2018年も残すところあとわずか。

 これまでW杯を長く取材してきたものにとって2018は、特別な感覚を抱かせる年である。4年に1度の周期が感覚的に染みついているので、今年が終わることは、次の4年に向かうことを意味する。いまは、節目に当たる瞬間に立たされている状態だ。ロシアW杯の話をせずに、次に進むことはできないのである。

 先日、NHKスペシャルでも放送されていた「ロストフの14秒」は、ロシアW杯の中で最も印象深いシーンかもしれない。

 日本サッカー界に起きた悲劇的なシーンとして想起されるのは「ドーハの悲劇」だ。日本対イラク。94年アメリカW杯アジア予選最終戦であるが、こちらが起きた舞台は予選だった。本大会出場はその時、日本サッカー界にとってはまさに悲願で、その夢が直前で奪われたことはまさに悲劇に値したが、それはレベルの低い、いわばB級のホラーだった。

 対するロストフの14秒は、勝てば次戦はベスト8。話はA級だ。しかし、悲劇という感じではなかった。日本の善戦健闘を讃えたくなる試合でもあったのだ。

 なぜ、日本は善戦健闘できたのか。そちらに目を向けることも大切だと思う。第2戦で引き分けたセネガル戦(2-2)との一戦も、勝つことはできなかったが、相手の顔ぶれを見れば、善戦と言えた。よく引き分けることができたと讃えたくなった。フェアプレーポイントで物議を醸したポーランド戦も結果は0-1だが、日本のスタメンを考えれば、善戦の部類に入る。

 セネガル、ベルギー。そしてポーランドに共通して言えることは、身体がデカいということだ。セネガルの平均身長は183.9センチで、ベルギーの平均身長は185.3センチ。ポーランド183.2センチだ。177.8センチの日本を大きく上回っている。

 もちろん3戦とも、現地で観戦しているが、両軍が相まみえる攻防をスタンドから直に見下ろすと、いまにもやられそうな危険なムードを感じたものだ。

 日本に近かったのはコロンビア(180.3センチ)。開始早々に得たPK&赤紙判定というラッキーにも恵まれ、最大の難敵に勝利を収めることができた日本だが、してやったりという感じではなかった。番狂わせには違いないが、痛快な感じはしなかった。

 大型選手と対峙した方が日本のよさはよく表れていた。小さいが故の魅力を発揮できていた。従来、ハンディだと考えられていた小ささが、逆に長所になることを実感させられた大会だった。

 ロストフの14秒は、善戦した証であり、希望の光でもあるのだ。

 しかし、ロシアW杯と言われたとき、この14秒に端を発する日本代表話が最も印象深い話になるかといわれるとノーだ。ロストフの14秒は忘れることのできない瞬間だが、そこが強調されすぎると、人間の記憶はロシアW杯イコール(=)ロストフの14秒となる。

 ネット社会。それに伴う見出し重視、タイトル重視の風潮がそれを後押しする。その他のことは記憶から消えていく。

 2018年6月14日から7月15日まで。ロシアW杯の大会期間は、32日間に及んだ。時間にすると86400秒×32日間で2764000秒になる。そのうちの14秒は、あくまでも瞬間だ。

 実際、ロシアW杯で最も印象に残ることは、その14秒ではない。計64試合に及んだ試合でもない。僕はそこで21試合生観戦しているが、ピッチ上の戦いが一番には来ないのだ。サッカーそのものではない。試合時間は2時間弱。延長PKに及んでも3時間はかからない。

 W杯というイベントに参加していても、1日24時間のうち、20時間強はサッカー競技以外のものと向き合っていたことになる。 移動距離ウン千キロに及んだその1ヶ月強に渡る旅。ロシアW杯はそれが抜群に快適だった。