次世代のクリーンエネルギーとして「水素」が注目を集めることが多い。元静岡大学教員の松田智氏は「水素は製造過程でかなりのエネルギーをロスしており、二酸化炭素も生成される。燃やしても二酸化炭素が出ないといって喜ぶのは本末転倒だ」という――。

※本稿は、松田智ほか『SDGsの不都合な真実』(宝島社)の一部を再編集したものです。

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■マスコミは水素の問題点に触れない

最近よく目にするテレビCMに、大手石油会社の「ゴリラに水素(H2)の効用を教える」ものがある。いわく「水素は燃やしても二酸化炭素(CO2)を出さない、クリーンなエネルギーなのよ」、と。

他にも新聞雑誌等で「CO2を排出しない次世代のエネルギーとして期待される水素」「水素は脱炭素の切り札」等の言葉が躍り、今回の東京五輪では水素で動く燃料電池バスが選手役員等を運んだ(聖火の燃料も水素だと宣伝していた)。最近示された政府の計画でも、将来的に火力発電の1割を水素とアンモニアの燃焼で賄うとなっている。

水素の利点として、’海笋靴討CO2を出さない、△い蹐鵑覆發里ら作ることができる(原料の多様性)、C蔵が効く、の3点が主に挙げられる。このこと自体は、そのとおりである。ウソはない。

しかし、これらは物事の一面にすぎない。水素は本当に「脱炭素社会構築の切り札」なのだろうか? 実は、これから述べるように、水素には克服すべき問題点が山積している。にもかかわらず、水素礼賛マスコミ記事の大半は、水素が抱えている問題点にほとんど触れていないのである。

■一次エネルギーと二次エネルギー

まず最初に、エネルギー問題を考えるうえで必須の基礎知識に触れたい。

それは、エネルギーには一次と二次(またはそれ以上)の2種類があり、まったく違うものであるということ。一次エネルギーは大別して3種類あり、化石燃料(石油・石炭・天然ガスなど)と原子力、それに自然エネルギー(水力・風力・太陽光・地熱その他)である。これらは直接的なエネルギー「源」である。エネルギーの統計を見ても、供給源としては、この3種類しか出てこない。なお、現在の日本では、一次エネルギー供給量の9割近くが化石燃料であることは押さえておこう。

これに対し二次エネルギーは、一次エネルギーを加工して得られるもので、具体的には電力、石油製品(ガソリン、軽油、灯油など)、都市ガス(天然ガスまたは石炭から製造)などである。水素もこの部類に属する。

これらはすべて天然資源としては産出されず、一次エネルギーを原料として生産される「工業製品」に近い。すなわち、「一次」はエネルギー「源」であるのに対し、二次以下は「媒体(運び屋)」である点が、根本的に違う。

水素は二次エネルギーであり、決してエネルギー「源」ではないことを、最初に確認しておきたい。実は多くのマスコミ記事で、この区別ができておらず、水素をあたかもエネルギー「源」であるかのように扱うものが多数見られるが、完全なる誤解である。この区別もつかないような執筆者・論者には、エネルギー問題を議論する資格はない。

■水素を何から得るのか?

その1:水蒸気改質による方法

水素は二次エネルギーなので、「何からどのようにして得るのか?」は常に本質的に重要な問題である。電力がさまざまな方法で得られるのと同様、水素も種々の方法で入手できる。

たしかに、水素はいろんなものから作ることができる(原料の多様性)。しかし現実的な選択肢としては、天然ガス(の中のメタン:炭化水素)か水(電気分解か熱分解)しかない。実際、政府の水素供給計画でも、この2種類だけが検討の対象になっている。

現在、最も安価に水素を得る方法は、天然ガス中のメタン(CH4、一般には炭化水素。石油・石炭などでも可能)を「水蒸気改質」という方法で処理するものである。化学が苦手な方は読み飛ばしても構わないが、参考までにメタンの水蒸気改質を化学反応式で書くと以下のようになる。

CH4+H2O→3H2+CO(1)
CO+H2O→H2+CO2(2)
+)CH4+2H2O→4H2+CO2(3)

これらの化学式が何を表すかというと、メタン(CH4)から水素(H2)を得る反応は(1)と(2)の2種類があり、足すと結果的に式(3)になる。すなわち1分子のメタンと2分子の水が反応し、4分子の水素と1分子のCO2が生成する。メタンを燃やした場合にも、炭素(C)はCO2に変わる。つまり、メタンを水蒸気改質して水素を製造するときには、メタンを燃やしたときと同じ量のCO2が生成する。

この例に限らず、メタンその他の炭化水素やバイオマス(木材・下水汚泥等の生物資源)など、炭素を含む物質から水素を製造する場合、含まれる炭素はほぼ必ずCO2として排出される。その理由は、炭化水素やバイオマスを形成している炭素(C)−水素(H)結合をブチ切らないと水素(H2)が作ることができないため、炭素(C)を何か強い酸化力で引きつけないといけないからである(その酸化剤は通常、酸素(O)が一般的。だから結果的に必ずCO2が出てくる)。

