高市首相は9日の衆院予算委で、'26年度予算の年度内成立を強調。野党が求める暫定予算案には応じない方針を示すなど、強気の構えを崩さない高市首相の姿が印象的だ 写真/産経新聞社

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―[言論ストロングスタイル]―

高市早苗首相は2026年度予算の年度内成立を目標に掲げるが、1月の解散により審議開始は例年より約1か月遅れた。野党は暫定予算で“つなぐ”姿勢を示す一方、首相は協力を拒んでいる――。憲政史研究家の倉山満氏は本稿で、高市首相に「残された二つの選択肢」を示す(以下、倉山満氏による寄稿)。
◆危ぶまれる予算の年度内成立

 予算の年度内成立が危ぶまれている。予算が年度内成立をしなければ、どうなるか。幸せになれる日本国民は一人もいない。

 では誰が悪いのか。これは高市早苗首相、ただ一人の責任に尽きる。たった一つを除いて、高市首相を免罪する理由は無い。

 高市首相は1月に、実に身勝手な解散を断行した。こんな時期に解散すると予算が年度内に成立しないのは、政治の常識である。通常国会が開会し、予算が成立するまでの1〜3月は、政局を仕掛けてはならない時期とされる。実際、国民生活を考え、解散を考えていないと繰り返した。それにもかかわらず、解散。こんな時期に解散した時点で、高市首相に正当性は無い。

◆すべての責任は他の誰にもなく首相にある

 首相の本音は、支持率が高く勝てる時に解散したかったのだろうが、そんなに勢いのあるときに解散したいのなら、去年の内にやっておけばよかった。せめて1月3日までに解散しておけとの指摘もある。

 これ、もし負けていれば、何を言われても仕方のない解散だった。幹事長にも相談しない、首相の独走だったと伝わる。だから、すべての責任は他の誰にもなく首相にある。敗北したら責任は首相一人に。同時に、勝利したら栄誉は、首相一人に。

 結果は、自民党だけで三分の二を超す大勝利となった。高市首相は選挙後も「国民生活を考え、予算の年度内の成立を」と訴える。

◆高市首相に残された二つの選択肢

 ここで高市首相には二つの選択肢がある。

 一つのやり方は開き直る。財務省には、暫定予算を準備させておく。徹底的に強行採決をする。その代わり、悪名はすべてかぶる。文句があるなら、次の選挙で落としてみろと。どうせ、予算が年度内に成立しなくても、困るのもまた暫定予算を組まされる財務省だけ。予算は衆議院で決まるので、暫定予算を組む期間は一週間も無い。選挙に勝った総理のやることに文句をつけるのか、と開き直る。

 事実、これに近い強引な国会運営を行っている。首相は自分で衆議院を解散して審議時間を奪っておきながら、「年度内に予算を成立させろ。審議時間を短縮させろ。さもなければ国民が困るのだから。ただし自分は国会答弁をしたくない」と野党に迫る。

 これでは首相が予算を人質に取って、国会で日程闘争をしているようなものだ。

◆たった一つの免罪理由

 こんなやり方で、もし予算が年度内成立しなければ、ただ一点を除いて高市首相ただ一人の責任だ。ではその一点とは?

 選挙に勝利したことである。

 そもそも、選挙とは内戦の代替品である。たとえば、関ケ原で負けた石田三成に如何に正義があろうと、何の意味もない。合戦の勝利が権力の帰趨(きすう)を決めるように、選挙の勝利は勝った者に正当性を与える。民主政治の決着は選挙による。高市首相の唯一の正当性は、選挙に勝利したことに尽きるし、この一点で、あらゆる瑕疵(かし)を凌駕する。

◆勝ったら何をやっても良いのか

 ただし、ここでパラドクスがある。勝ったから正しい。では勝ったら何をやっても良いのか。

 そもそも議会とは、国民の税金の使い道、予算を話し合う場である。議会政治とは、最終的には多数決でなければならず、少数派の横暴を許してはならない。ただし、その多数は永遠であってはならない。必ず再挑戦の機会、次の選挙までの任期が無ければならない。その間、少数派にも言論の自由が与えられなければならない。多数派の政府与党が間違った時、それを指摘する権利が無ければならない。すなわち、次の選挙に向けて有権者を説得する機会が与えられねばならない。だからこそ、政府与党も自分たちの政策の正当性を答弁できねばならない。