余命半年と言われた72歳の会社経営者が「3歳年上で高卒だから」と捨てた女性の驚きの40年後
「死期が見えたとき、長年の“気がかり”を埋めるように、お金を使う人が多いと感じます」こう語るのは、キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さん。彼女は、メンタル心理アドバイザー、夫婦カウンセラーの資格を持つ。
山村さん連載「探偵はカウンセラー」は、山村さんが心のケアをどのようにしていったのかも含め、さまざまな事例から、多くの人が抱える困難や悩みをあぶりだしていく。個人が特定されないように配慮をしながら、家族、そして個人の心のあり方が、多くの人のヒントとなる事例を紹介していく。
今回山村さんのもとに相談にきたのは73歳の会社経営者・健三さん(仮名)と39歳の会社員の娘だ。余命半年と言われた健三さんは「46年前に出会い、5年間付き合った女性を探してほしい」という。
その女性は3歳年上で高卒ながら、明るくとても魅力的な女性だったという。しかし実家の会社を継ぐ予定だった健三さんには当時「年上の高卒女性と結婚する」という選択肢は一切なかったというのだ。
余命半年と言われ…
大腸がんで抗がん剤治療中の健三さんは、余命半年と知り、一人娘に「付き合っていた女性の消息が知りたい」と打ち明けます。ただ、人探しはストーカーやDV加害者の依頼もあるために、まずは調査を受けるかどうか、本人から話を伺い慎重に審査しました。
連絡があってから1週間後、娘に伴われてやってきた健三さんは、「46年前に出会い、約5年間付き合った女性を探してほしい。死ぬ前に謝罪したい」という。健三さんに、なぜ生きていれば76歳になる女性を探したいのかを聞くと、当時32歳の健三さんは35歳の彼女へ行った数々の仕打ちを告白。
健三さんと彼女は、27歳と30歳の時に出会い付き合うことに。しかし、当時、商社に勤務しつつ、いずれ親の会社を継ぐことが決まっている健三さんに、3歳年上で高卒の彼女と結婚する意志はありませんでした。また、当時の健三さんはお金の不安からギャンブルにもハマっていた。大手メーカーで事務職をしていた彼女に、お金を借りて踏み倒し、家事をさせ、挙句にお金も出さずに子供を堕させ、行方をくらましたのです。1980年当時は携帯もSNSもない時代。職を変えて住む場所を引き払えば縁を切れたのです。
その後、健三さんは親が勧めた女性と結婚し、娘を授かりますが、早々に夫婦関係は破綻し、10年目に離婚。継いだ会社を立て直して成長させたものの、トラブルに見舞われるたびに、彼女を思い出し、自分がした非人道な行為を反省していたのだそうです。
万が一彼女が見つかっても、彼女がNOといったら連絡先を伝えられない可能性があること、それでも調査費はかなりかかる可能性もあるし、お金をいただくことを伝えました。「とにかく謝りたい。困っているなら助けたい。お金はいくらかかっても構わない」と言い、ストーカーではないと判断、依頼を引き受けたのです。
40年前に別れた人探し
人探しの場合、まずは健三さんにどんなに小さくても詳細に情報を聞くところから始まります。40年前の人探しですから、依頼者が持っている断片的な情報をすべて洗い出します。健三さんは体調がいい日に娘と過去の日記やメモを調べ、女性につながるものを持ってきてくれました。
「当時のアドレス帳に、彼女と友達の連絡先があり、ふせんをつけました。あとは、2人で撮影した写真です。最終学歴は県立高校、ある流派の華道教室に通っていました」
アドレス帳には、渋谷区の住所にアパート名が書かれていました。写真はカラーの絹目加工で、若い健三さんと女性のツーショットばかり。鎌倉、鴨川、京都、グアムなどバリエーションに富んでおり、5年交際した時間の重さが伝わってきます。女性は目元が涼しく理知的なタイプで、とても優しそう。30歳ごろの健三さんはいかにもわがままなおぼっちゃまという表情です。娘は「この写真、初めて見た。お父さんすごく楽しそう」と驚いています。
健三さんには、「聞き込み調査になった場合、聞き込みする皆さんにも健三さんが探しているとお伝えしてもいいですか?」と確認したところ、「ぜひお願いします」とお返事をいただきました。
住んでいたアパートは再開発で…
アパートから女性の足跡を辿るのが難しそうなので、健三さんに「彼女の実家に行ったことはないでしょうか」と聞くと、「あります。埼玉県のどこかの、クリーニング屋さんでした。小さくて古い店と工場で、規模が大きいウチとは違うと思ったことは覚えていますが、会社名は忘れてしまって」と言う。どの駅を使用し、どのルートで行ったかなど、できるだけ詳しく思い出していただき、さらに家族構成まで伺って調査に入りました。
抗がん剤治療中の健三さんが、次のクールに入るまで10日ほどしかありません。その間にできるだけ調査を進めるべく、私はアパートや友人への聞き込み、独自データベースから追跡を行うことに。ペアの探偵は実家の特定のために動きました。
まず女性が住んでいたアパートに行きます。そこは再開発でマンションになっており、近所の人に地主さんの話を聞くと「亡くなりました」とのこと。アドレス帳にあった友人の住所に4軒行きましたが、明らかに別の人が住んでいる。独自のデータベースの追跡は空振りでした。他にも聞き込みなどをしましたが、3日間、フルに使っても手掛かりはありません。
