40代50代60代に新たな「崖」「壁」が広がっているという。1000人以上のビジネスパーソンを取材してきた健康社会学者の河合薫さんは「使い勝手がいい中高年層を利用してきた会社だが、その弊害はいよいよ深刻だ。日本社会に『いずれ自分も当事者に』という想像力が欠如してはいないか」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、河合薫『「老害」と呼ばれたくない私たち』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。

■「会社」は気まぐれなもの

1000人以上のビジネスパーソンのキャリア人生に耳を傾け続けてきた。そこで痛感するのは、「会社」という存在の気まぐれさだった。

リストラという嵐で会社員を容赦なく切り捨てることもあれば、予期せぬ異動やプロジェクトへの抜擢でチャンスを運んできてくれることもある。

左遷を匂わすような辞令を下したかと思えば、本人でさえ知り得なかった能力を開花させたり、新たなキャリアの航路を切り開く機会を与えてくれたりすることだってある。

なかには、「自分の居場所はなさそうなので」と転職を考え始めたところ、玉突き人事でまさかたまさかの昇進の機会を得た人もいた。

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■会社は「中高年」には目もくれない

そんなまさか、たまさか、棚からぼたもち、の会社員人生を、誰一人、無意味な職業人生だったと悔やむ人はいなかった。誰一人として会社のためだけに働いてきた人もいなかった。

どんな人にもちょっとだけ自慢できる黄金期があり、「つらいことの方が多かったけど」と前置きしつつも、仕事が面白かったときの経験を話してくれた。そのすべてが会社員としての誇りであり、モチベーションだったのである。

ところが、多くの会社は中高年には目もくれないのだ。

そればかりか、最近では各々の年代特有の課題に合わせた“在庫一掃セール”を定着させて、彼らの孤独感を増幅させている。

■「何者にもなれなかった」40代

40代の氷河期世代にフォーカスしたインタビューで、ある事実に驚かされた。彼らの多くが「昇進できなかった」ことに強い屈辱感を抱いていたのだ。正直なところ、彼らにとって昇進が、そこまで意味を持つ関心事だとは思っていなかった。

「私が入社した時は40歳ぐらいでみんな課長になっていたけど、今や課長の椅子に座るのは30代。私は係長だけど、給料も仕事内容もヒラとほぼ同じ。唯一の違いは、周りより年上ってことくらい」
「この先、給料も上がらないまま、“意識高い系”の年下のもとで働かなくてはならない。転職といっても、私くらいの年齢で肩書がないと、書類すら通らない」

彼らはみな「何者にもなれないまま40代になってしまった」と嘆いた。

■氷河期世代が「昇進」を切実に求めるワケ

「昇進=何者かになれる」とは限らないが、いまだに、昇進が個人の能力や努力を証明する唯一の手段と見なされ、肩書が絶対的な価値を持っているのもまた事実だ。

若い頃は昇進に興味がなかった人でも、昇進したらしたで小さな自信につながったり、周囲に認められた喜びを感じたりするものだ。厳しいキャリアを強いられてきた氷河期世代にとって、昇進はそれまでの努力が報われる貴重な機会になりうるわけだ。

彼らはまた、年功序列制度の最終的な犠牲者でもあった。上の世代からは無責任な指示を押し付けられ、後輩が入ってこないため、ずっと下っ端の仕事をやらされてきた。

そしてようやく後輩ができたと思えば、自分の時間を最優先し、納得できない飲み会や雑用、残業を上司の依頼であってもきっぱり断ることができるような、自分たちとはまったく異なる価値観を持つ世代だった。

■40歳肩書なし=“万年ヒラ”確定

そして、今は「若手抜擢(ばってき)」という名のもと年下の30代社員が昇進する一方で、まるで「自分の存在」がそこにないかのようにスルーされている。

実際、昇進スピードは急速に速まっているとされる。

企業が制度上想定する昇進年齢の標準は係長で32.7歳、課長で39.4歳、部長で47.0歳だが、最短では係長が29.5歳で、課長が33.9歳、部長が40.1歳だ(参考:財団法人労務行政研究所「役職別昇進年齢の実態と昇進スピード変化の動向」)。

