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総務省が2026年3月24日に公表した「2020年基準 消費者物価指数 全国 2026年(令和8年)2月分」によると、生鮮食品を含む総合指数は前年同月比で1.3%上昇しました。一方で、2026年の春季労使交渉(春闘)の賃上げ率は3年連続で5%台を維持。私たちの暮らしは、どう変化していくのでしょうか。そこで今回は、東京大学名誉教授である経済学者・渡辺努さんの著書『インフレの時代-賃金・物価・金利のゆくえ』から一部を抜粋してお届けします。

【書影】物価高騰のなか、どうすれば賃上げできるのか?物価研究の第一人者が緊急提言。渡辺努『インフレの時代-賃金・物価・金利のゆくえ』

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安いニッポンに賃上げと値上げの自粛は必要ない

賃上げが選挙の争点に 

2024年秋の衆院選の争点は「政治とカネ」の一択と勝手に思い込んでいたが、経済問題も予想外に多く語られたように思う。特に興味深かったのは賃金だ。与野党問わずほとんどの政党が高い賃上げの実現を掲げていた。賃上げは2025年夏の参院選でも主要な争点となり、与野党双方から賃上げに向けた提案がなされた。 

これと対照的だったのが2022年夏の参院選だ。当時、インフレは既に始まっていて、物価高対策が争点だった。しかし議論はいかにして物価を抑えるかに集中し、賃上げが語られることはほとんどなかった。 

だが、日本の問題は物価が高すぎることではなく、賃金が低すぎることだ。時間は少々かかってしまったが、そこまで理解が進んだことは大きな前進だ。

当時は「高いニッポン」

賃金と物価が諸外国に比べて低すぎる現象は「安いニッポン」とよばれている。その原因は円安もあるが、根本的には、日本の賃金と物価が30年間にわたって据え置かれてきたことだ。海外はその間、右肩上がりだった。その結果、賃金と物価の内外格差は、毎年少しずつ、しかし着実に拡大した。 

なぜ私たちの社会は物価と賃金の据え置きを続けてきたのか。ターニングポイントは1990年代半ばで、その象徴が95年に発刊された日経連のレポートだ。メッセージはシンプルで、日本の賃金が高すぎる、このままでは中国企業と競争できない、人件費を抑えなければならない、というものだった。

バブル期に企業が大盤振る舞いをしたため、円建ての賃金は高かった。それに95年の超円高が拍車をかけ、ドル建てでみて世界トップクラスの賃金になった。つまり、当時は「高いニッポン」であり、それが日経連の時代認識だった。 

財界の言い分はわからないでもない。しかし労働組合としては到底、呑める話ではないはずだ。ところが連合は2000年代に入るとベアの統一要求見送りを決めた。連合にとっての最優先は雇用の確保だったからだ。 

賃上げ「自粛」と値上げの「自粛」

賃上げ見送りの背景に財界の要請があったのは確かだが、決して財界が強要したわけではない。政府が法律で押しつけたわけでもない。

あくまで連合自身が自発的に賃上げの見送りを決めた。つまり、賃上げ要求の「自粛」だ。


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一方、賃上げなしでモノの値段だけ上がったのでは生活が破綻してしまう。生活者は安値を追い求め、値上げされた商品には手を出さないという「不買運動」を繰り広げ、企業を値上げ「自粛」へと追い込んだ。

こうして、他国では例のない、賃上げと値上げの「自粛」が始まった。

ダラダラ続いた「自粛」 

高いニッポンだった30年前は2つの「自粛」に合理性があった。しかし今は安いニッポンだ。自粛を続ける理由はどこにもない。 

私たちの社会はどうやら自粛をダラダラ続けるというミスを犯したようだ。自粛を解くタイミングがなかったわけではない。例えば、第2次安倍政権が春闘に介入し官製春闘と揶揄されたあのとき、連合が高い賃上げ要求に踏み切っていれば自粛を解けたかもしれない。

もしかすると、自粛というものはいったん始めてしまうと、止めるのが難しいものなのかもしれない。コロナ禍の外出抑制やマスク着用などの「自粛」もそうだった。パンデミック後の経済再開で日本は米欧に後れをとったが、その理由は自粛をいつまでも解かなかったからだ。結局、政府が感染症法上の分類を5類に変更するまでダラダラと自粛が続いた。

賃上げと値上げの自粛には、「5類移行」のようなうまい措置は残念ながらないので、一気に自粛を解く手立てを政府はもっていない。しかし2023年春以降の春闘の成功で自粛は解けつつある。26年春も再度の高い賃上げが実現し、自粛解除の流れが加速することを期待したい。

※本稿は、『インフレの時代-賃金・物価・金利のゆくえ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。