実家の場所を特定して尋ねると
一方、ペアの探偵は、1日目に市役所で年代別の住宅地図をリサーチ。2日目に女性の実家の場所を特定し、その場所に行きました。クリーニング店があった場所には、建売住宅が6軒あったそうです。女性と同じ苗字の表札の家があり、そこから出てきた40代の男性に声をかけ、概要を説明し、女性の名前を言うと「ウチにそんな名前の人はいない」と一蹴されてしまいます。
そこで、翌日、私が菓子折りを持参して説明に行くと、意図をわかっていただき、「昨日は失礼しました。子供も一緒だったし警戒してしまって。その名前は、私の母の姉、つまり伯母です」との返事。ただ、今日から友人と韓国旅行に行っており、帰国は2日後とのこと。甥は「伯母は普通のおばあちゃんですが、ドラマティックですね」と話していました。
いよいよ女性の今住むマンションに
帰国予定日に、甥から「叔母が帰ってきました」と連絡があり、翌日にご自宅に伺いました。女性の家は駅前の大きなマンションで、私たちに「会ってもいい」と言ってくださり、ロビーの応接ソファで待ち合わせをすることに。すると、真っ赤なセーターを着た、おしゃれな白髪の女性がやってきました。写真と雰囲気が変わらず、すぐにその人だとわかりました。
「まさか健ちゃんが私を探しているなんて。え? がんになっちゃったの? 若い頃やんちゃしたから、反省しなさいってことよ」と笑っていました。依頼の背景についてざっと話すと、「へえ、でも、昔のことは忘れちゃった」と答えます。
私が「健三さんが謝りたいと言っている」と伝えると、「謝罪じゃなくて、おしゃべりするならいいわよ」と快諾いただきました。そして「ただ、ウチはパパさんがヤキモチ焼きだから、2人はダメよ。娘さんとあなたも来てね」とおっしゃいます。夫のことを「パパさん」と言うことをみても、パートナーとの距離の近さを感じます。
「あの時は本当にごめんなさい」
その2日後、健三さんと娘、女性、私の4人で、女性が指定した喫茶店の個室でお会いしました。健三さんはスーツにネクタイを締め、抗がん剤の副作用で足が痛いはずなのに革靴を履いています。女性もピンクのワンピースに白いカーディガンを着て、メイクもしており、前回お会いしたよりもさらに若々しく、とても素敵です。
健三さんは女性の名前を呼び、「ずっとお会いしたかった。あの時は本当にごめんなさい」と泣いている。女性は健三さんの手を取り「もういいのよ。もう、健ちゃんは、そうやってうじうじ悩んでいるから、がんになっちゃうのよ」と涙を流している。健三さんの薄くなった肩を包むようにハグしており、気づけば、娘も私も泣いていました。
女性は健三さんと別れた後、38歳の時に、会社の先輩の夫と結婚。40歳の手前で娘を出産し、孫が2人いることを話してくれました。夫は81歳ですが、とても元気で、ゴルフやテニスで忙しいそうです。女性は「別れた後の方が幸せすぎて、健ちゃんのこと、ちっとも思い出さなかったよ」と言い、健三さんは「本当に僕はバカでした」と恐縮していました。
「別れた後の方が幸せ」だった理由
1時間程度で面会は終わり、女性は「これから孫が来るのよ。健ちゃん、病気に負けないでね」と言い、帰ってきました。娘は「すごい女性ですね。父が病気に勝つ気力をもらったような気がします」と泣き笑いしていました。
ちなみに、「年上女房」という言葉はあるけれど「年上亭主」という言葉はありません。それだけ「年上の妻」という存在が少なかったからこそできた言葉と言えます。しかし厚生労働省の人口動態調査で「全婚姻−初婚別にみた年次別夫妻の平均婚姻年齢及び夫妻の年齢差」を見てみると、既婚者も初婚者も年齢差はどんどん縮まっており、2024年の平均婚姻年齢差は既婚者で1.9歳、初婚者で1.4歳です。つまり妻が年上だとしても「珍しい!年上だ」などと状況ではないのです。むしろ、20代の男性は年上の女性との結婚が増えているという調査もあるようです。
健三さんだって、自立していて明るく、しっかりした女性と暮らしていたからこそ、その後お見合い結婚した相手にダメ出しばかりしてしまったのではないでしょうか。それくらい魅力的な人だったということではないのでしょうか。「年齢」「学歴」などの条件だけでフィルターにかけると見えなくなってくることがあるんだなと改めて感じます。
また、この面談の様子を見ても、女性が「別れた後の方が幸せ」だった理由は、健三さんへの憎しみに時間を取っていなかったからではないかと感じました。健三さんが借りたお金を返さなかったり、何も言わずに出ていったことは最低なことです。金銭の額がさらに大きい場合は犯罪となったかもしれません。しかし、健三さんを恨み、捜し出し、復讐するために時間を使うのではなく、さっさと忘れて別の人生を生きることを選択した。だからこそ、周りが思わず元気になるような健やかさを保ち、今のパートナーにも出会った。そういう素敵な人だからこそ、パートナーとも長く楽しく生きられているのではないでしょうか。
その後、健三さんの経過は良好で、医師が驚くほど前向きになって治療に取り組んでいるそうです。気がかりなことがなくなれば、可能性と未来はさらに広がる。健三さんが健やかに生ききることを心から祈ります。
調査料金は40万円(経費別)です。
