【武論尊氏が語る『北斗の拳』誕生秘話】第1話は巻頭ブチ抜きの46ページ、そして第2話で早くも試練「23ページをわずか2日ほどで作り直した」「意地の張り合いだよな」
『北斗の拳』(集英社)や『サンクチュアリ』(小学館)をはじめ、数々のヒット漫画で原作者を務めた武論尊氏(78)が新著『悪と嘘を描く 武論尊の漫画原作私論』(小学館新書)を上梓した。半世紀にわたって100作品超の漫画原作を手がけ、いまなお現役原作者として活動する武論尊氏に歴史的名作の誕生秘話を聞いた。【第2回】
"繰り上げ当選"で起用された『北斗の拳』の原作者
1983年に『少年ジャンプ』誌上で連載が始まった『北斗の拳』(作画:原哲夫)。誕生から40年以上が経過したいまなお新作アニメが公開されるなど、漫画史に残る名作との評価が定着している。原作者・武論尊の名を一躍有名にした『北斗の拳』だが、その誕生過程には「重大な分水嶺」があった。
「濃密な絵を描く原先生は、作画に時間がかかるため、原作者を立てる必要があった。では誰にするか。当時、候補が何人かいて、俺は3番手か、それより下だった。本命の候補者による原作でネームも作られたが、編集担当の堀江信彦さん(現・コアミックス代表取締役)が仕上がりのイメージに納得しなかった。他の候補もボツとなり、ラッキーなことに俺が"繰り上げ当選"したわけだ」
武論尊氏は原作を引き受ける条件として、編集者の堀江氏にこう言った。
「主人公の肉体から生み出される拳法を最大限に活かすためには、近代的な武器のない時代設定にする必要がある。かといって古い時代に遡るのも難しいから、たとえば核戦争で文明が滅びた後の近未来とか……最初の枠から自由にやらせてもらえるなら、引き受けますよ」
武論尊氏は、原氏が当時話題になっていた映画『マッドマックス2』(1981年公開)の世界観をこよなく愛好していることを知った。無慈悲な荒野を旅する主人公、ケンシロウ──。この時、武論尊氏の頭のなかではっきりとイメージが固まってきた。
「この作品が成功した最大の要因のひとつは建物の土台にあたる舞台設定がうまくいったことにある。俺の提案を飲んでくれた堀江さんの度量と原先生の熱量が名作を生み出したと思っています」
第2話で早くもが訪れた試練
『北斗の拳』の第1話は巻頭ブチ抜きの46ページ。大反響のスタートとなったが、第2話で早くも試練が訪れる。
「ネームが完成し、作画も始まっていた原稿がすべて描き直し。21ページをわずか2日ほどで作り直したのだから、いまではありえない話だよね」
原因は堀江氏の「ダメ出し」だった。
「当初のシナリオでは、わずかなタネもみを村に持ち帰ろうとした老人が、いとも簡単にモヒカン軍団に殺されてしまっていた。堀江さんは、それに納得しなかった。老人の思い、ケンシロウの思いが伝わってこないというわけだ。俺は痛いところを突かれたと思い、描き直しに応じた。意地の張り合いだよな……まあ、それなら早く言ってくれとは思ったけど(笑)」
結果、ケンシロウの名セリフが生まれる。
〈今日より明日……久しぶりに人間にあった気がする…〉
編集、原作、作画による妥協なき共同作業の結果、『北斗の拳』は数年間にわたり不動の「読者アンケート1位」を快走する。
「ストーリーのほとんどは後付け。ラオウやジャギといったケンシロウの兄たちも、すべて後から考えたキャラクターだった。それでも作品が支持されたのは、単なるアクション漫画にとどまらず、人間の愛と哀しみをメインのテーマに据えたからじゃないかな」
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取材・文/欠端大林(ライター)
※週刊ポスト2026年4月17・24日号
