(C)松本零士/零時社・東映アニメーション

写真拡大

4月10日(日)19時よりBS12トゥエルビ『日曜アニメ劇場』にて、アニメーション映画『さよなら銀河鉄道999-アンドロメダ終着駅-』が放送される。
1979年に公開されて一大ブームを巻き起こした前作『劇場版 銀河鉄道999』の続編として、2年後の1981年に公開された本作。
少年の旅立ちを描いた爽やかな青春ドラマだった前作からさらに一歩踏み込み、主人公・鉄郎の ”少年期の終わり” を描いた少しほろ苦く、そして、力強い骨太の映画だ。

メーテルとの旅を終えて地球に帰ってから2年後。
鉄郎は機械化人に抗するパルチザンに身を投じ、わずかに生き残った人間たちと共に戦い続けていた。
そんなある日、鉄郎のもとにメッセージが届く。
私はメーテル……鉄郎、999に乗りなさい。
ふたたび999に乗り込む鉄郎。
最初に辿り着いた停車駅・ラーメタル星は、メーテルの生まれ故郷だった。
そこで鉄郎は信じられない噂を聞くことになるーーメーテルが機械化帝国の女王・プロメシュームの跡を継いだ、と。
やがてくるメーテルとの再会の時、そして明らかになる ”謎” の数々……。
最後の目的地・大惑星雲アンドロメダで鉄郎が知る真実とは?
旅の終わりに待つものとは?

>>>【画像】再び999で旅する鉄郎とメーテルの姿ほか本編の場面カット(写真7点)

前作『劇場版 銀河鉄道999』で鉄郎は、己の信念を貫き力強く生きる人々と出会った。
アンタレス、ハーロック、エメラルダス、トチローたちの生き様を目にして、鉄郎もまた自分の道を歩き始めた。
そして今作『さよなら銀河鉄道999』で鉄郎が出会うのは、”悲劇” そして ”現実” 。
それは、彼が立ち向かわなければいけない ”世界” だ。
世界は理不尽に満ちている。
時に、貫こうとした意志は踏みにじられる。
優しいだけではない世界を知り、それでもなお自分の道を歩み続けることができるのかーーつまり、二度目の999号での旅は鉄郎にとって、大人になるための通過儀礼なのだ。

(C)松本零士/零時社・東映アニメーション

★鉄郎が経験する二つの出会い★

『さよなら銀河鉄道999』で鉄郎は、二つの重要な出会いを経験する。
ひとつは、ラーメタル星でのミャウダーという若者との出会い。
ラーメタルでレジスタンス活動をするミャウダーは、鉄郎と深い友情を結ぶことになる。
鉄郎にとってミャウダーははじめての同年代の仲間で、同じ目線を共有できる貴重な友人。
対等な立場で肩を組むことができる、かけがえのない ”同志” だ。
だが、その出会いの先には、ある悲劇が待っている。
そこで鉄郎が知る悲しみは、幼い頃の母親との別離とはまた異質の、深い喪失感と絶望感、そして抑えようのない怒り。

もうひとつの出会いは、黒騎士ファウストとの対決だ。
プロメシュームの側近として、鉄郎の前に立ちはだかる黒騎士ファウスト。
彼との対決は、鉄郎にとって決して避けることのできない ”運命” である。
黒騎士ファウストが背負う過去、彼が鉄郎と戦う理由、そして対決の先に待つ結末……そこには、それぞれの信念に従い生きる人々の思いが複雑に交錯している。
黒騎士と鉄郎の戦いがなぜ ”運命” なのか。
その ”真実” には、この旅が鉄郎にとっての ”通過儀礼” であることの意味も隠されているので、ぜひ本編を観て確かめてほしい。

ラストシーンは寂しさの中に前向きな感動が感じられた前作とは対照的で、切なさがストレートに胸に刺さってくる。
その切なさは、鉄郎の少年時代が幕を閉じようとしている瞬間の切なさだろう。
映画を締め括るエンディングテーマ『SAYONARA』は、前作の主題歌(ゴダイゴ『銀河鉄道999』)の存在感のおかげで印象が薄れがちだが、実はアニメ主題歌史に残る隠れた名曲だ。
シンプルな言葉で綴られたその歌詞はおそらく、大人になっていく鉄郎を見つめる、メーテルの心情を表現している。
全編英語の歌詞だが、その邦訳は字幕で流れるので、ぜひしっかりと噛みしめてほしい。
そして「さよなら」という言葉の意味に、思いを馳せてみてほしい。

(C)松本零士/零時社・東映アニメーション