ちきりんさん

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ちきりんさんの「考えよう」シリーズ最新刊は、『未来の働き方を考えよう』。昨年発売された『ワーク・シフト』(リンダ・グラットン著)を読んで「未来の働き方についてじっくり考えてみたい」と思ったことが本書を書いたきっかけだったといいます。

『ワーク・シフト』は、グローバルな文脈で、2025年、働き方はどうなっているのかを予測した本ですが、ちきりんさんの『未来の働き方を考えよう』では、より日本の現状に引き寄せた議論をベースに、「40代で働き方を選びなおし、ふたつの人生を生きる」という具体的で大胆な提案がなされています。

40代で新たに職業を選び直すなんて「ごく限られた人の話」と思っているのでしょうか? 想像力を働かせたらそういう結論にはならないはず、とちきりんさんは言います。彼女がこの本で伝えたかった「いちばん大切なこと」とは?

■「ノマド」という言葉にはまったく興味がない

――今回のご本のなかで、『ワーク・シフト』を「働き方ブームを象徴する本」として紹介していただきましたが、まさにこのところ「働き方」に関する本が続々と出ています。どういう場所でどういうふうに働きたいのか、仕事に何を求めるのか、というテーマがいたるところで議論されるようになりました。その絡みでよく聞かれる言葉に、「ブラック企業」や「ノマド」があります。10年、20年前にはなかった使われ方です。なぜ多くの人がこの2つの言葉に反応するんでしょう。

【ちきりん】私自身はどちらもほとんど使わないです。特にノマドのほうは、ネット以外で見聞きしたことは一度もないので、そういう言葉を使っている人が一般社会にいるのかどうかもよくわかりません。

――「ノマド」という言葉にはたして実体があるのかということですね。

【ちきりん】そうですね。「ブラック企業」のほうは、ファストフードチェーンの店長が管理職だからという理由で残業代が支払われていなかったり、大企業でも長時間労働による過労死の労災裁判があったりと、以前から過重労働の問題が起きていて、就活をする人がそういう企業を見分けたいという気持ちからラベル貼りを始めたんだと思います。

――労働環境が厳しい職場が増えているんでしょうか?

【ちきりん】今はどんな商品でも、ネットで最安値がわかります。例えばネット通販でペットボトルを、東京のお店が200円、九州のお店が197円で売っていたら、東京在住の人まで九州のお店に発注する。仕組み的なバグともいえる話ですが、他の条件を全くチェックせず、1円でも安いもの求める消費者の行動が、日本の職場をどんどん厳しくしているともいえます。

ブログでも紹介していますが、私はエアコンやお風呂のお掃除をプロにお願いしています。エアコンクリーニングは安いところだと1万円ほどですが、私のお願いしているところは3万円近い。その分、本当にすばらしい出来栄えなんです。客が感動するレベルの仕事をしてくれる。お風呂の掃除に2万円なんて高すぎると言う人もいますが、私のように掃除が得意でも好きでもなく、その時間を別のことに使ったほうが稼げるという人にとっては、合理性があります。お金に余裕のある人まで、趣味のように節約するのはやめたほうがいい。

――ブログではパジャマなども紹介されていますね。

【ちきりん】あのパジャマは日本製で、生地も縫製もすばらしいです。いいものにはそれなりの対価を払うという感覚が広がらないと、人件費の高い日本では、職場はどんどんブラック化していきます。

――「ノマド」という言葉についてはどうでしょう?

【ちきりん】みなさんがなぜその言葉に関心をもつのかさえ、私にはわからないです。それに、ブームもそろそろ下火なのでは?

――「動きまわって仕事をしている人」みたいな一定のイメージですけれども。

【ちきりん】私は引きこもりがちなので、むしろ反対ですね。人混みが嫌いで自宅のソファが好きなので、あちこち移動するなんて面倒です。

■「リスキー」と「怖い」は違う

――今回のご著書では「ふたつの人生を生きる」ことを提案されています。これから40代になる人たちにとって「このまま歩き続けるのは、あまりにリスキー」と書かれていますが、どちらかというと何かを「変える」ほうがリスキーと思いがちですよね。会社に残るよりも出るほうがリスキー。日本にいるよりも海外にいくほうがリスキー。