つまり、多くの40代が実感しているとおり、「昇進の壁」は明らかに存在し、40歳の段階で肩書がなければ、万年ヒラのリスクが高い。

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■50代の壁:女性にはさらに過酷…

運良く昇進したとしても、その肩書も50代で剥奪される。役職定年だ。

「セカンドキャリア研修」という名の肩叩き研修を受けさせられたり、本人にとっては屈辱的と感じられるような異動を命じ、「できればさっさとお辞めいただきたい攻撃」をする企業は後をたたない。

女性社員に対しては、さらに露骨な肩叩きをする企業も存在する。

某大手企業に勤める女性課長、さゆりさん(仮名・55歳)は、32歳のときに出産と育児で1年間休み、それまでの10年間のがんばりが一度すべてチャラになった。

■「女性枠」と揶揄されないよう必死に働いた…

同期の男性たちが次々と昇進したり、海外勤務を命じられたりしているのに、復帰後配属されたのはエリートコースとはほど遠い閑職だった。

しかし、政府が「女性活躍!」の錦(にしき)の御旗を掲げたことで、45歳のときに課長に昇進。「女性枠」と揶揄(やゆ)されないように率先して残業をし、取引先のお酒の席にも快く応じてきた。

ところが、50代になって再び予想外の壁が立ちはだかったという。

■「私たちは永遠にベンチを温めるだけの存在」

うちの会社は55歳で役職定年です。昇進は男性優先なのに、なぜ役職定年は男女一律なのか納得いきませんでしたが、役職定年後は後進育成に精を出すつもりでキャリアカウンセラーの勉強を始めていました。

それで先日、上司との面談で「65歳の定年まで後進を育成する力になりたい。若い社員がいる部署なら配属先はどこでも構わない」と伝えました。

ところが上司は「役定の次は希望退職か」って。何を言われているのか理解できずにいると、「お疲れさま。30代の女性管理職も増えてきて、よかったよ」って……。

肩叩きです。若いときは「女だから」って言われ、今は「もう、おばさんだから」と思われている。結局、私たちは永遠にベンチを温めるだけの存在なんです。

さゆりさん(仮名)の言葉には、長年にわたる不条理な扱いへのあきらめと、それでもなお前を向こうとする健気な気持ちを無下にされた絶望が凝縮されていた。

50代の男性会社員と女性会社員の意識を比較した調査では、「50代の女性会社員はまだまだ元気です。向上心も成長意欲も50歳になっても女性は衰えません」と断言できる結果が出ている(参考:21世紀職業財団「女性正社員50代・60代におけるキャリアと働き方に関する調査――男女比較の観点から」)。

なのに、エイジズム×性差別→「お疲れさま」って……。貴重な人材を無下にするこのような企業は、腹が立つほど残念すぎる。

■60歳の「崖」と「壁」

なんとかかんとか60歳まで生き延びても、その先に待ち構えるのが60歳の崖と壁だ。

60歳の崖とは、定年後再雇用などで60歳を過ぎた途端、収入が激減する現象のことだが、崖に落とされた先で直面するのが「労災リスクの壁」だ。

厚生労働省の2023年の労働災害発生状況によると、仕事中の事故で死亡や4日以上休むけがをした60歳以上のシニアが過去最多の3万9702人だった。60代以上と30代を比べると、男性で2倍、女性では4倍も多く、種類別には「転倒」が40%を占めた。

多くのメディアは60歳以上の労災増加の背景として「働くシニアが増えた」ことを挙げていたけど、現場から聞こえてきたのは「使い勝手がいい中高年社員を使うことが問題」という悲鳴だった。

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■現場の超高齢化で増える「労災リスク」

最近の若手は現場の仕事を嫌がり、希望部署に配属されるため、工場など現場の人手不足が加速し、50代以上の非管理職や役職定年になった社員が配置されます。雇用延長でそのまま現場を希望するベテラン社員も結構いますから、現場は“超高齢化”状態です。

でもね、実はこれほど会社にとって好都合なことはない。彼らは低賃金の優秀な労働者なんですよ。

最近の中高年は将来的なキャリアへの危機感が強い。新しいスキル習得の向上心もある。残業代が出なくても、賃金が減らされても、文句も言わず何でもやります。

ただ、やはり体力とか気力は低下してきますから、事故や病気につながりやすい。上司が年下だから、「しんどい」などと訴えられないことも、問題を深刻にしているように思います。

某製造業部長 佐々木さん(仮名)

