(※写真はイメージです/PIXTA)

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Aさん(60歳・女性)が猛反対したものの、定年退職した夫は退職金2,200万円のうち1,500万円を店舗改装や設備につぎ込み、本格スパイスカレー店を開業しました。夫は「俺のこだわりの味なら絶対いける」と聞く耳を持ちませんでしたが、立地の悪さもあり客足は伸びず、毎月赤字が続いています。腰を痛めた夫に代わって立ち仕事を手伝うなか、生活費や赤字の補填で老後資金は減り続け、Aさんは不安を募らせています。

大企業を定年退職した夫が「退職金1,500万円」をカレー屋に溶かすまで

「あのとき、意地でも止めておけばと今でも後悔しています」

そう語るのは、Aさん(60歳・女性)です。大企業を定年退職した同い年の夫が、退職金2,200万円を手にしたことで「長年の趣味だった本格スパイスカレーのお店を開きたい」といい出しました。

Aさんは、老後の生活資金への不安から猛反対しました。しかし、Aさんの夫は「長年接待で美味しいものを食べて舌は肥えている。俺のこだわりの味なら絶対にいける」と、聞く耳を持ちませんでした。

結局、止めることはできず、退職金2,200万円のうち、1,500万円を店舗の取得と改装、厨房設備につぎ込みました。残りの老後資金は夫婦の貯金1,000万円と、手元に残した退職金700万円のみです。

「夫は隠れ家的な雰囲気にしたいと、駅から離れた住宅街の古い物件を選びました。でも、それが大失敗だったんです」

そしてすべての準備が整い、ついに念願のスパイスカレー屋を開業。オープン当初こそ元部下や同僚がお祝いに来てくれました。

しかし、3ヵ月も経つと、お客さんが1日に数人しか来ない日が当たり前になっていました。家賃や光熱費、材料費などがかさみ、お店は毎月赤字続きです。

「夫は立地が悪いだけで味は間違いないと強がっています。でも、ビジネスとしての見通しが甘すぎたんです」

足りない生活費や経費は、手元の貯金から補填する日々が始まりました。さらに、シニアの体にとって飲食店の仕事は想像以上に過酷でした。朝早くから何種類ものスパイスを仕込み、1日中立ちっぱなしの作業。

そしてついには、夫は開業から半年で腰痛を発症してしまいます。

赤字垂れ流しでも諦めない夫、老後破産へのカウントダウン

「結局、私がお店のホールや仕込みを手伝う羽目になりました。お客さんが来ない店でひたすら時間が過ぎるのを待つのは、正直苦痛です」

毎月減っていく通帳の残高を見るたび、Aさんは不安に襲われます。すでに手元の老後資金は500万円を切り、このままでは老後破産の危機です。

「もう店を畳んで、少しでもお金が残っているうちに生活を立て直そうと何度も説得しています。それでも夫は、なかなか諦めてくれません」

大企業の看板がなくなったただのシニアだという現実を、夫はまだ受け入れられないのだとAさんは語ります。

「老後は夫婦で海外旅行したいねと話していたのに、今ではお金のことで喧嘩ばかりです。退職金が入ったあの日に時間を戻したい……」

シニア世代の起業が増加も、退職金の使い方には要注意

帝国データバンクが実施した「2024年『新設法人』動向調査」によれば、2024年に全国で新設された法人は15万3789社にのぼり、過去最多を更新しています。

注目すべきは起業時点での代表者年齢の高齢化で、起業者の平均年齢は48.4歳と2000年以降で最高齢となりました。なかでも60歳以上の割合は18.6%を占めて過去最高となっており、定年退職後のセカンドライフとしてスモールビジネスを志すシニア世代の起業が増加していることがわかります。

Aさんの夫のように、長年の夢や趣味の延長で起業を選択する人は少なくありません。しかし、退職金というまとまった老後資金を無計画につぎ込むことには大きな危険が伴います。

オカネコの「退職金に関する調査」では、退職金を受け取った、または受け取る予定の人のうち53.3%が退職金の使い道に不安や疑問を感じていると回答しました。同調査で退職金の使い道に関する失敗談を尋ねると、「専門家に相談せず、一人で判断してしまった」という回答が17.3%に上っています。また、成功談のトップは「退職金を受け取る前から投資を始めた(23.9%)」という計画的な行動でした。

会社員時代の実績や個人のこだわりが、必ずしも経営者としての成功を約束するわけではありません。大切な老後資金を事業に投じる際は、専門家の客観的な意見を取り入れ、最悪の事態を想定した資金計画を立てることが不可欠です。

[参考資料]

株式会社帝国データバンク「2024年『新設法人』動向調査」

株式会社400F「オカネコ 退職金に関する調査」