取材に答える中西圭三(筆者撮影)

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1990年代初頭、バブルの喧噪(けんそう)の中で大ヒットした「Woman」や楽曲提供した「Choo Choo TRAIN」などでも知られる中西圭三(61)は今年デビュー35周年。

そのキャリアの中で一大転機となったのが20年前にNHK「おかあさんといっしょ」の中で発表した「ぼよよん行進曲」だ。

子どもたちを元気づける曲はいまや世代を超えて国民的応援歌に。その背景に迫った。(山本智行 内外タイムス)

ハイトーンボイスで「Woman」大ヒット


果たして同一人物なの!?

そのギャップに別人かと思った人も多いのではないだろうか。

バブル末期、圧倒的な歌唱力と独特のハイトーンボイスで「Woman」をヒットさせた中西。この時代を知る人は「銀座ジュエリーマキ」というCMを同時に思い浮かべる人も多いだろう。

一方でメロディーメーカーとしても真価を発揮。ZOOに提供した「Choo Choo TRAIN」は後にEXILEへ受け継がれ、ダンスミュージックの代表曲になった。

「Choo Choo TRAINは手ぶらでスキーというJRのCMとのタイアップ曲。Womanもしかり。あのころはドラマやCMとタイアップし、ヒット曲が生まれる時代でした」

私生活でも注目を集め、1998年に女優の高樹沙耶と結婚し、その後離婚。表舞台から遠ざかる時期もあった。しかし、ここで「自分に何ができるか」見つめ直したことが、いまの路線につながる。NHK「おかあさんといっしょ」の中で体操の曲を依頼され、そこでひらめいたのが足の下にバネがついているという設定の「ぼよよん行進曲」だ。

♪どんな たいへんなことが おきたって

子どもたちを励まそうとの思いで2006年4月3日に初放映されたこの曲は、やがて東日本大震災や熊本地震、コロナ禍などを経て「大人も泣ける応援歌」として親しまれるように。当初はかつての都会的なメロディーとあまりにもかけ離れており、同一人物なのかと驚く声も多かったが、これこそが中西の真骨頂であり、ある意味で必然でもあった。

東京ディズニーランドでのアルバイトも根底に

中西によると音楽の方向性が定まったのは1980年11月11日。自身の16歳の誕生日に倉敷市民会館でオフコースの洗礼を浴びたことだという。

ただ、幼いころに水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」に励まされ、日大時代に東京ディズニーランドでアルバイトをし、家族の笑顔に日々触れていた体験が曲作りのベースになった。

その後は音楽活動のみならず児童虐待防止を掲げる「オレンジリボン運動」に参画。中学時代の恩師からの依頼を受け、テーマ曲「Here I am」を作り、啓発に努めた。

伊丹の少年少女合唱団と共演

その姿勢はいまなお変わることはなく、この4日には兵庫県伊丹市で開催された音楽家の加藤完二プロデュースによる「ジュニア・コーラス・フェスティバル」にゲスト出演。Choo Choo TRAINやぼよよん行進曲を地元の少年少女合唱団と一緒に歌い、踊った。その姿は微笑ましく、まるで歌の伝道師のように映った。

さらにコーラスグループ「human note」を率い、三陸や能登の復興支援で協同している寺尾仁志とパラスポーツ支援曲「beginning」などを熱唱。初の試みを企画した加藤は「プロの方を間近に見て、子どもたちの目の輝きが違った。今後もみなさまの力を借りて継続できれば」と収穫を口にした。

兵庫県伊丹市で開催されたイベントで熱唱する中西圭三(筆者撮影)

「杖のような存在になれれば」

そんな中西は今年でデビュー35周年。近年は「We know 愛農」「黄金色の風」など自然や農業への敬意、日本の原風景に思いをはせる曲に力を入れている。

その一方で「最後の雨」で知られる中西保志とジョイント。「W中西」として親しまれ、男性デュオ狩人の「あずさ2号」を歌唱したり、同郷岡山の荒牧陽子とのデュエット曲「情熱の記憶」を配信リリース。10日にはビルボードライブ大阪、16日にはビルボードライブ横浜でライブを行う。

「いただいた縁をたぐるように、ここまで来ました。これからも人の心に寄り添い、杖のような存在になれれば」

中西は歌手として、1人の人間としてどんどん円熟味を増している。