革靴離れ、スニーカー人気というファッションのカジュアル化が進んでいる。富裕層マーケティングを手掛ける西田理一郎さんは「ファーストクラスのラウンジにいるような富裕層も例外ではない。彼らは一見普通のスポーツウェアを着ているように見えるが、見る人が見ればわかるラグカジュに身を包んでいる」という――。

■靴修理屋が淘汰されるワケ

百貨店の集客やインストアマーチャンダイジングの仕事を通じて、インバウンドの購買行動や売場効率を細かくみている際に、靴売場で「あること」に気づいた。伊勢丹メンズ館の靴売場は、いまだ世界一の売上を誇ってはいるが、ピーク時と比べると、試着する顧客の数はかなり落ち着いた印象が強い。

今、日本の百貨店の靴売場は、どこも厳しい状況にある。それは、元々革靴主流の品揃えが定番であり、スニーカー需要の拡大トレンドに上手く対応しきれずに専門店に顧客が流れていく潮流を防ぐことができなかったのが要因だ。

革靴が売れないとなると当然ながら、靴修理マーケットも比例してシュリンクする。今から10年前、東京の平均的な郊外の街でも駅周辺には、靴修理屋さんが3軒は存在していた。しかし今、淘汰され1軒程度になっている。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LordHenriVoton

■スニーカーブームは世界中で進行中

靴販売、修理専門の松添康太郎氏(リファーレ代表)は言う。

「以前は、革靴を履いている人がまだ多く、ヒールの女性の需要もあり靴修理店は、特に大きな特徴がなくても靴修理ビジネスは待ちの商売でも充分成立していた。していたどころか、銀座線の渋谷駅を出た所に店を構えていたミスターミニットさんは、3〜4坪で年間2億売るという世界一のミスターミニットだった」

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リファーレ代表 松添康太郎さん - 本人提供

それがコロナ禍以降、空前のスニーカーブームに更に火がついた。これは日本のみならず世界中の兆候でもある。現にみずほ銀行の本店に通勤する行員ですらスニーカーで出勤するという現象が起き、紳士靴をはく回数も週5回(月〜金)から2回になり1回に。紳士靴は、特別な時に履くものとして出番が減少しているようだ。

「スニーカーは革靴に比べて修理するというよりは、履きつぶして買い替えるというお客様が多いが、これだけスニーカーに大幅にシフトしてくるとなると、今後はスニーカー修理専門店(トータルメンテナンス)に挑戦するのも面白い」と松添氏は述べる。

矢野経済研究所の「靴・履物小売市場に関する調査」(2024年)によると、ビジネスシーンをはじめとしたファッションのカジュアル化により、スポーツシューズ(スニーカーを含む)の市場構成比は57.7%と拡大、紳士靴・婦人靴ではスニーカーライクな商品や機能性商品が好調に推移した。また、「ファッションのカジュアル化などによって、革製の紳士靴・婦人靴の需要の減少は続く見込みである」と分析している。

■三ツ星レストランのドレスコードに変化

そんな中、東京・銀座界隈では近年、老舗靴修理店が、次々と姿を消している。かつては、年商1億円規模を誇り、政財界の顧客を長年支えてきた名店でさえ、例外ではない。閉店理由はどこも共通している。「お客様が革靴を履かなくなった」――。

店主の言葉は、今起きている静かな革命を端的に物語っている。富裕層がスーツを脱ぎ、革靴を脱ぎ、スニーカーに足を通す時代が到来したのだ。

三つ星レストランのドレスコードが緩み始めたのも、この数年のことである。かつて「ジャケット着用必須」だった店が、今では「スマートカジュアル」という曖昧な表現に変わった。実際には、ベルルッティのスニーカーにブリオーニのリラックススーツで訪れる客を、誰も咎めはしない。いや、むしろそれこそが「本物の余裕」の証明になっている。

「ベルルッティって、スニーカーのブランドでしたっけ?」

20代のファッション業界関係者が、そう尋ねてきたという話を聞いた。もちろん、ベルルッティは1895年創業のフランスの名門革靴ブランドである。しかし今、ショップを訪れると、革靴よりもスニーカーのほうが目立つ位置に並んでいる。

