by The Maritime Aquarium at Norwalk

コカインなどの違法薬物は人間の心身に大きなダメージを与えますが、これらの薬物は下水などを通じて自然環境も汚染しています。新たな研究により、コカインやその代謝物にさらされたアトランティックサーモン(タイセイヨウサケ)が、通常のアトランティックサーモンよりも長い距離を泳ぐようになることが示されました。

Cocaine pollution alters the movement and space use of Atlantic salmon (Salmo salar) in a large natural lake: Current Biology

https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(26)00315-5

Coked to the gills? Cocaine-laced wastewater can make salmon roam twice as far

https://theconversation.com/coked-to-the-gills-cocaine-laced-wastewater-can-make-salmon-roam-twice-as-far-281126

Cocaine pollution gives salmon wanderlust | Science | AAAS

https://www.science.org/content/article/cocaine-pollution-gives-salmon-wanderlust

人間がコカインを摂取すると体内で速やかに分解され、鎮痛薬としても用いられていたベンゾイルエクゴニンという代謝物が生成されます。やがて体外に排出されたベンゾイルエクゴニンや分解されなかったコカインは下水に混入しますが、下水処理場はこれらの化合物を完全に除去するようには設計されていないため、処理工程を通じて河川や湖、沿岸などに排出されます。

これは決して仮定の話ではなく、2024年にはブラジルのリオデジャネイロ沿岸で「筋肉や肝臓がコカインやベンゾイルエクゴニンに汚染されたサメ」が発見され、すでに自然環境や野生動物の汚染が進行しています。

コカインは世界中の水生環境で最も多く検出される違法薬物の一種であり、世界的な分析によると地表水の平均濃度はコカインが1リットルあたり約105ナノグラム、ベンゾイルエクゴニンが1リットルあたり約257ナノグラムだとのこと。これらの濃度は高いとはいえないものの、多くの動物に共通する脳を標的に作用するため、少量でも野生動物にさまざまな影響を与える可能性があるそうです。



今回、オーストラリアスウェーデンなどの研究チームは、養殖場で飼育されていた2歳のアトランティックサーモンを用いた実験を行いました。実験ではサーモンを35匹ずつのグループ3つに分けて、それぞれに「汚染された水中と同レベルのコカインを徐々に放出するインプラント」「ベンゾイルエクゴニンを徐々に放出するインプラント」「化学物質を含まない対照インプラント」のいずれかを埋め込みました。

研究チームはすべてのサーモンにタグを付けて位置を追跡可能にした上で、スウェーデンで2番目に大きな湖であるヴェッテルン湖に放流。約8週間にわたり、サーモンがどのように移動したのかを分析しました。一般に、ふ化場で飼育されていたサーモンは、野生環境に放流されるとより活発に探索行動を行う傾向があり、新しい環境に慣れるにつれて徐々に行動範囲は狭まっていくとのこと。

実験の結果、コカインやベンゾイルエクゴニンに汚染されているサーモンは、対照群と比較して長い距離を泳ぐ傾向が明らかになりました。その傾向はコカインよりも代謝物であるベンゾイルエクゴニンの方が顕著で、対照群と比較してベンゾイルエクゴニンに汚染されたサーモンは、1週間あたり最大1.9倍もの距離を泳いでいたと報告されています。

また、対照群のサーモンは実験開始から8週間後、放流地点から約20kmほどの水域に定着していました。一方、コカインに汚染されたサーモンはそれよりやや遠くに定着し、ベンゾイルエクゴニンに汚染されたサーモンは放流地点から32kmも離れた場所まで分散しました。

こうした野生動物の行動変化は、エサを探したり捕食者から逃れたりする方法や、動物同士の相互作用・繁殖・生存などあらゆる面に影響を与える場合があります。また、その変化は個体だけでなく集団全体に波及し、異なる種や生態系全体にも影響する可能性もあるとのことです。



by David Álvarez López

今回の研究で最も驚くべき発見のひとつに、「コカインよりもその代謝物であるベンゾイルエクゴニンの方が、サーモンの行動により大きな影響を与えた」という点が挙げられます。通常、環境リスク評価はコカインのように人間が体内に取り込む物質に焦点を当てており、ベンゾイルエクゴニンのような代謝物は見過ごされがちなため、従来のリスク評価は代謝物の影響を過小評価していた可能性があるとのこと。

研究チームの一員であるグリフィス大学のマルクス・ミケランジェリ氏らは、「私たちの研究はサーモンの行動に焦点を当てており、長期的な健康状態については調べていません。これらの変化が生存率や生殖能力に影響を与えるかどうかは、まだ検証されていないのです」「水生環境は医薬品から違法薬物まで、人間由来の化学物質の複雑な混合物によってますます汚染されています。これらの物質の多くは非常に低い濃度でも生物学的に活性があり、私たちはその影響を理解し始めたばかりです」と述べました。