「人はなぜラブレターを書くのか」石井裕也監督に聞く…世界つなぐ音・映像、綾瀬はるかと共有した「ある感覚」
公開中の「人はなぜラブレターを書くのか」は、映画表現の力を体感させる映画だ。
綾瀬はるか演じる主人公がふと「大昔の初恋」の相手に宛てて書いた手紙をめぐる物語。実話を土台にしたオリジナルストーリーと、音、情景、そして俳優たちの演技が、自然に溶け合って見る者の心に深く響く。脚本・編集も手がけた石井裕也監督に、本作にこめた思い、そして、どのように演出し、どのように音や映像の力を生かして、作品をつむぎあげていったかを、聞いた。(編集委員 恩田泰子)
時を経ても消えない存在
綾瀬が演じる主人公ナズナは、勤め人の夫、中学生の娘とともに美しい水郷の町で暮らす女性。2024年のある夜、彼女はふいに「富久信介」という人物に向けて手紙を書き始める。なぜ書くのか、彼はどういう存在なのか。この映画は、「現代」と「過去」を往還しながら描き出していく。
物語の基になったのは、2000年3月の営団地下鉄日比谷線脱線衝突事故の犠牲者の一人、当時17歳の高校生だった富久信介さんをめぐる実話――事故から20年後の2020年に、信介さんの家族の元に一通の「ラブレター」が届いたことだ。書いたのは、一人の女性。事故が起きるまで、ほぼ毎朝、信介さんと同じ電車の同じ車両に乗り合わせ、彼にひそかに思いを寄せていた「当時の女子高生」だ。彼女は、在りし日の信介さんの姿、秘めていた自らの思いをつづっていた。
この「20年後のラブレター」の実話に「肉付け」をして生まれたのが、本作の物語だ。ただし、ナズナというキャラクターと、彼女をめぐるストーリーは、石井監督の想像に基づく創作だ。
「大切な思いがどうしても言えず、しかも20年、その胸に潜ませ続けた事実にこそ、僕はぐっときた」と石井監督は話す。
「あの事故、そして富久さんの死は当然悲しい、悲劇的なものです。ただ、時を経ても、(その存在が)誰かの人生のよりどころ、ともしびのようなものになっていたということに、『希望』のようなものを感じたんです。そして、それを描きたいと思いました」
違う世界に接続するような感覚
劇中では、ナズナが胸に潜ませてきた思いを手紙にし始める時が不意にやってくる。
「本当に『ふと思い出して』っていう書き出しで始まる手紙なんですけれど、自分でも理解を超えた、人間という存在の不思議さとか面白さを、初恋の人にラブレターを書くという行為につなげたくて」
ナズナのふとした心の動き。それを綾瀬は、まなざし、表情、一挙一動に、繊細に映し出していく。それはどのように演出されていったのか。最も大きかったのは、石井がこの映画を描く上で大切だと考えていた、ある「感覚」を綾瀬と共有できたことだという。それは少なからぬ人が感じたことがあるはずのものでもある。
「深夜、何か、この世のものではない、隣り合った世界に、接しているというか、そういうものと溶け合って、同じところにいるなって感覚になることが多い」。それは「あの世と言ってもいいし、生まれる前の世界と言ってもいいし、死後の世界と言ってもいい。あるはずもないとも言えないけれど、ないはずもないとも言えないという、微妙な世界ですよね。でも、人はそれを、それこそよりどころにしているんじゃないかなって思っているんです」
この話をしながら、石井監督が一例として触れたのは、数々のスタジオジブリ作品の世界。人知を超えた世界の存在、時には生と隣り合わせの死の匂いを感じさせる物語は人々を魅了してきた。「その死の匂いっていうのが、ちょっとおっかないけども、心地よいというか、怖くないものとしてとらえられたときに、何か、心、魂をいやされる」
ともあれ、「最初に綾瀬さんにお話しした時、そういう世界の話、ちょっと死生観につながるような話をした時に、すごくよく共感してくれた」のだという。
「違う世界に接続するような、その感覚を当時の僕は『コネクト』と呼んでいましたが、そういう状態でしか、僕はラブレターは書けないんだと思うというような話をしたら、綾瀬さんもすごくわかると。理屈ではない、本当にふと思い出して、何かに身をゆだねるような手紙の送付っていうんですかね。そういうものを『ちょっとわかんないんだけども』っていう言い方で共有していった覚えがあります」
