クリーク・アンド・リバー社プロフェッサー事業部長の倉本秀治氏。

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■高学歴ワーキングプアの知られざる実態

博士号取得者が大学の教員にも企業の社員にもなれない。ひと昔前なら、首をかしげたくなるようなことが現実に起こっている。いわゆる「ポスドク問題」だが、ポスドク1万6000人のなかで、戦力化していない人材が相当数いるという。ポスドクとは、Postdoctoral Fellow、つまり博士号を持つ研究員である。現場での戦力として、数年間続く研究プロジェクトの間、有期雇用されるという立場だ。年収は350〜400万円程度。多くて600〜700万円。しかも、約1割は職にさえ就けないという。

そこで、この状況を打開するために、クリーク・アンド・リバー社(以下C&R社)は、企業と大学、そして研究者(大学教授・ポスドク・大学院生など)の連携促進を図った。今年7月に、研究者に特化したエージェンシー事業をスタート。すでに、国公立大学や私立大学の研究者の登録を開始。受け皿となる理系企業、主としてメーカーとのヒアリングもはじめている。現在、その数は研究者が100人強、企業が50社余りだという。

その経緯について、同社プロフェッサー事業部長の倉本秀治氏は「C&R社の井川幸広社長から『博士号を持っている人を人材紹介できないか』と打診されたことがきっかけです。私自身、1997年に九州工業大学で情報工学の博士号を取得しています。その後、文部省(現文部科学省)や科学技術庁(同)で原子物理の研究に従事しましたが、結果的にはアカデミックの道を断念。その後、日立やトヨタ、サムスン日本研究所と民間企業の研究開発部門で働きました。官民の両方に土地勘があることが買われたようです」と説明する。

倉本氏のようなキャリアでも、日本の大学で正規の教員の職に就くことはむずかしいということだ。ではなぜ、そのような事態に立ちいたってしまったのか……。そもそもは、1995年に施行された第1次科学技術基本計画に端を発する。そこでは「ポスドク1万人計画」を掲げ、高度な知識と技能を有する博士を数多く輩出しようとした。時代はちょうど、バブル経済が崩壊し“失われた20年”に入ったばかり。この計画で基礎研究の現場に厚みを持たせることで技術立国・日本の再生を図ろうとしたのである。

しかし、計画には長期的な視点が欠けており、博士号取得者の就職、活用など全体的な制度設計が不十分だった。その結果が、冒頭に記したような現実を招いてしまう。しかも、博士課程修了者は毎年1万3000人輩出される。もちろん、そのうちの何割かはアカデミックの世界に進めるかもしれないが、ポスドクの数は間違いなく増えていく。国レベルでの支援体制もさることながら、民間の力を活用した、今回のC&R社のような動きが求められることは論をまたない。

■「新卒一括採用」「年功序列」が障害?

「具体的には、研究者向けとしての仕事紹介だけでなく、キャリアコンサルティング、セミナーなどを考えています。一方、企業向けには人材紹介にとどまらず、新規事業立ち上げの支援、そのための共同研究開発のパートナー探し、プロジェクトの構築を行います。いずれにして、両者とも意識改革が必要でしょう。研究者は大学にしがみつかず、企業での社会貢献を視野に入れること。企業には彼らの総合力を再認識してほしいと思っています。特に企業と大学との人材交流がうまく回る世界がこれからの社会に必要になると考えています」(倉本氏)

日本企業、とりわけ大手メーカーには新卒一括採用、年功序列という考え方が依然として根強い。つまり、人材は会社で育てるから、あえて博士号を取得した30歳前後の人たちの採用は必要ないということだ。そこには、博士はプライドが高く、専門領域のことしかできないという偏見がある。けれども、専門の学会でプレゼンテーションを何度か経験し、英語で論文を書くといったスキルは、数カ月の訓練でビジネス上の大きな武器になるはずだ。

また、そうしていかないと、世界における日本の競争力は上がっていかない。アベノミクスは、円安と株価上昇で一定の支持を得ているものの、それは“3本の矢”の第1と第2の矢、すなわち金融緩和と財政出動によるものだ。日本経済の将来を考えれば、第3の矢である成長戦略こそ実現しなければならない政策だったはずだ。が、残念ながら具体的な成果はまだ目に見えていない。

「最近の共同研究のトレンドはロボットやIT、なかでも人工知能や画像認識技術に動いています。これらの技術を集めたものが自動運転車。私たちは、これらの深い知識と高い技術を持った研究者を探し出し、企業とマッチングさせ“知の対流”を起こしたいと考えています。これらの分野は主に情報・工学系の研究者ですが、ここに来て話題になっているビッグデータは理学、社会学系の人材も不可欠。と同時に、企業は大手だけでなくベンチャーもターゲットになるということです」

こう力説する倉本氏は、時間はかかるとしながらも、研究者と企業の母集団を増やしていくことによって、この事業が一気に加速すると確信している。

(ジャーナリスト 岡村繁雄=文)