【ちきりん】やったことがないと、何でも怖いですよね。自転車に乗るのも初めてのときは怖いでしょう? 転職も同じで、身近に経験者がいないと怖いのはよくわかります。

――「保守的な業界の安定企業に勤める、年収が高く貯金のある人ほど、解雇や失業、転職を怖がっているように見えます」とも書いておられます。そういう組織で勤め上げた親や転職したことがない上司が「組織を離れたらものすごく大変な目に遭うぞ」「外は怖い、すごく怖い」と煽ると。

【ちきりん】転職経験のない人ほど、人を脅かすんですよね(笑)。これから40代になる人の親は高度成長期に働いていて、1つの会社にい続けることが合理的だった世代ですから。

――ひとつの会社にずっといることが合理的であり、可能でもあったのは長い歴史のなかでみれば一瞬ですよね。

【ちきりん】そうなんです。ただ最近は、業界によって常識も大きく変わってきています。サービス業やウェブ系の仕事では、転職なんて珍しくもない。ベンチャー企業や外資系企業もそうです。その一方、いまだに転職や中途採用が珍しい会社や業界もあります。

――そういう人たちに「怖くないからやってみたら」といっても効果ないですね。

【ちきりん】見知らぬものが怖いのは自然な感情ですから、説得しても変わらないでしょう。ただ実例が身近にいなくても、ネットの中でそういう人の例を目にする機会は増えると思うんです。私も、本やブログでそういった例を伝えていくことで、徐々に「あ、そうなのね」と思ってもらえたらいいなと。

――「中にいる」「外に出る」という線引き自体には意味がないということですね。

【ちきりん】転職するのもしないのもアリです。どちらかでないとダメなんて、ありえません。転職を勧めてるんじゃなくて、人生における楽しい時間を増やそうと言ってるだけです。今の仕事が楽しいならそのままでいいけれど、自分に対して嘘をつかないほうがいい。自分の人生ですから。

――ご本にも「『再考してみたけれど、今まで通りの仕事とワークスタイルがよい』という人もいるでしょう。結論は何でもいいのです」と書かれていますよね。でも、しつこいようですが、誤解されませんか?「ちきりんさんは会社を辞めろと言っている」みたいに。

【ちきりん】誤解されてるとは思いません。異なる意見の人がいるだけでしょう。いろんな意見の人がいるのはあたりまえのことです。「ちきりんさんの本を読んで決断しました」と言われる方もあります。でも実は自分で決めてるわけです。決断するときに、あの人もそう言ってる、この本にもそう書いてある、というのがあると安心するだけ。自分で決めていたから、特定の本や言葉が心に響くんです。それでいいんですよ。

■20代〜30代の人口が半減する時代を想像できているか

――『未来の働き方を考えよう』では、人口、寿命、家族構成など、日本における統計の数字が引用されていて、私たち日本人にとってはより具体的な理論を始めやすいと思いました。『ワーク・シフト』にもいろいろな数字を引用した未来予測が載っているのですが、いずれもグローバルな数字なのであまり身近に感じない人もいると思うんです。シミュレーションの部分にしてもどこかSFみたいなところもありますし。

【ちきりん】長くグローバル企業で働いてきた私にとっては、『ワーク・シフト』は十分にリアリティがありました。でも、そうでない人にとっては、確かにSF的だったかも。

――引用されている統計のなかで、私たちの働き方を変える最も重要なファクターはなんでしょうか。

【ちきりん】若年層の人口が減るということですね。次の40年で、20代〜30代の人口は半減に近いほど減るんですよ。ものすごいことだと思うんですけど。私は、国家制度的には、日本はまだまったく問題ないと思っています。すごくしっかりした国ですから。ただ、個人の生活はおもしろくなくなると思うんですよね。それだけ若い人が減る国って。

――「2010年から2050年までで20〜39歳の人口はほぼ半減する」というのは、確かにインパクトがありますね。

【ちきりん】いま10歳以下の子どもたちが、日本で日本人にモノを売る仕事に就ける可能性は激減すると思います。

――最近、博報堂の生活総研から不安について男女、年代別に分析しているレポートが送られてきたのですが、年代を問わず、不安ランキング1位と2位をほぼ独占しているのが「年金」です。年金と地震が同じ程度に不安、一方で少子化や人口減少に対する不安はそうでもないんです。

【ちきりん】マスメディアの影響も大きいのでしょう。なにかというと年金不安を煽るから。少子化や人口減少は、わかりにくいですよね。渋谷で働いていたり、浦安に住んでいると「少子化」といわれてもまったくぴんとこない。若い人や子供が溢れかえっていますから。でも都心から西側に離れた私鉄の駅で降りると、もう驚くほど高齢者が多いんです。自分がいつも行く場所だけでは、わからないことがあります。

