コラムニスト・桧山珠美

写真拡大

[エンタ月評]桧山珠美(コラムニスト)

 TBSの火曜ドラマは、なぜこんなにも刺さるのだろう。

 「逃げるは恥だが役に立つ」を筆頭に、「私の家政夫ナギサさん」「わたし、定時で帰ります。」「西園寺さんは家事をしない」「対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜」「じゃあ、あんたが作ってみろよ」――。思い返せばどれも心に残る作品ばかりだ。

 これらのドラマは、女性の“生きづらさ”にそっと光を当て、胸の奥にくすぶるモヤモヤを可視化してきた。大きな事件や劇的な展開に頼らず、日常のなかの小さな悩みや葛藤を丁寧にすくい上げる。その優しい眼差(まなざ)しが、観(み)る者の心にじんわりと沁(し)み込んでいく。

 そんな物語に励まされたり、勇気をもらったり。画面の向こうの出来事でありながら、どこか自分事に感じられる。その距離の近さこそがこの枠ならではの魅力かもしれない。

 この春スタートの「時すでにおスシ!?」もまさにその系譜に連なる一作。描かれるのは“人生の再出発”という普遍的なテーマだ。永作博美演じる主人公・待山みなとは、14年前に夫を事故で亡くして以来、一人息子の渚(中沢元紀)のために走り続けてきた。が、息子が社会人となり、家から巣立ったことで、数十年ぶりに訪れた“自分の時間”を前に立ち尽くす。

 そんなみなとが足を踏み入れたのが、「3か月で鮨(すし)職人を育てる」と謳(うた)う鮨アカデミー。みなとの班を受け持つ講師・大江戸海弥は、実はみなとの働くスーパーの常連客で、鋭い眼光で鮮魚を見極める姿から、店員の間で「さかな組長」と密(ひそ)かに呼ばれていた男だった。

 大江戸を演じるのが松山ケンイチ。「テミスの不確かな法廷」「リブート」「お別れホスピタル2」、そして本作と今年に入ってすでに4作のドラマに立て続けに出演しているが、それぞれ異なる役柄を、驚くほど自在に演じ分けてみせる。今回の大江戸も昔かたぎの職人でどこか近寄りがたい硬質な空気を纏(まと)いながらも、時折、見せる人間味あふれる表情がなんとも魅力的な人物だ。

 チロルチョコを常食する甘党ぶりは、朝ドラ「虎に翼」の桂場を彷彿(ほうふつ)させるものがあり、カラオケで「マツケンサンバ2」を踊らされる場面に、もうひとりのマツケンが踊る「マツケンサンバ」……と思わず笑ってしまった。

 大江戸もまたワケあって鮨アカデミーの講師としての一歩を踏み出したばかりだ。昔ながらのやり方に固執し、新しいものを否定していた大江戸が、スーパーでスマホ決済のやり方を教わる場面は、「変わろうとする大江戸」を象徴する印象的なシーンだった。

 一歩踏み出すことで見える景色はいいことばかりではない。が、それさえも人生の楽しさに変えることができるとドラマは教えてくれる。人はいくつになっても、変わることができる。「時すでに遅し」などと達観している場合ではない。