●3秒で結論を出した“最後のアホ企画”
注目を集めるテレビ番組のディレクター、プロデューサー、放送作家、脚本家たちを、プロフェッショナルとしての尊敬の念を込めて“テレビ屋”と呼び、作り手の素顔を通して、番組の面白さを探っていく連載インタビュー「テレビ屋の声」。今回の“テレビ屋”は、時代を作ってきたドラマ監督の堤幸彦氏だ。

『ケイゾク』『池袋ウエストゲートパーク』『TRICK』『SPEC』と、テレビドラマの文法を根底から書き換え、今なお現役で走り続けている同氏。最新作となる連続ドラマ『DARK13 踊るゾンビ学校』(ABCテレビ)では、Z世代のダンスグループ「THE JET BOY BANGERZ」とタッグを組み、ゾンビとダンスが融合したホラーコメディを手掛けて話題となっている。

「もしかしたらとんでもないドン・キホーテで、空回りのオワコンの極地かもしれないけど、とにかく“前に進んで倒れるまで”やろうと思っている」と意欲満々に話す堤監督。その姿には、“緻密な職人技に裏打ちされた最高級の悪ふざけの革命家”として、現役であり続けるパワーがみなぎっている――。

堤幸彦1955年生まれ、愛知県出身。法政大学を中退後、テレビ業界に入り、『ぎんざNOW!』『コラーッ!とんねるず』などバラエティ番組を担当。ドラマ監督としては、『ケイゾク』『池袋ウエストゲートパーク』『TRICK』『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』など、革新的な映像表現とキャラクター描写で支持を獲得した。映画監督としても活躍し、『20世紀少年』3部作、『明日の記憶』『天空の蜂』『人魚の眠る家』など話題作を多数手がける。今年は、現在放送中のドラマ『DARK13 踊るゾンビ学校』で演出を担当し、映画『ミステリー・アリーナ』『hinata』が公開予定。9月に開幕する「第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)」では開閉会式の総監督を務める。スタイリスト:関恵美子

○ただ面白いと思うものを“球”として全国に投げたい

――当連載に前回登場したABCテレビ『相席食堂』の小高正裕ディレクターが、どうしても堤監督にお話を聞いてもらいたいとご指名されました。小高さんは堤監督の代表作のひとつ『SPEC』が大好きで、番組構成に行き詰まると、当麻(戸田恵梨香)のようにキーワードを書いた紙を破って投げて、「何か結びつくんじゃないか?」とやっているそうです。さらに、愛知高校の先輩・後輩にあたるとのことで、「勝手に運命を感じている」ともおっしゃっていました。

そうですか(笑)。それは、ありがたいですね。光栄です。

――今回、監督はABCテレビとタッグを組んで連続ドラマ『DARK13 踊るゾンビ学校』を制作されました。かなりぶっ飛んだ世界観の中で人間ドラマが展開していくユニークな作品です。

話を重ねるに従って、ますます人間ドラマ味が増えていきますよ。全部並べてみると、一層「とんでもないドラマだ」と実感していただけると思っています。

――これまでにも、ご出身(名古屋)の地域の中京テレビや東海テレビをはじめ、系列局とお仕事をされています。キー局以外と制作する面白みや狙いといったものはありますか?

中京テレビさんや東海テレビさんの場合は、名古屋を舞台にドラマを作るとか、ビビットな地元ニュースネタに作ることが多いですね。そういう場合は、地域性に限定された企画になります。

――今回はゾンビモノです。

はい。『DARK13』では「全国津々浦々、面白いよね、コレ」と思っていただけるものを、ABCテレビさんに乗っていただきました。ただ面白いと思うものを、僕としては全国に“球”として投げたい。今回、こういうチャンスをいただけたことは、本当にありがたいと思っています。

――キー局以外のほうが、キツい規制がないといった違いはありますか?

微妙にあるのかもしれないけれど、僕の中ではないです。昨今、表現というのはコンプライアンスを意識しながら作っていくというのが、当然のルールとしてあります。それは東京だろうが大阪だろうが名古屋だろうが変わらない。そのなかで今までにあまり見たことのないようなものを、いかに作り続けられるかというのが大事です。それを引き受けていただけるということだけで、自由度満載という感じです。

○「何アホなこと言ってんだよ」から生まれるアイデア

――企画の発想について伺いたいのですが、監督のアイデアはどのように生まれることが多いですか?

