井桃花さん。相手は当時交際していた同級生で、最初は「一緒に育てる」という話もあったものの、その約束は果たされず、出産後には「逃げます」とLINEが届いたそうですね。
高校進学を断念し、一人で育てる決意をした横井さん。しかし突きつけられたのは、「自業自得」という世間からの冷ややかな声でした。この言葉は、15歳で出産した横井さんにどう届いていたのでしょうか。
横井さん:当初は、なぜこんなことを言われるんだろうと戸惑いました。若くして妊娠したことに対し、世間が抱くイメージは理解できます。でも、私は当時から相手に「嫌だ」と伝えていましたし、避妊もお願いしていました。それでも受け止めてもらえず、妊娠が分かった後、相手は最初こそ「一緒に育てよう」と言っていたのに、最終的には「逃げます」というメッセージを残していなくなってしまった。そうした背景を知られないまま、「自業自得」という四文字で切り捨てられるのは、やっぱり悲しかったです。
── その言葉が、同じような状況にいる人をさらに追い詰めてしまう怖さもありますよね。
横井さん:メディアで経験を語るようになってからは、「ガキがガキを産んでんじゃねえ」「無責任」「どうせ拒否しなかったんでしょう」「抵抗できなかった自分が悪い」といったコメントもありました。そういう言葉を見ると、同じような経験をしている子たちが「やっぱり自分が悪いんだ」「誰かに相談したら責められるんだ」と思って、ますます声を上げられなくなるのではないかと感じました。
誰にも相談できないまま妊娠や出産を抱え込み、赤ちゃんを遺棄してしまうようなニュースを見るたびに、「自分も一歩違えば、そちら側にいたかもしれない」と本気で思います。相手に逃げられて、ひとりで子育てをすること自体、本来はキャパオーバーなんです。
── 実際に、出産後の生活も決して楽ではなかったと思います。養育費や認知について、法的な手続きを取ることは考えなかったのでしょうか。
横井さん:最初は養育費をもらいたいと、弁護士に相談していました。でも当時聞いた話では、まずは認知の裁判をして、それから養育費の裁判をしなければならないと聞きました。時間もお金もかかりますし、DNA鑑定の費用も必要になる。その間、仕事は思うようにできないかもしれない。
そこまでしても、もらえる金額は月に数万円ほどだと聞きました。もちろん、本来は父親にも責任があります。でも、相手に払う意思がなければ逃げられてしまうこともある。差し押さえという制度があっても、相手が給料を手渡しでもらう仕事に就いた場合は難しいとも聞きました。
結局、子どもを育てている側が、さらに時間もお金も労力も使わなければいけない。その現実を知って、悔しかったですが裁判に進むことは諦めました。
ママ友はゼロ「誰も近寄ってこなかった」
── 息子さんの戸籍の父親欄は、今も空欄のままにしているそうですね。
横井さん:はい。養育費をもらうには認知が必要ですが、逃げた父親の名前を息子の戸籍に残したくない。また、父親の認知があると、父親が何かで助けを求めてきた際、子どもが父親を助ける義務が出てくる可能性もあると聞き、養育費をもらう以上にリスクのほうが大きいと思ったんです。
彼は口では「20歳になったら一緒に育てよう」と言っていました。でも実際には、責任を取らずに逃げた人です。その背中を息子に見せても、悪影響しかないと思いました。彼との関係を続けるより、自分で育てていく道を選びました。
── 養育費もなく、収入の手立てもないまま15歳で子育てが始まりました。当時の生活は、どのようなものだったのでしょう。
横井さん:最初は母に助けてもらいながら子育てをしていたのですが、いつまでも頼りきりでいるわけにはいかないと思って、息子が1歳になる前くらいにバイトを始めました。息子が4歳の頃からは家を出て、ふたり暮らしです。
当時は児童手当と母子手当で5万円、給料が8万円ほどで、毎月の収入は13万円ほど。そこから家賃や生活費を払うので、暮らしはカツカツです。余裕はまったくありませんでした。自分の髪も服もボロボロの状態で、お金のことばかり常に考えていましたね。
2年前からヘッドスパのサロンを自営しています。手当も合わせて月20万円ほどで、そこから家賃6万円を払って生活しています。以前よりは少し安定しましたが、息子に我慢させている部分もありますし、将来の学費を考えると不安はあります。
── 若い母親であることで、周囲の目が厳しいと感じる場面もありましたか。
横井さん:ありましたね。最初の3年くらいは特に苦しかったです。若い母親というだけで好奇の目で見られることもありましたし、バイト先でも強く当たられがちでした。保育園でも「ほかのママたちにはこんな言い方をしないんじゃないかな」と感じることがしばしばありました。
ママ友もゼロでした。誰も近寄ってこないように感じていましたし、助けてもらえないのが普通なのかなと思うようになっていて。若くして産んだのは自分だから、こういう扱いをされても仕方ないのかなと、自分に言い聞かせていたところがあります。
負の連鎖を断ち、次の世代に繰り返させないために
── 追い詰められた状況で、横井さんが踏みとどまれたのはなぜだったのでしょうか。
横井さん:息子が3歳のときに初めてママ友ができました。「ご飯をごちそうしてあげるから家においで」「何かあったらすぐ言って」といろいろ気をかけてくれて、すごく嬉しかったんです。
それまで私自身、10代で子どもをひとり抱えて、「強くならなくては」と肩肘を張っていました。「弱音を吐いたらいけない」「助けてと言ってはいけない」、そう思うほど、余計に助けを求められない状態になっていたんです。
でも、息子のためにも、助けを求めることは必要なんだと思えるようになりました。周りの大人が「どうしたの?」と声をかけてくれる、たったそれだけで救われることがある。まず話を聞いてくれる人がいることが大事なんだと実感しています。
── 同じことを次の世代に繰り返させない。負の連鎖を断つという思いが、息子さんへの性教育につながっているそうですね。
横井さん:息子には、逃げてしまった相手のようには絶対になってほしくないので、「女の子に優しくできる男でありなさい」と常に伝えています。日本では性教育を学校で十分に教えてくれないので、「私がやるしかない」と思い、3歳からオブラートに包まない性教育を始めました。
生理の仕組みや、赤ちゃんができることは女性にとって大きなリスクであり、母子ともに命が関わる危険があることを伝えています。その結果、小学2年生のときに息子がみずから「僕には知識もないし、相手が嫌がっているかもしれないし、命に関わることがあるかもしれないから、高校生になっても女の子とはそういう行為はしないよ」と言っていました。
── 息子さんに、父親のことはどのように伝えているのですか。
横井さん:事実として伝えています。「ママはそういう行為はしたくなかったけれど、パパは勉強不足で、ママが嫌がっていると分からなかった。責任が取れないのに逃げちゃったんだよね」と。悪く言ったところで何も生まれません。でも、知識がないことで起きてしまったことを隠さずに伝えることが、息子にとって一番の教育になると信じています。
私の発信がいい例にも悪い例にも参考にしてもらえたら、と思っています。
取材・文:西尾英子 写真:横井桃花

