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強烈なインパクトを残した29台

歴史を振り返ってみても、BMWに対する人々の意見は常に強かった。航空機エンジンのメーカーとして名声を博していたバイエルンのBMWが自動車業界に参入してからほぼ1世紀、話題に事欠くことはなかった。

【画像】3輪バブルカーをBMWが作っていた! 戦後を支えた功労車【BMWイセッタを詳しく見る】 全23枚

その例として、本特集では29台のBMWを紹介する。いずれも、さまざまな理由から話題を呼び、物議を醸したクルマだ。年代順に見ていこう。


大きな話題を呼んだBMWを29台紹介する。

BMW 3/15(1928年)

BMW初の四輪乗用車。デビュー当時はそれほど騒がれることはなかったが、改めて振り返ってみれば、中身がオースチン・セブンであったという点は注目に値する。オースチンのライセンス生産を行っていたアイゼナハ車両製作所を買収したことで、その生産を引き継いだのである。

BMWは何度か改良を加え、1932年には3/20というモデルを導入した。依然としてオースチンと深く関連していたが、別個のモデルと見なせるほど相違点は多かった。1994年、BMWはオースチンの後継企業であるローバー・グループを買収した。


BMW 3/15(1928年)

BMW 501(1952年)

第二次世界大戦後に初めてBMWが発売したモデルである502は、優雅に流れるようなラインから「バロックの天使(バロック・エンジェル)」という愛称で呼ばれた。しかし、非常に高価だったこと(当時のドイツ人の平均年収の4倍と言われる)や、最高出力65psの2.0L直列6気筒エンジンが、1430kgの車重に対して非力すぎたことなどが主な弱点として挙げられる。

改良によってエンジン出力は徐々に向上し、ラインナップに2.6L V8が加わるなど大きな変化もあったが、BMW自身の言葉を借りれば、全体として501は「商業的な成功とはならなかった」のだ。


BMW 501(1952年)

BMWイセッタ(1955年)

BMWがバブルカーを生産するというのは、今日ではほとんど想像もつかないものだ。当時、なんとか利益を生むモデルをラインナップに加えるため、イタリアのメーカーであるイソ社の小型車イセッタのデザインを引き継いだのだ。販売は確かに成功したが、このような小型車から得られる利益には限界があり、財政的危機から脱却するためにはさらなる努力が必要とされた。


BMWイセッタ(1955年)

BMW 507(1956年)

507は、BMWがこれまでに生産した中で最も美しいクルマの1つと言える。501と関連があり、3.2L V8エンジンを搭載している。かのエルヴィス・プレスリーが米国陸軍に所属していたころ、ドイツでの兵役中に1台購入したのは有名な話だ。ただ、507は生産コストが高く、それに応じた価格設定を余儀なくされた。販売は極めて不振で、わずか251台しか生産されなかった。

これはBMWにとっても痛手となった。実業家ヘルベルト・クヴァント(1910〜1982年)が主要株主となり、巨額の資金注入を受けていなければ、長く存続できなかったかもしれない。


BMW 507(1956年)

BMW 700(1959年)

BMWはかつて、リアアクスルの後方に697ccの2気筒エンジンを搭載した小さなクルマによって、ほぼ確実視されていた倒産の危機から救われたことがある。現代のBMW愛好家がこの事実を知ったら、驚くのではないだろうか。

700は主にセダンとして販売されたが、クーペ(写真)やカブリオレもラインナップされ、6年間で約19万台を売り上げた。これは経営難を乗り越えるには十分すぎる数字だった。700のようなモデルは後にも先にも存在しないが、もし発売されていなければ、BMWというブランド自体が消滅していたかもしれない。


BMW 700(1959年)

BMW 2002ターボ(1973年)

02シリーズの発売から7年が経過した頃、2002ターボが発表された。このモデルは、それまで「ターボラグ」という言葉を聞いたこともなかった人々に、その概念を初めて知らしめることとなった。当時としては非常にパワフルだったが、燃費も非常に悪く、オイルショックに突入した時代には不利に働いた。

今日、BMWは「これほど時代の精神に反するクルマを作ってしまったことは、他にほとんどなかった」と認めている。2002ターボはわずか1672台で生産中止となったが、02シリーズの総生産台数86万1940台に比べれば、もはや誤差のような数字である。


BMW 2002ターボ(1973年)

BMW 3.0 CSL(1973年)

当然のことながらBMWが違法なクルマを販売しているわけではないが、正直、3.0 CSLに関してはそれに近いものだった。E9クーペをベースにした軽量なホモロゲーションスペシャルで、欧州ツーリングカー選手権(ETC)への参戦が認められる最低限の台数のみが生産された。

非常に大きなリアウィングが特徴だが、当時のドイツの公道では禁止されていたため、BMWはトランク内にこれを収納して販売した。公道上では外した状態で走行し、サーキット走行前にトランクリッドに取り付けることができた。純正部品であったため、ETCの規則に反することはなかった。


BMW 3.0 CSL(1973年)

BMW M1(1978年)

M1は、20年近く前に登場した700と同様に、センセーショナルな1台だった。その3.5L直列6気筒エンジンは、乗員とリアアクスルの間に搭載されている。BMWがこれまで採用したことのないレイアウトであり、2014年のi8まで再び採用されることはなかった。

市販車は460台が生産され、その多くはレースに使用された。ワンメイクのプロカー選手権(1979年はニキ・ラウダ、1980年はネルソン・ピケが優勝)も開催された。


BMW M1(1978年)

BMW M5(1984年)

後の同名モデルとは異なり、初代M5は正真正銘の、市販最速クラスの4ドア・セダンであった。5シリーズのラインナップの中でも最強のM535iさえ凌駕する性能を持ちながら、外観からはそれをほとんど窺い知ることができなかった。

一見するとごく普通のクルマに見えるが、実際にはM1と同じ3.5Lエンジンを搭載しており、286psを発生。240km/h超という驚異的な最高速度を実現した。


BMW M5(1984年)

(翻訳者注:この記事は「中編」へ続きます。)