最近マスコミ等でよく取り上げられる、豪州からの褐炭水素、UAEからの天然ガス水素、または牛糞や下水汚泥からの水素等も全部同じだ。これらはすべて、結局はメタンガスを作り、それを水蒸気改質して水素を得ているので、原理的に同じ方式であり、製造段階でメタンを燃やすのと同量のCO2が排出されるプロセスである。

もともと水蒸気改質は、アンモニアなどの化学原料を得るための水素製造用に開発されたのであり、エネルギー媒体製造が目的ではなかった。実際、前記(1)式は吸熱反応(エネルギーを加えないと進まない反応)であり、かつ1000℃近い高温で反応させるため、たくさんの熱エネルギーが必要で、計算すると製造される水素の保有エネルギーの約半分は、製造時に消費されてしまうことがわかる(それだけCO2を排出してしまう)。つまり、元の天然ガスのエネルギーが約半分に目減りする。

製造時にCO2が発生すると「脱炭素社会」の構築には役立たないということで、発生したCO2を回収・圧縮して海底や地中深く埋めてしまうCCS(Carbon Capture and Storage)を適用することになっているが、CCSにはコストがかかり、エネルギーを消費するので、さらにCO2排出が増えることになる。本末転倒の極みである。

CCSも「脱炭素の切り札」などとマスコミでもてはやされているが、現実には、大口発生源の火力発電所でさえも実現していない。発電単価の上昇が避けられないからである。

なおマスコミ等では、天然ガスからの水素は製造時にCO2を出すので「ブラック(またはブルー)」水素、CCSを適用した場合は効率が下がるので「グレー」水素と呼び、水から作った「グリーン」水素と区別している。むろん、この色分けが後者になるほど評価は上がるのであるが……。

その2:水を分解して水素を得る方法

最近、「グリーン水素」などともてはやされている水素がある。

これは水(H2O)を原料として水素を製造するため、製造過程でCO2が発生しない水素を指す。その方法は主に水の電気分解であり、中学程度の化学知識でも理解可能である。電気分解以外の方法としては、高温を用いる熱分解と、太陽光と触媒を用いて光分解する方法があるが、効率その他の問題があり、事実上は電気分解のみである。

たしかに水の電気分解で水素は作ることができる。しかし、電力は二次エネルギーであるから、これを用いて作る水素は「三次」エネルギーになる。作る過程で必ず目減りするので、必ず元の電力より高いエネルギーになってしまう。CO2が出ないからといって、喜んでばかりもいられない。

とくに、水素を最も効率的に使う方法は燃料電池を用いることであるが、その産物は電力である。つまり、元の電力を再生可能エネルギー(再エネ)から得るとしても、図式的に表すと、

再エネ電力→水素→燃料電池→電力となり、→の1段階ごとに目減りするので、これは電力の無駄遣いでしかないことがわかるだろう。

言うまでもなく、元の電力をそのまま使うのが最も効率的である。また、水の電気分解で水素を製造すると高くつくので、商業ベースで実用された例はない(石油会社などがCMで宣伝している水素は、全部、天然ガス由来)。

現実的な効率を考えると、水の電気分解(=水素の発生)と燃料電池による発電(=水素の消費)の各段階の実用的効率は60%程度なので、この2段階を経るとエネルギー効率は0.6×0.6=0.36、つまり36%に落ちてしまう。

水素の利点としてC蔵が効く、を挙げたが、実際には水素を経由すると電力が64%も減ってしまう。蓄えたら64%も電力が減る蓄電池を使う人が、どこにいるだろうか? 電力貯蔵法としても、水素に利点はほとんどない。ムダの典型といわれる揚水発電でさえ、ロスは30%程度で済んでいるのである(水素の64%ロスよりよほどマシ)。

なお、水を原料とする水素製造法は、1970年代の石油危機以降、さまざまなものが考案されたが、反応速度や効率の面で実用化されたものはない。

太陽光を用いて水を分解するのは、人工光合成の第一段階だが、同じ太陽光から電力を得るのなら、太陽光→水素→燃料電池→電力のルートよりも、直接的に太陽電池を用いて太陽光↓電力のルートが効率的にもコスト的にも断然有利である。高温ガス炉という原子炉を用いる方法もあるが、これも水素を経由するより直接発電するほうが効率的である(高温ガス炉は現在使われている軽水炉より高くつくので、電力会社には好まれていないが、水素製造が可能との観点から見直す動きもある)。

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■水素を使って何をするのか?