雑談ですね。特に最近は、去年FODでやった『ゲート・オン・ザ・ホライズン〜GOTH〜』も、SKY-HIさんと「沖縄で『IWGP』みたいなことやったら面白いんじゃない?」という雑談から生まれました。

――今回の『DARK13』も?

そうです。まあ、今回はLDHのHIROさんと一緒に考えていきました。飲み屋ノリと言ったら変ですけど、原作があるわけでも、モデルになるリアルな人物がいたわけでもない。ゾンビですからね(笑)。ミーティングの中で、LDHの「THE JET BOY BANGERZ(TJBB)」という10人組グループを主演に、「彼ら全員が均等に主役っぽく見えるものってありますか?」と聞かれたんです。「ない」と言うことだけは、僕は悔しくてできませんから、「ありますよ。ゾンビです」と、3秒で結論を出したところが始まりです。

――3秒でゾンビと。

ただゾンビだけだと「ありがちなパターンだな」というリアクションが来ると思ったので、「単なるゾンビものじゃありません。ゾンビの裁判モノ、もっと言うとゾンビの金八先生みたいなモノ」と次の手を打っていきました。真っ当な人間が聞くと、一見、「何アホなこと言ってんだよ」というところから、こういうテレビの企画というのは始まるんじゃないかと。私も70歳を超えましたが、“最後のアホ企画”として、ぜひチャンスがある限り続けられればいいなと思っている次第です。

●「君はクラーク・ゲーブルだな」「あなたはIKKOさん」
――『ゲート・オン・ザ・ホライズン』も『DARK13』も、いわゆるお芝居を生業にしている方とは違う、若いアーティストと組まれています。

正直、二の足を踏むところはありますよ。ともすると孫世代ですし(笑)。「果たして彼らや彼らを取り巻くカルチャーに、この古びた頭でショックを与えることができるんだろうか?」と考えると、ちょっとげんなりもしますが、そんなこと言ってたって、楽しく死ねないんで。今まで経験したこと、想像したことを全部ぶち込んで、まず自分が楽しくやろうと。そうしないとスタッフが楽しめないし、役者たちも楽しめない。

そして、彼らは本職の役者ではないけれど、役者であれば物事を面白くできるかというと、全然そんなことはないんです。ダンスや歌ですごいパフォーマンスを持っている人は、通常の役者よりも強い存在感を放つことがたくさんありますから。

――10人のメンバーが演じる、それぞれのキャラクターが本当に際立っています。

一人ひとりが輝くにはどうしたらいいか。会議室に一堂に集まっていただいて、顔と声を確認しながら、「君はクラーク・ゲーブルだな」とか言ってキャラクター付けしていきました。みなさん「クラーク・ゲーブルって?」とスマホで調べたりしながらね(笑)。「君はケイン・コスギだな」「あなたはIKKOさんだね」とかやっていきました。

――そういったキーワードを投げかけたりされるんですね。

ある程度完成した俳優さんにそんなこと言ったら失礼の極みですけど、演技経験のない、違う川を泳いでいる皆さんだからこそ、こういう新しい流れの中で、一つヒントをあげるとめちゃくちゃ面白いことができる。それが今回証明されていると思います。

ABCテレビ(関西) 毎週日曜深夜24:10〜
テレビ朝日(関東) 毎週土曜26:30〜ABCテレビでの放送終了後、TVer・ABEMAで見逃し配信。TELASA、FOD でも全話配信(C)DARK13製作委員会・ABCテレビ">『DARK13 踊るゾンビ学校』ABCテレビ(関西) 毎週日曜深夜24:10〜テレビ朝日(関東) 毎週土曜26:30〜ABCテレビでの放送終了後、TVer・ABEMAで見逃し配信。TELASA、FOD でも全話配信(C)DARK13製作委員会・ABCテレビ

○地獄のAD生活からの脱出を踏みとどめたバンド

――さて、数々のヒット作を手掛けてこられた堤監督ですが、改めてキャリアを振り返って、忘れられないお仕事や、今の自分を形成する原点となった経験はありますか?

