●日本を変える大きな転換点を新たな描き方で表現

大河ドラマ青天を衝け』(NHK総合 毎週日曜20:00〜ほか)の主人公・渋沢栄一(吉沢亮)は2024年に発行される新札のアイコンになる人物。第9回「栄一と桜田門外の変」(脚本:大森美香 演出:村橋直樹)ではかつて500円札のアイコンになった岩倉具視(山内圭哉)も登場して、お札の人が2人も! とテンションが上がった視聴者もいるのではないだろうか。今後、津田梅子や北里柴三郎や、樋口一葉、夏目漱石、福澤諭吉、岩倉具視、高橋是清、板垣退助、伊藤博文、新渡戸稲造など続々お札の顔になった人たちが出てくることを期待する。そう思うと江戸末期から明治期はお札の顔になった人を多く輩出している。

大河ドラマ『青天を衝け』第9回の場面写真

前置きはこれくらいにして、第9回のハイライトは歴史的大事件「桜田門外の変」であった。「本能寺の変」ほどではないものの大河ドラマでは頻繁に描かれ、サブタイトルにもなるほどのわりとおなじみの出来事である。そもそも大河ドラマ第1作『花の生涯』(1963年)は井伊直弼が主役なのだから大河と桜田門外の変の縁は深いと言っていいだろう。1860年3月3日、しんしんと降る雪の中、籠に乗って屋敷から江戸城に向かう途中、尊皇攘夷の思想を掲げる水戸の浪士たちに直弼が斬られる。雪の静けさと銃声と剣を交えた戦いの激しさと雪の白と血の赤の対比が画になることもあり演出家の腕の見せどころとなる一場である。

いくつか過去の大河の桜田門外の変を振り返りながら、『青天を衝け』の特性に迫ってみよう。直近では『西郷どん』(2018年 直弼役は佐野史郎)、第20回。それは“超高速桜田門外の変”とSNSで話題になるほどの新機軸で表現された。対して『西郷どん』と同じく西郷隆盛が主役の『翔ぶが如く』(1990年 直弼役は神山繁)では第14回の中盤の見せ場になっていた。薩摩藩士が「チェスト!」と叫んで活躍する。同じ桜田門外の変でも描き方はいろいろで、『青天を衝け』では最後のひと太刀は「きえええい」だった。

同じく薩摩視点の『篤姫』(2008年 直弼役は中村梅雀)では、第32回が桜田門外の変。篤姫(宮崎あおい)とひな祭りの情景と雪の殺戮シーンの対比が美しくも禍々しかった。すでに5年前に己の戒名をつけていた直弼は死を覚悟しているかのようなところもドラマティック。死の間際、14代将軍・家茂(松田翔太)の後見人となった篤姫と直弼は各々の考え方を語り合い、異なる考えをもつ者同士でも話し合いの可能性が芽生えたところで無念にも摘まれてしまうのだった。

『青天を衝け』では斉昭(竹中直人)が水戸屋敷で子どもたちと庭遊びする姿と、直弼が最後につくった狂言と雪の桜田門外とが交互に映され、めくるめく悲劇の名場面としてSNSで話題の的になった。過去作と違うのはそこに至るまでの直弼(岸谷五朗)がじつに頼りない人物として描かれていたことだ。政治よりも茶や能が好きな人物でたまたま大老になってしまい、図らずも慶喜(草なぎ剛)と敵対する側となる。慶喜を隠居謹慎に処し、開国を反対し天皇を敬う「尊皇攘夷」派からは「赤鬼」と悪者扱いされた直弼は、長く徳川家につかえてきた矜持をもって「憎まれごとはこの直弼が甘んじて引き受けましょう」と家茂(磯村勇斗)に言うのである。やがて浪士に斬られる局面では、ある種の覚悟を決めた凛とした姿を見せる。

「日の本は……」とつぶやき余韻を残し果てる直弼。そこに主題曲がかかることで、この場面こそ後(のち)の日本を変える大きな転換点であることが強調される。タイトルバックの栄一を巻き込んでいく大きな波のような風のようなうねりが雪のなかに見えるようだった。

事件を聞いた斉昭(竹中直人)は「(水戸は)敵(かたき)持ちになってしまった」と案じる。そこにはたとえどんなに気高い志があったにしても、相手を殺してしまっていいものであろうかという問いかけがある。

●血気にはやるインテリ農民、斉昭の死と慶喜の涙

そのあとに血洗島。まだそのうねりの中心に自分が入っていくとはまだ思ってもいない栄一(吉沢亮)の純粋無垢な表情へと場面は移る。血洗島の面々は尊皇攘夷派の活躍に湧いている。気持ちの盛り上がった喜作(高良健吾)はかぼちゃを首に見立てて鍬を立てる。そんな男たちの様子を少し心配そうに見る千代(橋本愛)。そして血気にはやるインテリ農民たちのなかにいながら栄一だけは少しだけ盛り上がりきれていないように見える。『青天を衝け』で注目すべきは、ここである。

折り合いをつけながら激務に向き合う直弼、強引に見えて、敵を作ってしまったことを気にする斉昭、尊皇攘夷の気運のなかふと考える栄一……誰もが少しずつ揺れている。誰ひとり正解をもっていない。より良い世の中をどうしたら作ることができるか、迷いながら先に進んでいく。その姿はまるでタイトルバックの墨の滲んだような軌跡のようだ。ちりちりと揺れる人生の道筋にこそ魅力があるように感じる。

例えば、「案ずるべきはこの水戸ぞ」と言う斉昭。彼が亡くなる直前、妻・吉子(原日出子)に「ありがとう」と口づけをしたこともSNSを沸かせた。この時代に日本にも口づけは存在していたとされるが、欧米のように挨拶のようにカジュアルに用いられてはいないはずで、別れ際にすることは欧米的と考えられる。開国をあんなに反対し強引過ぎるほどだった斉昭が欧米的な別れの挨拶を行うこと、妻への愛をあったことを示すことが極めて興味深く、斉昭の人物として深みがいっそう増したように感じる。さすが竹中直人。

斉昭が亡くなるとき、少年時代の慶喜に教えた健康の秘訣のひとつ、体を湿らせず乾いていることが大事であることを口にする。慶喜は、平岡円四郎(堤真一)が甲府へ勤番となり別れの挨拶をしに来たとき、この父からの教えを伝授した。慶喜は成長してもなお父の教えを守り続けてきたのであろう。のちに、謹慎の身では父の死に目にも会えない、なんという親不孝者だとさめざめと泣く想いは、この斉昭と慶喜固有の健康の秘訣の記憶があるからこそ一層際立つ。

ひげぼうぼうで諦めきった表情を浮かべている慶喜に、美賀君(川栄李奈)は「かようなお年で謹慎とは」と怒り、仕えていた円四郎を責める。「かようなお年」とは何歳かといえばーー。1837年生まれで、桜田門外の変は1860年だから、23歳。現代ならこれから社会に出る年頃。それが謹慎とは確かに切ない。でも慶喜もまだ先の展開が待っている。謹慎した部屋が完全に闇ではなく隙間から光が溢れていることにすこしだけ希望を感じた。(C)NHK