その1:発電する

前述でも触れたが、水素を最も効率的に使う方法は、燃料電池を使って電力生産に使うことである。

その効率は約60%にも達するので、燃やして燃料にする場合の最高効率42%程度よりずっと高い。しかし、燃料電池には設備コストがかかる。燃料電池にはいくつかの方式が考案されているが、いずれにせよ正極・負極・電解質からなる「セル」を多数重ね合わせる複雑な構造であって、また発電効率の高いものほど高温を必要とする傾向があり、ものによっては1000℃近い高温になる。

そのため生成物は液体の水ではなく、水蒸気または熱水である。大規模発電所を燃料電池で作ろうとすると、設備費の制約が大きくなる。実際、1980年代から水素と燃料電池を使って大規模発電所を作る構想は何度も検討されてきた。しかし実際には、設備費その他の制約があって実現しなかった。

もっと手っ取り早く水素を使うには、現有の火力発電設備の燃料に水素を混入させる方法がある。

マスコミの宣伝では、これにより火力発電からのCO2排出量が減るから環境にやさしいとされているが、その水素は何から来ているのか? 先にも述べたが、天然ガスから水蒸気改質で水素を作ると、保有エネルギー量が半分になり、出るCO2は燃やす場合と同じなので、それならば元の天然ガスを燃やすほうが断然トクである。

水の電気分解で作ると、先述したように、電力→水素→(燃料電池or燃焼)→電力となって、単なる電力の無駄遣いになってしまう。要するに、水素を燃やして発電燃料に使うのは、何重にもエネルギーを無駄遣いすることなのである。

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その2:燃料を作る

もう一つの水素利用ルートは、燃料を作ることである。

最も有名なのは、CO2に水素(H2)をくっつけてメタン(CH4)を作る「メタネーション」である。メタンは気体だが、もっと炭素(C)を多くすると炭化水素(Cm Hn)液体燃料ができる(注:m、nは自然数)。欧米で注目されている「e-Fuel」などがその例である。

また、空中窒素と水素を反応させてアンモニア(NH3)を作る方法もある。これらはいずれも、化学的には元の物質(CO2やN2)に水素H2)をくっつける反応(還元)なので、外からエネルギーを加えないと反応が進まない。人工的なアンモニア合成法として、工業的にはハーバー・ボッシュ法という高温高圧プロセス(数百℃・数百気圧が必要)が使われており、できたアンモニアの保有エネルギーは、原料の水素の約半分に目減りしている。

メタネーションなどは、CO2から燃料が作れる「夢の燃料製造」との触れ込みでマスコミは囃し立てているが、先述からもわかるとおり、実質は水素(H2)の消費であり、その水素を天然ガス(メタンが主成分)から作るのでは水素を消費して元のメタンに戻るだけであるし、電気分解で作った水素を使うのは、電力の無駄遣いでしかない。本当に、何をやっているのか訳がわからない。

■水素を原料として燃やすのはもったいない

また燃料であるから、結局は燃やして使うのであり、熱機関(熱を動力に換える機関。エンジンや蒸気機関など)の効率は一般に低いことも忘れてはいけない。電気モーターは、電力→動力の効率が90%台であり、燃料電池は水素→電力の効率が約60%であるのに対し、自動車エンジンの効率は10〜20%以下、最新鋭の大型火力発電でも42%程度である。

水素を原料とした燃料を燃やすのは、いずれにせよエネルギー損失が大きく、もったいない方法といえる。CO2が出ない燃料といって喜ぶのは早すぎる。これからは、エネルギー効率の高い手段を選ぶべきである。

水素を燃やすのがもったいないならば、その水素を原料として大量のエネルギーを使って合成したアンモニアを燃やすのが、さらにもったいないことは明らかである。こうなるともはや、正気の沙汰とは思えない。CO2を出さないことしか眼中にないから、そうなるのだが。

■環境に優しいはずが温室効果ガスを生成する皮肉

さらに、アンモニアを燃やしたら、厄介な窒素酸化物(NOx)が発生する。

松田智ほか『SDGsの不都合な真実』(宝島社)

NOxは酸性雨、オゾン層破壊、光化学スモッグ、PM2.5などの原因物質であり(N2Oは温室効果ガスでもある)、大気汚染物質の中でも最も被害の影響範囲が大きく、かつ処理の難しい物質である。CO2を出さない代わりにNOxを出す……こんな本末転倒があるだろうか?(NOx自体は直接的な温室効果を持たないが、各種化学反応によって温室効果ガスを生成するので間接的温室効果ガスと呼ばれる)

ちなみに、ゴミ焼却施設や火力発電所のNOx排出抑制には、アンモニアが使われている(脱硝設備)。窒素酸化物(NOx)を処理するために大気中窒素からアンモニアを作り、それを消費する。その処理過程で窒素(N2)は大気に戻り、正味で消費されるのは水素である。何と皮肉な巡り合わせであることか。

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松田 智(まつだ・さとし)
元静岡大学教員
2020年3月まで静岡大学工学部勤務、同月定年退官。専門は化学環境工学。主な研究分野は、応用微生物工学(生ゴミ処理など)、バイオマスなど再生可能エネルギー利用関連および環境政策。
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(元静岡大学教員 松田 智)