――グローバル化についても同じことが言えそうですね。

【ちきりん】丸の内と港区でも外国人比率がかなり違う。丸の内の外国人比率は、六本木ヒルズの半分もない感じ。霞が関なんてもっと少ない。どこで働いているかによって「グローバル化」のイメージも相当違うと思います。

■年収1500万円でも貯金がぜんぜん貯まらない人たち

――ちきりんさんがこの本で提案されていることはどれも非常に具体的なのですが、なかでも「支出マネジメント」のところはとくに参考になります。みんなが心配している年金制度がこの先どうなるかはわかりませんが、支出をコントロールするというのは個人の心がけしだいでできることですよね。

【ちきりん】国が貧しくなるという感覚を持つのは難しいんです。人口増と経済成長が続けば社会保障もどんどん充実させられるけど、基本トレンドが変わったのに、今までと同じように福祉を充実させ続けることはできない。年金含め、社会福祉も既得権益化するんです。「以前は貰えたものが、貰えなくなるなんておかしい!」という話になる。人口増と経済成長が止まれば、福祉レベルだって後退して当たり前。多額の資産がある人にまで年金を払う必要があるのか、よく考えるべきです。

――そうですね。

【ちきりん】支出をコントロールしないと、収入が多くても人生のコントロールができない。リーマンショック前、景気がすごくよかった外資系金融業界でも、早期引退した人なんてほとんどいないでしょう。勤め人で年収5000万円だと、上位0.1%内の年収ですよね。でも支出もどんどん膨らむ。開業医や弁護士など自営業の場合も、税金を払うくらいなら事務所を拡張しようという話になって、こちらも支出コントロールができない。そうなると、収入が多い人でも早期引退なんて不可能です。

――どういう人だったら可能なんでしょう。

【ちきりん】本当に欲しいもの以外は買わない人たちです。車や家についても、もしくは子供やその教育費についても、「隣の家がやってるからうちも」とは考えない人です。それをやってると、どれだけ働いてもお金は足りない。

――そうやって引退できない人たちって増えているんでしょうか。

【ちきりん】切羽詰まった人から順に、支出のコントロールを始めます。いまだと年収600万円くらいの人は消費を絞り始めていますよね。でも800万円以上の人は、給与がどんどん上がっていた時代の夢をまだ見ている。

――そうですね。弊社から最近『年収が上がらなくても貯金が増える生き方』という本を出された藤川太さんも、常々「年収700万円の層がいちばん危ない」とおっしゃっています。さらに、年収1000万円でも貯金ゼロのご家庭も普通にあると。

【ちきりん】1000万円どころか年収1500万円でもあるでしょうね。年収1500万円といっても手取りだと1200万に届かないケースもある。それなりの家に住んで、子供たちを私立に行かせて……とやっていたら貯金もできないです。

――いまの会社は辞められない、いまの仕事を続けるしかない、という理由が「この生活を守るため」と。

【ちきりん】子供の“お受験”の費用はぜったい削れないという人には、他の家がみんなお受験をやってなくても、お受験すべきなのか、聞いてみたいです。他の家がどこもやってないのに、自分たちはどうしてもそうしたいということには、思い切ってお金を使えばいいと思います。それと、40歳を超えたらいきなり人生終わりですって宣告される可能性も上昇するので、「65歳までは我慢する」みたいな発想はどうかと。平均寿命が長くなる一方で、全員が長生きできるわけでもない。やりたいことは、むやみに先に延ばさないほうがいいと思います。

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○読書会のお知らせ
9月14日(土)午後、『未来の働き方を考えよう』(ちきりん・著/文藝春秋)を題材に<第2回>Social Book Reading w/Chikirinが開催されます。
<詳細はこちら>ブログ「Chikirinの日記」 http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/

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ちきりん
バブル最盛期に証券会社で働いた後、米国での大学院留学生活を経て外資系企業に勤務。退職後、文筆活動や対談を中心に“楽しいことだけして暮らす”人生ふたつめの働き方を実践中。ブログ「Chikirinの日記(http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/)」と「ちきりんパーソナル(http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/)」は、併せて月に20万人以上の読者が訪れる日本有数の人気ブログ。著書に『ゆるく考えよう』『自分のアタマで考えよう』『社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう』『未来の働き方を考えよう』などがある。

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(ちきりん 撮影=二石友希)