忘れられない出来事は、いわゆるアシスタントディレクター(AD)として入った頃のことですね。大学4年まで行って中退して、22歳くらいで業界に入ったんですけど、わかりやすく言うと「地獄のAD生活」をいきなり始めまして……はっきり言って、向いてないと思ったんです。

――いきなり「向いていない」と。

そもそもこの仕事を選んだのは、「自分にネクタイを締める仕事はできないだろう」と思って、「テレビのディレクターなら、なんか簡単にできそうだな」なんて思ったからなんですよ。舐めてかかっていた。それがとんでもない。いわゆる体育会的な回路がないと無理な現場でした。

――当時は相当過酷な現場だったのでは。

70年代、80年代初頭のバラエティ番組なんて、もう地獄の所業といいますか、ひどかったですね。僕は体も動かないし、どうしたらいいかもわからない。全く向いてないなと思って、ある日、「もう今日で辞めてやろう」と決意しました。

――え! そこからどうなったのですか?

その時担当していたのが、TBSで夕方にやっていた『ぎんざNOW!』という伝説的なバラエティ番組でした。そこに生放送でいくつかバンドが出るんですけど、私自身は中学からバンドばっかりやってて、テレビに出ているような歌謡バンドはあんまり信用してなかったんです。

――(苦笑)

もっとカルチャー寄りの、松本隆さんとかがやっていた「はっぴいえんど」のようなバンドが好きだったので、いくら生でバンドが出てたって1ミリも心が動かなかったんです。そんななかで、「もう今日辞めよう」と思っていた日に見たバンドが、その気持ちを止めました。

――そのバンドとは。

「サザンオールスターズ」です。

――おお〜!

ほぼデビューの頃で、最初は「なんだこいつら、色物か?」と思いました。歌詞もむちゃくちゃだし、着てる服もジャージとか舐めた感じで。でも、音楽的な見方をしてみると、狙いに狙ったわかりやすさがありつつ、ロックのグルーヴみたいなものをすっかり熟知している、えらいテクニックのすごいバンドだったんです。それで、「こういう新たなロックを作る人たちとも関われるんだったら、もうちょっとこの仕事をやってみようかな」と踏みとどまりました。

●名優・緒形拳さんから学んだ「役者の存在感」
――番組制作において「師匠」と呼べるような存在はいらっしゃいますか?

師匠とはまた違うんだけど、「この人がいればもっと豊かになれる」「従来ある保守的なテレビの作り方から離れて、もっと時代的に面白いことができる」と思ったのは唯一、秋元康さんです。とある番組の構成会議で知り合いました。当時から言ってることがめちゃくちゃ面白かった。彼はイチ放送作家、私はイチADとしての参加でしたが、なんとなく目配せしてるうちに、相通ずるものがあるなと分かりました。

今や雲の上の、宇宙的な存在ですけど(笑)、40年か50年ぐらい前、僕はその時同じテーブルにいて「あ、この人なら面白いことができそうだ」と感じました。その後、秋元さんから「会社を作るんで参加してくれ」と言われて、一緒に会社(「SOLD OUT」)をやっていたこともあります。

――ドラマ制作において、特に印象に残っている俳優さんや、刺激を受けた方を挙げていただけますか?

パッと浮かぶのは、緒形拳さんです。日本テレビで『ポケベルが鳴らなくて』(93年)というドラマをやった時に主演で出ていただいたのですが、私のようなペーペーの駆け出し演出家に対して、非常につらく当たるんですよ(笑)。ちょっと演出すると「そんなテレビみたいな芝居ができるか!」って。テレビなんですけどね(笑)

――(笑)。緒形さんからはどんな影響を受けたのでしょう。

映像に自分の存在感をいかに強く出すかということです。毎回100パーセントの演技をなさるのを目の当たりにして、めちゃくちゃ感動しました。それまでは「部屋の引き画があって、相手役のアップがあって」みたいに流れに応じたカット割りを考えていたんですが、緒形さんに怒られてからは、とにかく他に誰が何をしゃべっていようが、緒形拳のドアップだけ撮ってやる、みたいになって。僕も若気の至りで相当無謀な勝負に挑んでいました。

――でもそうしたやりとりが、後の斬新な演出にもつながっていきそうです。

ある作品で、たまたま雨待ちの時に、部屋で2人きりになりました。そこで「お前、画が面白いから、映画とか撮ったほうがいいぞ」と言われて。その時点で3本くらい撮ってたんですけど(笑)、そこから「緒形さん、面白い企画あります」と言って、『さよならニッポン! 南の島の独立宣言』(95年)という映画に出ていただきました。私が初期の頃に出会った俳優でインパクトがあるといえば、緒形拳さんに尽きると思います。

――監督が周りに影響を与える、時代をけん引する存在になった以降に出会った役者さんで、衝撃を受けた方はいらっしゃいますか?

