左が藤本健二氏(在平壌英国大使の公式Xより)、右は安明進氏(講談社「横田めぐみは生きている」より)

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北朝鮮の上空には、複数の情報衛星が飛んでいる。この閉鎖国家を空から常時観察するためだ。

しかし、金ファミリーをはじめとする権力内部の情報は、人間を通じた情報収集(ヒューミント)でしか得られない。その象徴的存在である料理人、藤本健二氏と元北朝鮮工作員、安明進氏はともに消息が分からなくなって久しい。すでに死亡したとも伝えられるが、事件に巻き込まれ殺害されたとの見方も出ている。

藤本氏は日本人料理人として1980年代に北朝鮮に渡り、金正日総書記(故人)の専属料理人となった。彼は高額な報酬と特権的待遇を受け、子どもだった金正恩総書記の遊び相手も務めるなど、常に指導者一家の近くにいた。

北朝鮮に滞在中、権力内部の動向を克明にメモしており、その証言は、指導者の性格や生活を具体的に伝える一級の情報となった。

藤本氏は日本への一時帰国を装って北朝鮮を離脱し、長年日本で潜伏生活を送った。しかし金正恩総書記が権力を継承した後の2012年、招待を受けて北朝鮮を再訪し、自ら「裏切り者が帰ってきました」と謝罪した。この謝罪が受け入れられ、2017年には平壌で念願の日本料理店「たかはし」を開業、外国人や富裕層を相手に営業を続けた。

コロナ禍による国境封鎖を契機に、消息が分からなくなった。確認できるのは2019年までだ。韓国の北朝鮮専門家が、「藤本は亡くなった」と語ったことがあるが、生死は今もってはっきりしていない。今年で79歳になる。

横田めぐみさんを目撃したと証言した安明進

安明進氏は、北朝鮮で工作員として教育を受けた後、1993年に韓国へ亡命した。1997年には、拉致被害者・横田めぐみさんを目撃したと明かし、日本社会に衝撃を与えた。

この証言は拉致問題を、北朝鮮の犯罪として認識させる決定的契機となった。日本のメディアは彼の証言を連日のように伝え、多い時には百万単位の出演料を支払ったとされる。

しかし、証言が一貫性を欠いており、内容を疑問視する見方も多かった。日本政府も内部報告書の中で「収入確保のためにメディア受けする新たな証言を繰り返している可能性もある。最近の証言には注意が必要」と指摘していた。

そんな中、安氏は、2003年に日本側の関係者からの依頼を受け、北朝鮮に侵入して横田さんの写真を撮る計画を立てたが、警備が厳しいという理由で中断された。

この危険な秘密計画に対し、事前に拉致関連の民間団体から500万円が渡されていたという。拉致被害者、蓮池薫氏の兄、透氏が著作「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」(講談社)で明かしたエピソードだ。

その後の取材には「反北・嫌北をあおるため話を誇張したこともある」と、不正確な証言をしていたことを認めている。何が誇張で、何が真実なのかを明確に説明しなかったため、情報の混乱は今も続いている。

「勇気ある告発者」安明進氏の転落は早かった。2007年、覚醒剤密輸事件にからみ韓国で有罪判決を受け、2016年には中朝国境滞在中に消息を絶った。北朝鮮による報復や口封じ殺害説もささやかれている。テレビの出演料で大変なカネを手にしたはずが、「国際電話でカネを貸してほしいと言われたことがある」(日本の知人の1人)といい、かなり生活に困窮していたようだ。

日本に貴重な情報をもたらした2人の無事を祈りたい。

文/五味洋治 内外タイムス