この映画には、そうした感覚を大切にしたシーンがいくつもある。「撮影現場で、綾瀬さんが何かこう、(頭で)理解して演じているようなそぶりが見えたとき、『今、それってコネクトしてないですよね』と言ったり。すごく抽象的な表現ですが、共有出来る言葉は見つけました」
つながる、混ざる
その「コネクト」の感覚は、音響や映像でも表現されている。
「僕は『音』派の演出家だと自分で思っていますけど、特に今回は、音響設計っていうものが重要だったと思います。まったく別の世界をつなげていくというか、隣り合わせにしていく作業が必要だったので、そのためには、音設計が一番重要だったんです」
現代と過去を往還しながら物語は進んでいく。「例えば、過去(の出来事)の映像でのフラッシュって、テレビドラマとかでよくあるんですけれど、(本作では)そういうものはほとんど使わず、音のフラッシュというか、音の構成の中で世界をつないでいったという感じです」
音が観客を導く。時計の音、ラジオから聞こえてくる雑音、深夜の気象情報、早朝の新聞配達のバイクの音などを契機に、過去と現在の物語、あるいは遠く離れた人同士の物語がつながっていく。
もちろん映像でも、それは試みている。
現代のナズナと家族をめぐる場面の主なロケ地は、千葉県香取市の佐原地区。早朝や夕方の美しい光の時間、いわゆる「マジックアワー」を狙った撮影が多かったという。「ほぼ毎日だったんじゃないかと思います」。それを狙ったのは、単に観客の目を楽しませるためだけではない。「川のイメージも含め、何か『向こう側の世界』を連想するような、広がりを感じさせる風景」でもあるからだ。
「みんなで日が昇る前に準備して、練習して、日が昇った瞬間に、テストなしで撮りまくるといった無茶は、今回、結構いっぱいしました」。能力も労力も要することだが、それが可能になったのは、「やっぱり早朝と夕方の佐原の風景にみんながほれこんだからじゃないかと思います」。その風景は現在と過去、さらには未来をつないでいく。
もう一つ、観客の感覚に強く作用するのは、トンネルと列車が織りなすカット。劇中、折に触れて映し出される。「映像的に世界をつないでいくイメージとして思い浮かんだ」という。序盤にそれが映し出される時、流れ出すのは岩代太郎によるメインテーマ。「世界が巡り巡っていくイメージでいろんなものがつながっていく、というテーマで書いてもらった曲」だという。「その場で弾いて聴かせてもらったんですけど、『あ、これだったら自分が意図している世界を作れるな』と思いました」
トンネルのカットにはバリエーションがあって、印象はさまざま。「つながっていくというよりは、混信していくイメージですかね。ラジオの音なども含めて、ごちゃまぜになって溶け合っていくっていうか、そういう世界観を作りたかったんですよね」
思い重なる人間群像
本作は、濃密な群像劇でもある。登場人物一人一人の言動が心に焼き付く。
「いろいろな世代の世界、いろいろな時代の世界をつなぎ合わせなきゃいけないっていう、演出的な大テーマがあったんで余計なものは入れてないんですよね。逆に言えば、残ってるシーンっていうのはすべて意味があって、無駄がないんです」
綾瀬をはじめ、俳優たちもみな出色の演技。當真あみ(17歳のナズナ役)、細田佳央太(信介役)、菅田将暉(信介が通うボクシングジムの先輩・川嶋勝重役)、佐藤浩市(信介の父・隆治役)、妻夫木聡(ナズナの夫・良一役)……。
「いろんな人の思いが積み重なって、いろんな人のいい芝居、いい仕事が出てきた。もちろん僕も一生懸命頑張っているんですけど、ここまでうまくいったのは何でなのかなっていうくらい……」
音を、映像を、演技を、映画館でしかと味わいたい映画だ。
◇「人はなぜラブレターを書くのか」=製作幹事:日本テレビ放送網/制作プロダクション:フィルムメイカーズ/配給:東宝=全国東宝系にて公開中
