糖尿病には複数の種類があり、そのうちの1つが「1型糖尿病」です。1型糖尿病は、すい臓のβ細胞が破壊されてインスリンが出なくなることで慢性的な高血糖状態になり、糖尿病を発症します。1型糖尿病の対処には、ペン型注射器などを用いた体内へのインスリンの投与が必要ですが、一部の1型糖尿病患者は自動的にインスリンを投与するソフトウェアやデバイスを自作して対処しています。

A DIY ‘bionic pancreas’ is changing diabetes care - what's next?

https://doi.org/10.1038/d41586-023-02648-9



糖尿病を患っていない人は、血糖値の変動に応じて自身のすい臓に存在するβ細胞がインスリンを分泌して血糖値を適切な範囲に保っています。しかし、1型糖尿病患者の場合、すい臓のβ細胞が何らかの理由で死滅してしまい、インスリンの分泌ができなくなります。そのため、定期的にインスリンを摂取する必要があるのですが、ペプチドホルモンであるインスリンは、一般的な薬のように口から摂取すると胃で消化・分解されてしまいます。そのため、適切な量のインスリンを投与するには、注射によって直接血管内に投入しなければなりません。

一部の1型糖尿病患者のコミュニティは、インスリンの投与装置や常に自身の血糖値を監視できる装置を利用したウェアラブルデバイスを自作しています。しかし、初期のデバイスは、自身の血糖値の変動に応じて食事や運動を予測してから、適切なインスリン投与量を自身で計算する必要がありました。そのため、コミュニティは血糖値のデータを分析し、自動で適切な量のインスリンを投与できるアルゴリズムが開発されることを望んでいました。

2015年2月に、コミュニティメンバーのデイナ・ルイス氏らは自動的にインスリンを投与するアルゴリズム「OpenAPS」のコードを共有し、テストを開始。OpenAPSには数多くの1型糖尿病患者からのフィードバックが集まりました。

OpenAPSの公開を機に、自動インスリン投与(AID)に関するオープンソースのアルゴリズムが数多く開発・公開されています。シャリテ・ベルリン大学のカタリナ・ブラウン氏によると、記事作成時点で約3万人の1型糖尿病患者がAIDにオープンソースのアルゴリズムを使用しているとのこと。使用されるアルゴリズムにはOpenAPSのほか、ルイス氏らのアルゴリズムを発展させた「AndroidAPS」や、スマートフォンアプリ「Tidepool Loop」などが用いられています。



2023年1月にはアメリカ食品医薬品局(FDA)が、オープンソースアルゴリズムに基づくAIDシステム「Tidepool Loop」に対して初めて認可を与えました。

しかし、オープンソースアルゴリズムに基づいたAIDシステムはこれまでに何度も安全性が確認されているにもかかわらず、インスリンの投与を担う自作デバイスの分野は発展を遂げていません。要因としては、バラバラの企業が開発した血糖値モニターやインスリン投与用のポンプに対する互換性が要求され、各種メーカー間の協力関係が求められるからです。



一方で、AID関連のデバイスメーカーはサードパーティに技術提供を行うことに慎重な姿勢を見せています。カリフォルニア州のポンプメーカー「Tandem」は、「アルゴリズムがインスリン投与用のポンプではなく、スマートフォンアプリで実行されている場合、スマートフォンの故障や接続の問題が治療のリスクになる可能性があります」と述べています。また、イギリスの医療技術企業「Medtronic」はオープンソースアルゴリズムとの相互運用が可能なデバイスの設計や開発を断念し、独自システムの設計を優先することを決定しました。

そんな中、オタゴ大学の研究チームはオープンソースのインスリン投与用ポンプの臨床試験に成功。今後の目標として研究チームは、資格を持ったメーカーに今回のポンプの設計計画を無償で提供して、商用AIDシステムメーカーの数分の一のコストでポンプの製造を行うことを挙げています。



商用AIDシステムと異なり、オープンソースで開発が進むアルゴリズムは常にコミュニティからの新たなアイデアやイノベーションがもたらされます。キングス・カレッジ・ロンドンのスフヤン・フセイン氏は「オープンソースのAIDシステムに比べて、商用のAIDシステムには高度な機能が搭載されていません」と指摘しています。オープンソースアルゴリズムでは、完全に自動で血糖値のモニタリングを行い、適切な量のインスリンが投与されます。一方商用のAIDシステムは適切なインスリン量の調整のために「食べた食事」などを手動で入力する必要があるとのこと。さらに、一部のオープンソースアルゴリズムでは、患者の食事やアドレナリン量、ストレス、興奮の度合にかかわらず、適切なインスリン量を自動で調整して投与することも可能です。

スタンフォード大学のライハン・ラル氏は「一部の患者はオープンソースで開発された自身のAIDデバイスを調整したいと考えている一方で、別の患者は商用AIDメーカーのサポートやシンプルさを求めている場合もあります。重要なのは、患者個人が自分にとって最適なAIDシステムを見つけることです」と述べています。