この変化は、ベルルッティだけではない。ラグジュアリーブランドの世界全体が、驚くべき速度でカジュアル化している。10万円のジャージ、15万円のパーカー、そして30万円のスニーカー――。価格はラグジュアリーでも、見た目はあくまでカジュアル。これが「ラグカジュ」革命の本質だ。

とくに、富裕層向けの高級ジャージのトレンドは、近年「ラグジュアリースポーツ(ラグスポ)」の流れの中で進化している。

プライベートジェットやファーストクラスの長距離移動でスニーカーを着用し、他のラグジュアリーアイテムと併せて、「究極の快適さ」と「一目でわかる上質感」を、ハイブランドの洗練されたデザインで大人のカジュアルスタイルとして着用される傾向が強い。

それは単なる高額商品ではなく、デザイン性・ブランドストーリー・着用シーンでの体験価値を重視する傾向が強まっており、その流れに沿った進化を遂げたのだ。

■見た目はスポーツウェアだが…

かつてラグジュアリーとは「フォーマル」の同義語だった。タキシード、ドレス、エルメスのバーキン――。誰が見ても「高価」だとわかるものを身につけることが、成功の証明だった。

しかし今、真の富裕層が求めるのは「わかる人にだけわかる」贅沢である。

「富裕層はユニクロを好む」――そんな定説が、ビジネス誌やSNSで語られて久しい。確かに間違いではない。だが、彼らが本当に求めているのは「質素」ではなく、「過剰な主張をしないこと」なのだ。ブルネロ クチネリの10万円のジャージ素材のTシャツ。一見するとシンプルだが、素材の質感、縫製の精度、着心地――すべてが別次元だ。ロゴは目立たない。だが素材を触れば、縫製を見れば、その価値を知る者には一目瞭然となる。わかる人にだけわかればいい。これこそが「静かな余裕」の美学なのだ。

写真=iStock.com/AndreaAstes
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AndreaAstes

■全身で100万円近いラグカジュ

場所は、羽田空港のファーストクラスラウンジ。そこにいる人々の服装を観察すると、興味深いことに気づく。以前に比べてスーツ姿はむしろ少数派で、大半がカジュアルな装いだ。

パーカーにジーンズ、足元はスニーカー。一見すればエコノミークラスの乗客と変わらない。だが、よく見れば違う。ブリオーニやロロ・ピアーナのパーカーとTシャツ、ジーンズはトム・フォード、スニーカーはベルルッティのステラー ヴェネチア カーフレザーやシンプルにコモン プロジェクツ――。総額で100万円近い「カジュアル」なのである。

このカジュアル化の流れは、すでに10年以上前から始まっていた。スティーブ・ジョブズの黒のタートルネックにデニムスタイル、マーク・ザッカーバーグのグレーTシャツ――。この風潮を受け、テック業界では「スーツを着ないこと」がトレンドとなり、フーディスタイルが1つの市民権を得た。このように、ラグジュアリーの定義は大きく揺らぎ始めたのだ。

彼らのメッセージは明確だった。「私は服装で証明する必要がない。実力で語る」。そして今、この思想が富裕層全体に広がっている。

黒のタートルネックでプレゼンするスティーブ・ジョブズ(写真=Kyro/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

■進むビジネスモデルのカジュアル化

ラグカジュ革命は、ファッションだけでなく、ビジネスモデルそのものを変えつつある。

もう7年前のことであるが、カルティエが表参道に期間限定で開いたのは、なんとコンビニだった。カルティエがチョイスするミネラルウォーターやチョコレートが並ぶ。店名もカジュアルに「カルチエ」。また、ルイ・ヴィトンのLINEスタンプ(期間限定)をはじめ、ラグジュアリーブランド各社は公式LINEをCRMの一環として導入しており、共感から共創マーケティングの実践として若者たちの日常に溶け込もうとしている。

ハイブランドだけではない。

モンテカルロの「オテル・メトロポール・モンテカルロ」には、カール・ラガーフェルドが演出するレストランがある。当初はジョエル・ロブション氏のお店としてオープンしたが、現在は契約を終了。ただし、ロブションの右腕として活躍したクリストフ・キュサック氏が引き続きエグゼクティブ・シェフを務めている。

