〈元防衛大生が明かす〉「自分は障がい児にちなんだ“ガイジ”と呼ばれていました」。退校を余儀なくされた元防大生が実際にそう呼ばれた「上級生のカップラーメン」事件

2023年6月30日に防衛大学校の等松春夫教授が衝撃的な論考を発表した。有識者によるさまざまな見解が飛び交う中、集英社オンラインではコロナ禍中を含む國分前学校長期、現在の久保学校長期に防衛大学校を退校した3人の元学生に取材した。(前後編の前編)

波紋を呼ぶ防大教授の告発

6月30日に、防衛大学校の等松春夫教授が公表した論考『危機に瀕する防衛大学校の教育』と当サイトに掲載されたインタビューは、アカデミアからマスコミ、そして政界にまで大きな反響を呼んでいる。

防大の現状を実名で告発した等松春夫教授

論考を読んだ『東京新聞』の望月衣塑子氏は『ゼロベースで考える』べきだと主張した。

〈こんな状況で、自衛隊がまともに機能するとは期待できない。問題があるなら、まずは立ち止まり、ゼロベースで考えることが大切ではないのか。戦争への道は、その資格のない人たちに武器を与え、予算を与えることから始まる。今の自衛隊には、増えた予算や武器を扱う能力など、到底、備わっていないのではないかと思う〉(望月氏)記事リンク

他方、防衛研究所や陸上自衛隊幹部学校で講師を歴任した大木毅氏は『国家の機能は一瞬たりとも機能不全におちいることを許されない』として、等松論考を『防衛力整備の中止』につなげようとする左派をたしなめ、同時に右派も批判した。

〈防大、また諸幹部学校などの現状改善は、もとより喫緊の急務である。しかし、自衛隊の存在意義とそれに基づく規範の確定がなければ、問題の根絶は期待できまい。それなくしては、等松論考に述べられたような事態が、時と場所、かたちを変えて、再発することになろう〉(大木氏)記事リンク

大木氏は、問題の根源は『憲法と自衛隊をめぐる深刻な問題』にあると指摘したのである。

こうした論争は、浜田靖一防衛大臣による言及【1】を経て、「朝日新聞」(7月24日付)や「産経新聞」(7月27日付)まで報じるに至り、こうした流れは現在も続いている。

防大学校長による異例の反論

取材に応じた石破茂・元防衛大臣は「等松論考を一過性だと過小評価してはならない」とした上で、憲法改正の必要性を口にした。

〈日本国憲法9条2項は「陸空海軍その他の戦力は、これを保持しない」と定めており、そのため、自衛隊はここでいう「戦力」にはあたらない、すなわち「軍隊」ではない、という解釈をずっと続けてきました。

では何なのかと言えば、それは「自衛のために必要最小限の実力組織」である、としているのです。私がここまで「国際法上は『軍隊』にあたる」と言ってきたのは、裏を返せば国内法上は「軍隊」とは認めていないからです。我が国の独立と主権を守るための組織をこんな不明瞭な法的地位に置いたままにするまやかしは、もうやめるべきです〉(石破氏)記事リンク

あまりに大きな社会的反響に驚いたのか、7月14日には、防衛大学校が久保文明学校長の名前で『本校教官の意見発表に対する防衛大学校長所感』を公表するに至った。この文書の基本的な姿勢は、等松論考への“反論”である【2】

防衛大学校のホームページに所感を掲載した久保文明学校長 写真:Stanislav Kogikuアフロ

〈等松教授のご議論は、すでに実施されている多数の新しい試みに目を塞ぎ、古い事例でもって本校の現在を一方的・一面的に規定しようとしている点で、大筋で的外れでないかと感ずる次第です〉防衛大学校長所感(防衛大学校ホームページ掲載)より

