「初代お姉さん」白石まるみが語る「ニャンちゅう」ALSに罹患した津久井教生との秘話
1992年スタートの「ニャンちゅう」
NHK・Eテレの番組から1992年4月に誕生し、子どもたちを中心に多くの人に愛されてきたキャラクター・ニャンちゅう。その声を30年以上つとめ、「ちびまる子ちゃん」など多くのアニメや舞台で活躍してきたのが、津久井教生さんだ。
2019年にALSの告知を受け、しばらくは奇跡的に声が出るといわれながらニャンちゅうほか、多くの仕事を続けてきた。2022年ニャンちゅう30周年を迎えたのち、2022年の10月に、同じ事務所の羽多野渉さんにニャンちゅうの声をバトンタッチすることを公表。その2ヵ月後に気管切開し、現在は声が出ないながら、視線入力とAI生成の「津久井さんの声」で発信を続けている。
そして、津久井さんが2020年から「FRaUweb」にて続けた連載をベースに、視線入力での書き下ろし原稿を加えた著書『ALSと笑顔で生きる 声を失った声優の「工夫ファクトリー」』が4月27日に発売となる。
「ALSになるとはどういうことなのか」「介護される人の本音は」「気管切開や胃ろうをした人の感想」といったことは、なかなか当事者の生の声を聞くことができない。本書はそういう生の声に加え、声優養成所で長く教えてきた津久井さんが「声の出し方」のノウハウも詰め込んだ、実用エッセイでもあるのだ。
「ニャンちゅうのお姉さん&お兄さん」は超豪華
津久井さんは本書の中でたびたびつづっているのが、ニャンちゅうをはじめとした仕事仲間の方々との温かい交流だ。その歴代の顔ぶれをみても、とても豪華なメンバーがそろっているのだ。『ALSと笑顔で生きる。 声を失った声優の「工夫ファクトリー」』で全員を紹介している個所からご紹介しよう。
“2022年に30周年スペシャルの収録があったときには、初代お姉さんの白石まるみさん、二代目お姉さんの古村比呂さん、三代目お姉さんの石川ひとみさん、四代目お姉さんの笹峯愛さん、五代目お姉さんの伊藤かずえさん、六代目お姉さんの清水ゆみさん、七代目お姉さんの菊地美香さん、八代目お姉さんの鴻上久美子さん、九代目お姉さんの柊瑠美さん、十代目お姉さんの河西里音さん、十一代目お姉さんの横田美紀さん、十二代目お姉さんの鎮西寿々歌さんまで総勢12人が勢ぞろいしてくださいました。(中略)
2023年四月からは十三代目お姉さんの舞良さんと元気いっぱいのニャンちゅうたちとの放送が始まりました。そして十四代目お姉さんの日向未来さんとも楽しくおしゃべりを続け、仲間のベラボラたちと大きな声で楽しそうに笑っていました。二〇二五年四月からは、十五代目として初のお兄さんとなった川野快晴さんが引き継ぎました。”(『ALSと笑顔で生きる』より)
ニャンちゅうのみならず、これまで仕事をした多くの方々から、津久井さんへの温かい声も届いている。これまでに古村比呂さん、石川ひとみさん、「スクライド」の谷口悟朗監督のコメントをご紹介した。今回は初代のニャンちゅうのお姉さん、白石まるみさんからのメッセージをお伝えする。
津久井さんは白石まるみさんについて、担当編集に次のように思い出を語っていた。
「白石まるみさんは初代お姉さんとしてニャンちゅうの礎を一緒に作ってくれた大切な仲間であり、ニャンちゅうのお姉さんなのです。まだニャンちゅうのキャラクターが定まっていない最初の頃、何度もリハーサルに快く付き合ってくれました。そしてまるみお姉さんに頼ってしまえばいいんだというニャンちゅうの礎を受け止めてくれた人なのです。いまだに多くの皆さんがニャンちゅうのモノマネをする時にダミ声で『まるみおねいすぅわぁ〜ん』とやっていただけるのは、この時期にニャンちゅうのインパクトある喋り方が作られた証拠です。何度このセリフを言ったことでしょう。こういうことも含めて全部『まるみお姉さん』のおかげだと思っています」
そんな「まるみお姉さん」、津久井さんとは仕事以外のつながりも!