この佐々木さんの証言を裏付けるような事実は、現実に存在する。

2024年に、朝日新聞社の50代の男性社員が不整脈で倒れ約3カ月間休業した件は、長時間労働による過労が原因だとして労災認定を受けている。

厚労省が発表した24年度の「過労死等の労災補償状況」でも、精神障害の労災は40代が最多の283件、脳卒中や心臓発作などの脳・心臓疾患は50代(129件)で54%を占めた。

■増加する50代以降の労災発生率

慶應義塾大学経済学部の太田聰一教授の分析では、比較的若い世代の労災発生率は低下している一方で、50代以降の労災発生率は増加していることもわかっている。

太田教授は中高年に労災が増えている背景を、「高齢者にとって労災リスクの高い業種への高齢者の集中」「高齢者にとって就業機会が制約されているという問題の介在」の可能性を指摘している。

*参考:太田聰一「高齢化社会における労働災害をあらためて考える」。分析は13年と23年の年齢階級別死傷年千人率(特定の年齢層における、1年間の労働者1000人あたりの死傷者数。労働災害による死亡または負傷者の発生を示す割合)を比較。

本来、労働人口の年齢構成が変われば、働き方のスタンダードも変える必要があるのに、日本は高度成長期の「バリバリ元気に働く」がスタンダードのまま動き続けている。

若者には配慮しても、長年会社に貢献してきた中高年を思いやることも、ましてや彼らの葛藤を汲み取ることもない。その末路が60歳の「労災リスクの壁」だ。

■新たに登場「65歳切りの壁」

さらに最近では、「65歳切り」とも呼べる由々しき状況が増加中だ。

「元々厳密な定年がなかったのに、64歳になった途端、『1年の間に転職先を見つけるように』と言われた」
「以前は65歳以上でも希望すれば働けたのに、年度末で65歳を盾に、契約延長を拒否された」
「今年65歳になるからなのか、アルバイト先の一覧が会社から送られてきた」

などなど。

共通するのは、本人の思いに反して、突然、はしごを外されたことだ。

2020年改正高年齢者雇用安定法が成立(2021年4月施行)し、「70歳までの就業機会確保措置」が努力義務化されたが、一部の企業の本音は「とりあえず65歳まで猶予期間を与えたわけだし、これから先は自分でひとつよろしく!」ということらしい。

■60歳以上の「働くこと」への希望と情熱

一方で、65歳切りにあった方々から寄せられた言葉の1つひとつには、働くことへの希望と情熱が宿っていた。

河合薫『「老害」と呼ばれたくない私たち』(日本経済新聞出版)

「50代のときには自分が70歳まで働くことを希望するとは夢にも思わず、60歳になったらリタイアして、博物館でボランティアとして働くと本気で思っていたので、65歳で必死に就活している自分にも驚いています」
「時間はかかるかもしれないけど、手応えがまったくないわけではない。がんばって就活を続けますので、朗報をお待ちください」
「やっぱりちゃんと後輩たちがやり切るのを見届けたいし、すべてが終わったときに一緒に喜びたいんですよ。それで上司にしつこく直訴したら、契約形態を変えて続けられることになりました」

こんなにもやる気にあふれ、いきいきしている人たちを、実年齢を理由に排除するなんてバカげている、としか言いようがない。

■社会に欠けている視点「いずれ自分も当事者に」

実に嘆かわしいことだが、このようなことをする企業は、「良識や常識があること」「責任を持つこと」「長年の間に蓄えた技術や知識があること」「真面目に仕事をしてくれるという確信」といったおカネでは買えない貴重な財産の価値も、彼らの存在が一緒に働く人をどれだけ安堵させるかも理解していないのだろう。

私自身、これまで年齢を感じさせない何人もの65歳以上の人たちと仕事をさせてもらったけど、彼らの私を一度たりとも不安にさせることのない働きぶりに何度も救われてきた。

企業が本当に評価すべき「人的資本」は、彼ら彼女らの存在だ。

しかし、残念なのは企業だけではない。いずれ自分も当事者になるという想像力が、社会全体に欠けていることだ。

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河合 薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.)、気象予報士
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。著書に『残念な職場』(PHP新書)、『他人の足を引っぱる男たち』『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『THE HOPE 50歳はどこへ消えた?』(プレジデント社)などがある。
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(健康社会学者(Ph.D.)、気象予報士 河合 薫)