また〈具体的あるいは建設的な提言がない点も残念です〉(同前)とも書かれているが、はたして、これらの指摘は的を射ているのだろうか。

集英社オンライン編集部は、等松教授がもっとも厳しく批判した國分良成・前学校長(2012~2021)期、そして久保文明・学校長(2021~現在)期に、防大を退校した3人の元学生に話を聞く機会を得た【3】。等松論考で語られている通り、防大を退校した3人は、いずれも関東、関西の名門大学に入学していた。

「ガイジ」と呼ばれた元防大生

「もう思い出したくないですが、自分はガイジと呼ばれていました」

そう話すのは、久保体制下で退校を余儀なくされた山本さん(仮名)だ。ガイジとは、「障がい児」から派生した言葉で、差別語に等しいスラングである。等松論考の公表後、編集部の取材に応じた防大の現役教官もこう証言している。

〈防大の学生舎で営まれている8人単位の共同生活において「できない」とされた学生に対して、「あいつ、ガイジだよなあ」などと陰でささやくのみならず、本人に対しても「お前は、ガイジなんだから」などと直接呼びかける。

特に問題なのは、これが不適切な差別を助長する語だという意識をもたない学生が多くいることです。1年時に〈ガイジ〉と呼ばれ、憤慨していた学生が上級生になると、同じ呼称を下級生に使うという事態が繰り返されています。

おまけに、学内で〈ガイジ〉の問題性を指摘すると「いい意味もある」と反論する者までいます。要するに「普通でない才能をもつ者」という意味で使われることがあるというのです。この詭弁は学生だけでなく、指導官(幹部自衛官)などからも聞いたことがあります〉(現役教官)

記事リンク

防衛大学校の入学式 写真:Stanislav Kogikuアフロ

等松教授のインタビューや現役教官によるこうした証言を掲載するにあたって、編集部は防衛大学校に取材をおこなったが、防大や久保学校長の弁明は、上述の『ガイジ』や、防大に補職される自衛官教官の適格性に言及した『咎人』【4】、あるいは『商業右翼』【4】といった核心的な問題をすべて避け、学生舎における学生たちの生活状況が「すでに改善されている」と主張するのみであった。

上級生のカップラーメン

久保体制下で退校した山本さんは、実際に「ガイジと呼ばれていた」という。この「ガイジ」という言葉を問う編集部の質問に対して、防大が出した回答はなんとも曖昧だった。

〈インターネットを中心に、若者の間でそのような差別的な言葉が使用されることがあると承知しております〉

「防衛大現役教官が訴える学内の問題」より

学内で使われているかどうか、実態を把握しているかどうかの質問にはまともに答えず、あくまで仮定として〈そのような言葉が使用された場合には、きちんと教育しております〉と主張している。〈きちんと教育しております〉というが、具体的に何をどう教育しているのかは不明である。

「ガイジという言葉は、本当に“普通”に使われているので、(学校が)把握していないわけはないと思います。そう呼ばれるのは、自分も含めてあまり気が利かなかったり、おとなしい学生が多かった。たとえば、3学年がカップラーメンにお湯を入れ、3分経つのを待っている。そのときに、サッと割りばしを持っていかない、とか」

等松教授のインタビューや論考に対して、WEB上で「文官教官は、軍人を養成するということが分かっていない」と嘲笑していた方々は、カップラーメンの茹で上がりを待つ間に割りばしを持っていくことが、軍人の基礎だと言うのだろうか。

後編へつづく

【1】7月21日の記者会見で「不断の改善を図っていくことが重要だ」と発言。

【2】編集部による一連の取材に携わった関係者の多くは、この文書を「久保学校長自身が著した」とは見做しておらず、久保学校長がその立場上、承認せざるを得なかった「内局の作文」だと考えている。

【3】編集部は当該の退校者に面会し、身分確認をおこなった。匿名での情報提供が条件とされたため、個人特定につながる情報を一部変更した。

【4】集英社オンライン【防衛大現役教授が実名告発】自殺未遂、脱走、不審火、新入生をカモにした賭博事件…改革急務の危機に瀕する防衛大学校の歪んだ教育


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