従来、ドレスコードに厳格だったジョエル・ロブション。フォーマルなファッションではなく、リゾートライフな感覚で料理を楽しみながらプールサイドでカジュアルに楽しめる。――まさにこれこそが、ラグジュアリーカジュアルレストランの先駆けだ。

このように「高級」と「日常」の境界線が、かつてないほど曖昧になっている。そしてこの曖昧さこそが、ラグカジュの真骨頂であり、この矛盾が新しいビジネスチャンスを生み出しているのだ。

■「いつか買う」から「今、私が主役」へ

この変化を最も鋭敏に察知しているのは、若い世代である。

彼らはもう「いつか成功したら買う」とは考えない。今、自分が主役であることを証明するために、ラグジュアリーを選ぶ。それは投資であり、自己表現であり、アイデンティティの宣言なのだ。

ハイブランドのショーウィンドウに立つモデルたちの顔ぶれも変わった。インド系、アフリカ系、アジア系――。多様なルーツを持つ若者たちが、ラグジュアリーブランドの顔となっている。

この変化は象徴的だ。ラグジュアリーはもはや、一部の特権階級のものではない。多様な背景を持つ人々が、それぞれの文化とアイデンティティを持って参加できる世界へと開かれつつある。

2025年、ディオールはジョナサン・アンダーソン、シャネルはマチュー・ブレイジ――とハイブランドのデザイナーたちは一斉に新時代のデザイナーにバトンタッチをし始め、新たな幕開けの象徴として今後を担う境界線の年となった。

■「見せびらかす消費」から「静かな余裕」へ

結局のところ、ラグカジュ革命が意味するのは、価値観の根本的な転換である。

かつての富裕層は、自らの成功を「見せびらかす」ことを求めた。高級車、高級時計、高級ブランド――。それらを身につけることで、「私は成功者だ」と周囲にアピールしたのだ。

しかし今、本当に余裕のある人々は、わざわざアピールしない。ロールスロイスのSUVで空港から帰宅しても、服装はカジュアルだ。30万円のスニーカーを履いていても、それをひけらかすことはない。

「わかる人にだけわかればいい」。

クワイエットラグジュアリー、これが新しい富裕層の美学である。

年商1億円の靴修理店が消えたのは、単なる市場の変化ではない。それは、社会の価値観そのものが変わった証拠なのだ。フォーマルからカジュアルへ。見せびらかしから静かな余裕へ。ブランドロゴから本質的な価値へ――。

ラグジュアリーの地図は、今、若い世代の手によって描き直されている。そこに描かれるのは、より自由で、より多様で、より意味のある贅沢の形だ。

革靴が消え、スニーカーが並ぶショーウィンドウ。そこに映るのは、単なるファッションの変化ではない。未来への意志そのものである。

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西田 理一郎(にしだ・りいちろう)
価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役
富裕層向けブランド体験の「物語」を紡ぐナラティブ・マーケティングをプロデュース。また、情報伝達を超えた行動を仕組化し、個の全盛時代において、ラグジュアリー市場での持続的成長を実現する知の「価値共創」戦略を構築する。プレミアムブランドの世界観を体現する戦略的プラットフォームの商品化を手がけ、ミシュラン・ガストロノミーから超高級ライフスタイルまで、文化的価値を経済価値に転換するマーケティング、ブランディングを専門とする。「to create a Real LIFE 敏腕マーケターが示唆するこれからの真の生き方とは」「Life is a Journey」「食と文化の交差点 ガストロノミーへの飽くなき情熱」などのメディア掲載・連載を通じて真のラグジュアリーとは「所有」ではなく「体験」であり、その体験に宿る物語こそがブランド価値の源泉である――という信念のもと、富裕層マーケティングの新境地を開拓し続けている。主要著書に『予測感性マーケティング』(幻冬舎)、『アフターコロナ時代のトラベルトランスフォーメーション』(ゴマブックス)、『GRAND MICHELIN ミシュラン調査員のことば[特別編集版]』(アンドエト)がある。個人サイト
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(価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役 西田 理一郎)