連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2025年7月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
参考:日本推理作家協会賞、本格ミステリ大賞をW受賞した櫻田智也の初長編『失われた貌』刊行へ
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は七月刊の作品から。
若林踏の一冊:方丈貴恵『アミュレット・ワンダーランド』(光文社)
「ホテルに損害を与えない」「ホテルの敷地内で傷害・殺人事件を起こさない」というルールが設けられた犯罪者専用のホテルを舞台にした謎解き短編集の第二弾で、スリラーや活劇の骨法と真相当ての趣向を巧みに組み合わせる手腕が前作よりも数段上がっている。収録作中の白眉は「ようこそ殺し屋コンペへ」だろう。まるで都筑道夫作品のようなテンポの良いアクション場面を描きつつ、そこに複雑かつ緻密な謎解きの構図を仕込んで唸らせるのだ。“日常の謎”タイプの作品を彷彿とさせる導入から始まる「落とし物合戦」もユニークで楽しい。
千街晶之の一冊:桐野夏生『ダークネス』(新潮社)
村野ミロが周囲を悉く敵に廻して大暴走した衝撃作『ダーク』の刊行から二十三年、作中の時間経過は二十年。ミロは六十歳を迎え、息子のハルオも二十歳になった。前作で生き残った主要登場人物もみんな健在である。ということは、ミロに対する彼らの遺恨も決して消えてはいないということだ。息子を守ろうとするミロの計らいも空しく、悪因縁の歯車は再び動き出す。人間関係のしがらみから逃げ切れなければ、しがらみ自体にけりをつけるしかない--還暦に達して穏やかになり、それでも苛烈さを失わないミロの生き方から最後まで目が離せない。
藤田香織の一冊:桐野夏生『ダークネス』(新潮社)
村野ミロが帰ってきた! といっても、彼女が乱歩賞受賞作の『顔に降りかかる雨』の主人公として登場したのは1993年。人気シリーズとなり、その最後の作品『ダーク』の刊行からも23年。ミロって誰? 聞いたことはある気がするけど……と思う若者も少なくないかもしれない。ミロがどんな人物であるかはとにかく読んでもらうしかないのだが、還暦を過ぎても衰えぬミロの心に、意思に圧倒されて眩暈がした。30数年前の女性主人公としては衝撃的だったミロのもつ強さも弱さも、冷酷さやどうしようもない甘さもここにある。凄まじい熱量を浴びて欲しい。
梅原いずみの一冊:方丈貴恵『アミュレット・ワンダーランド』(光文社)
犯罪者御用達ホテルが舞台のシリーズ2作目である。「ホテルに損害を与えない」「殺人事件を起こさない」という2つのルールさえ守れない宿泊客が、ホテル専属の探偵による切れ味鋭い推理で次々と追い詰められていく。全4話の連作集で、落とし物を巡るパズラーに爆弾魔との頭脳戦など、各話趣向の異なる本格的な謎解きが堪能できる。アクション、スリルも前作よりパワーアップ。特に殺し屋たちがコンペという名のバトルロイヤルを繰り広げる第3話は、ある人物が大変にカッコよい……!裏社会事情をはじめ、設定の活かし方が素晴らしい。
橋本輝幸の一冊:方丈貴恵『アミュレット・ワンダーランド』(光文社)
犯罪者専用の会員制ホテルにおける本格ミステリを追求したシリーズの第2弾。前回と同じく4篇を収録。法の及ばぬ特殊な中立地帯だからこそ秩序は守られなければならない。語り手はここで起こる事件を正しく迅速に処理する番人「ホテル探偵」だ。ホテルに損害を与える行為や敷地内での傷害・殺人は絶対に許されないが、そのルールをかいくぐる大胆な犯人も後を立たない。今回は動画配信、多様な殺し屋が競う殺し屋コンペ、披露宴の爆破予告などより特殊な状況の派手な事件ばかり。登場人物たちの矜持や動機の描写も一層熱を帯びている。
酒井貞道の一冊:新野剛志『粒と棘』(東京創元社)
終戦後十年間程度の東京を舞台とした連作短篇集で、一部登場人物の再登場等で各篇はゆるやかに繋がる。主に犯罪を通して、戦争で揺らぎ一部は崩れ、戦後に変容した日本社会を市井の視点から描き出している。「幽霊とダイヤモンド」に見られる、ほぼ自棄と言って差し支えない情熱や執着、「少年の街」での戦争孤児たちの悲惨、「手紙」に見られる荒廃した人間の善意、「軍人の娘」で描かれる女性の自立、「幸運な男」の倫理、「何度でも」の数奇な運命、いずれもこの時代だからこそこうなった側面が強い。心に沁みる作品群である。
杉江松恋の一冊:歌野晶午『中にいる、おまえの中にいる。』(双葉社)
某作品の続篇なのだが、予備知識なしに読むとびっくりする。あの作品に続篇がありえたのか。視点人物の栢原蒼空は他人を拒絶して生きているように見える青年で、その理由がまずとんでもない。『女王様と私』あたりから続く、会話と語りを歪ませてそこに現実を超えたものを流し込んでいく技法がここでも使われており、読むと作者の魔術に化かされることになる。人間のとげとげしい悪意をここまでむきだしに書ける手腕にも、なのにちゃんと娯楽小説に仕上げられることにも感心させられた。歌野晶午には、ずっと黒いままでいてもらいたい。
待望の短篇集第二弾と、お久しぶりの大河シリーズに人気が集まった7月でしたが、それ以外にも黒い気配の漂う作品が多く、全般としては硬質な印象を受けました。人間とは何か、ということをこの機会に考え直してみてはどうか、ということでしょうか。来月もまた、このコーナーでお会いしましょう。

