(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

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2026ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が、2026年3月17日まで開催されています。前回の2023年大会でWBC日本代表メンバーに選出された読売ジャイアンツ・戸郷翔征選手は、初戦で大谷翔平選手に続く第2先発で登板するなど世界一に貢献。しかし2025年シーズンは不本意な成績に終わり、2026年シーズンの再起に向け新たなスタートを切りました。今回は、そんな戸郷選手の著書『覚悟』から、一部を抜粋してお届けします。

【写真】戸郷翔征さん「僕が『目標達成シート』をやっていたら、その中心はやはり…」

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高校の先輩が巨人に在籍していた奇しき縁

高校進学は人生の一つの分岐点です。念願のプロ野球界入りができて、これまで曲がりなりにもやってこられました。その基盤は聖心ウルスラ学園高で教えこまれました。その意味で、多くの候補の高校から聖心ウルスラ学園高を選択したのは現在でも正解だったと感じます。

母校は過去2005年に夏の甲子園に1度出場しています。そのときのエースではありませんが、実は母校出身で過去に1人、田原誠次投手がプロ野球選手になっていました。しかも、僕と同時期に巨人に在籍していたのです。

田原さんは高校卒業後、社会人野球の岡山県・三菱自動車倉敷オーシャンズに進みました。そして広島県・伯和ビクトリーズの補強選手として都市対抗野球に出場。2011年ドラフト7位で巨人に入団。12年から20年までの現役9年間で実に通算222試合に登板、12勝7敗35ホールドの成績を残しました。

高校の11年先輩。しかも、19年と20年は同じ巨人の投手として、さまざまなアドバイスをいただきました。母校の先輩がプロの同じチームにいるのは何とも心強かったですね。これも何かの縁だと思います。以来、田原さんには今でも良くしていただいています。

もし「目標達成シート」をやっていたら…

聖心ウルスラ学園高は文武両道という目標を掲げています。赤点を取ったら部活動の練習をさせてもらえませんでしたので、両立できるように自分なりに努力しました。ちなみに、好きな教科は国語と体育で、苦手なのは英語でした。

大谷翔平選手が岩手県・花巻東高時代に書いたという、9マス×9マスの「目標達成シート」(マンダラチャート)を、僕はやった経験がありません。


『覚悟』(著:戸郷翔征/講談社)

ちなみに、大谷さんの高1時代の「目標達成シート」の中心最大目標は「ドラ1 8球団」。それとは別の「人生設計シート」には、「26歳でワールドシリーズ制覇」となっています。

2度の右ヒジ手術で、3シーズン後ろにズレ込んだとはいえ、ほぼ設計通りに達成しているのは驚きです。人生、やはり目標や計画を立てるのは大事なことなんですね。

僕が「目標達成シート」をやっていたら、その中心はやはり「甲子園」や「プロ野球選手」だったと思います。

夢をかなえる「戸郷ノート」

聖心ウルスラ学園高野球部はチームとして「野球ノート」を書いていました。それとは別に、僕は個人的に「戸郷ノート」をつけていました。

半強制的にやらされるのではなく、練習や試合に対する自分の感想をふだんからノートに書き留めたかったのです。それは、プロ入りしてからも続けています。

毎日いろいろなことが起こりますが、一方で人間は忘れることも多いです。「ひとこと日記」ではないですが、日々感じた「何か」を書き残すことがすごく大事だと思います。現在では自主トレを一緒にやる後輩にも野球ノートをつけることを勧めています。

※本稿は、『覚悟』(講談社)の一部を再編集したものです。