白石まるみさんから津久井教生さんへのメッセージ
教生さん、ご出版おめでとうございます!!
初代ニャンちゅうのお姉さんを務めさせていただきました白石まるみです。
教生さんと私の出会いは1992年4月にスタートした番組「母と子のテレビタイム土曜版」でした。人気子供番組のダイジェスト版を繋ぐMCとしてニャンちゅうと私が起用されました。
当時の私は初めて娘を産んだ半年後でしたので、ニャンちゅうのお母さんというイメージで抜擢されたのですが……実際、関係スタッフが私に会ってみると「お母さんと言うより、お姉さんにしか見えない」と言われ、結局は私はまるみお姉さんとしてNHKEテレの子供番組にニャンちゅうと共にコンビを組んでデビューすることになりました。
人形のデザインを見て私は一目惚れ。自分の産んだ子供のようにニャンちゅうが可愛くて愛おしくて仕方がありませんでした。人形が決まると、今度は声優さんや、人形師さんが人形に命を吹き込んでくれるわけですが、プロってすごいなぁって感動したことをよーく覚えています。
ニャンちゅうはすべてが同時収録
普通声優さんは出来上がったものに後から声を入れるものだと思ってましたが、この番組では全てが同時収録。
なので、私が喋るのに合わせて教生さんは同時にニャンちゅうの声を発するのですが、それに合わせて2人の人形師さんがニャンちゅうの体を動かす……。まるで生きている動物のように感じるのは、みんなの息遣いが一つにまとまって人形が動くからでしょうね。たまに私がアドリブを言うと、これまた教生さんが負けずにアドリブを返してくれる。それに人形師さんがついてくる。本当に良いチームワークでした。
普段から、みんな仲が良くて、一緒に飲みに行ったり、私が現場に子どもを連れていくと、みんなが娘の面倒見てくれたり、楽しい現場でした。そんな時のリーダーは常に教生さんだったと思います。
常に若々しくイキイキしていて、彼は優しい人なんです。
ジョークも面白いし、普通の人には見えないものが「見える」人でもあります。「昨日、うちのマンションに貧乏神が来て……」とか、「地震の前には黄色い蝶々がたくさん飛ぶんだよ」とか。私はそれ系の話が好きなので、めっちゃ興味津々。よく2人でUFOの話などもして盛り上がりました。
教生さんは私より一つお兄ちゃんですが、息子さんは私の娘と同い年。なので、相談して2人の子供をリハーサル室に連れていき、ニャンちゅうと記念撮影させたりもしました。当時、ニャンちゅうと同じくらいの大きさだった子たちももう30半ば。時の経つのは早いものです。
教生さんの息子さんと娘が偶然会って…
実は恥ずかしながら、私は教生さんがこの大変な病になったことを2022年の春まで知りませんでした。この期間、テレビと新聞断ちをして自分のやりたいことを一生懸命勉強していたからなんですけど。当時のスタッフから病気のことを初めて聞いた時、あまりに驚き絶句しました。あんなに人一倍元気に動き回っていた人が……と思うと、ショックで信じられなくて、なんと声をかけていいやら悩みました。
そして病気のことを知ると同時に不思議な出来事も起きまして……。久しぶりに教生さんに連絡したのは2022年の4月8日でした。なんと、うちの娘の婿殿が店長をやってるイタリアンレストランに偶然、教生さんの息子さんがいらして……話しているうちに「え?」となり、教生さんの息子さんとうちの娘との30年ぶりの2ショット写真を彼に送ったからなんです。番組が終わると会うこともなくなっていましたが、やっぱり私たちはこうやってどこかで繋がっているのかなと温かい気持ちになりました。
今でも教生さんは相変わらず明るくて……この人は常にどんな時でも、みんなのリーダーであることを忘れず常に前向き。人に勇気や元気を与え続けてくれる凄い人。名前同様、人の前に立ち「私たちに生き様を教える使命」を持った人なんだ!と益々尊敬しております。
そんな教生さんとお友達になることができた私は、とても幸せだなと感じました。
いつも笑顔と優しさをありがとう。
本ができたらしっかり読ませていただきます!
まるみお姉さんより。