インパクトという意味で言えば、窪塚洋介ですね。『池袋ウエストゲートパーク』(IWGP、00年)の時、私の演出プランに彼は一切聞く耳を持ちませんでした(笑)。でもその結果として、ああいう「キング」という存在が造形できた。今でもみんな私に「やっぱりキングですよね」って言うんですけど、あれ、私が考えたんじゃないので(笑)

――窪塚さんの考えが、「キング」のキャラクターにはかなり入っていると。

脚本をもらった段階から、相当こだわりがあったようです。以降、非常にまじめな役も、深い役もお願いしましたけど、きちんと真面目にやってくれていますし、こちらの話も聞いてくれます。でも『IWGP』のときは、お互い若かったし、「舐められてたまるか」みたいなのもあったかもしれないですね。今やいい友達として楽しく過ごしています。

○今のタームは「猛烈に楽しい終活」

――当連載の恒例質問です。監督が影響を受けたテレビ番組を1本挙げるとしたら何になりますか?

NHKの『映像の世紀 バタフライエフェクト』ですね。これはやばいです。毎週テーマが違うわけですけど、あの広大なアーカイブの中から、テーマに合わせてピンポイントですごいカットを探し出して編集していく。あれはNHK、あるいはBBCのような巨大なメディアにしかできない、非常に贅沢な、テレビ本来が持つ力を発揮している作品だなと思います。

普段、テレビをつけていて、バラエティやドラマや報道も面白ければ見ます。ザッピングする時に手を止めるのは大体クイズ番組ですが、意識的に絶対見ているのは『映像の世紀』です。

――監督の、今後の活動を表すキーワードがあれば教えてください。

「猛烈に楽しい終活」です。肉体的にはもうそろそろデッドゾーン。しかし、老いてなお盛ん、ではないけれど、頭の中は17〜18歳ぐらいの世界観とほぼ変わりません。経験値だけはやたら上がっていて、むしろ邪魔になるくらい。体が動く動かないは抜きにして、思いや理念、斬新な感覚みたいなものをどこまで貫き通せるのかやりたいです。もしかしたらとんでもないドン・キホーテで、空回りのオワコンの極地かもしれないけど、とにかく“前に進んで倒れるまで”やろうと。

――まだまだアイデアがありそうですね。

数年のタームとして「楽しい終活」としてるんですけど、それより先、元気に生きてたら、また先のコピーを考えようと思っています。以前、Voicy(音声配信)で「硝子の60代」ってタイトルでやってたんですけど、70代になって、今は女優ののんさんが命名してくれた「金色(きんいろ)70代」になりました。80代になったらどうしようかな。「エメラルドの80代」とかもいいですね。どんどんアホな方に進んでいけるかもしれません。

――期待しています。最後に、次回の連載に登場していただく、気になっている「テレビ屋」を挙げてください。

テレビ屋というくくりではないかもしれませんが、AI映像クリエイターの宮城明弘さんです。読売テレビで『サヨナラ港区』という、全編AIで作った映像作品を手掛けられています。映像を作る者として、AIというのは非常に危険な存在でもあります。権利関係など際どい部分がある中で、宮城さんはそこを非常にリーガルに、真面目に意識されている。その前提があって、改めて彼の作ったAI映像を見ていると、クオリティの高さと作るスピードに驚かされます。

正直気になるどころじゃありません。ついに私たちをぶちのめす存在が出てきたなと、恐ろしい人として、注目しています。

次回の“テレビ屋”は…



AI映像クリエイター・宮城明弘氏

望月ふみ 70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビュー取材が中心で月に20本ほど担当。もちろんコラム系も書きます。愛猫との時間が癒しで、家全体の猫部屋化が加速中。 この著者の記事一覧はこちら