三遊亭兼作さん

写真拡大

 人生いろいろ、家族もいろいろ、幸福の形もいろいろ。近年、「結婚がゴールではない」という声も大きくなりつつあるとはいえ、ゴールインした二人には幸せになってほしいと思うのが人情というものだろう。

 そして、そのゴールに到達するまでには、十人十色のドラマがあるのは言うまでもない。目下、幸せに包まれているカップルにエールを送りつつ、出会いから現在までを根掘り葉掘り聞いてみる「令和の結婚事情レポート」。

 今回登場していただくのは、3月に披露宴を催した、落語家で二ツ目の三遊亭兼作さん(28)と妻の菜々子さん(28)だ。

 ***

【写真を見る】三遊亭兼作さんの奥さま・菜々子さん

告白にダメ出し

 2016年4月、二松學舎大の落研に入部した同期生10人ほどの中にいた二人。初めて話したのは6月の学祭打ち上げ。彼を「すごく穏やかそうな人」と感じた菜々子さんが高校でバレー部に入っていたことを明かすと、兼作さんは「俺も」と言う。ところがポジションを尋ねてもはぐらかされ続ける。実はバレー部には入ったものの半年で辞めていた彼に、ポジションなどはなかったと後で知る。

三遊亭兼作さん

 その後も同期生を交えて会ったり、小さなキャンパスゆえに講義の空き時間に図書館や食堂に行けば互いの姿を見かけたりしていた。

 やがて、作家の森見登美彦好きという共通点が判明。森見作で17年4月公開のアニメ映画「夜は短し歩けよ乙女」を、封切り日の部活後の夜に見に行ったのが初デート。鑑賞後、原作と比較した感想などを、口角泡を飛ばしつつ語り合った。

 以降も二人で出かけるようになり、7月には浅草演芸ホールの寄席の後、神谷バーでデンキブランを。これも森見作の「夜は……」や「有頂天家族」に登場する「偽電気ブラン」の世界観に触れるためだった。

 8月15日の夜は、兼作さんの父が勧めるもつ焼き店へ。ここで菜々子さんは彼の常ならぬ雰囲気に気付く。「何か言おうとモジモジしてる」。だが待てど暮らせど言葉はない。「ここで言わせないとしばらく言わない」と感じた彼女が「何か言いたいことないの?」と尋ねると、「これからも一緒に遊びに行きたいから付き合ってください」と兼作さん。「タメが長い」と彼女は笑ってダメ出ししつつ、「私も好きでした」と彼の告白を受け入れた。

「どうしても噺家になりたい」

 20年に卒業し会社員となった二人は、夏休みに彼の父から車を借り、初のドライブデートで東京・檜原村に赴いた。自然を堪能した後、川遊びをしていた兼作さんのサンダルが流された。追っていくと小さな滝壺に落ち、それを取ろうと川に入った彼は岩と岩の間にあった丸太に仰向けで首が引っかかり、水面に顔も出せずに溺れる寸前。一か八かで丸太の下に潜り、滝に落ちて脱出できた。九死に一生を得て車に戻ると今度はライトの点けっぱなしでバッテリーが上がっている。4時間近くレッカー車を待ち、泣きっ面に蜂だったが、今となっては笑い話だ。

 この経験がきっかけとなったか、「どうしても噺家(はなしか)になりたい」と改めて思い至った兼作さん。同年9月、後に師匠となる三遊亭兼好に入門志願。翌年9月に正式入門した。

モヤモヤを抱えて

 志願時に会社を辞め、菜々子さんに報告したのがディズニーシーでのデート直前。彼は前向きな明るい報告のつもりだったが、交際当初から結婚を意識していた二人だけに、菜々子さんは彼の会社退職というモヤモヤを抱えたまま“夢の国”へ入ることになった……。

 入門から4年間の前座生活は、無休も同然。彼女が彼の部屋に通う形でのデートが続き、23年秋から同居。結婚は二ツ目昇進で、と決め、25年9月に昇進したが、彼女は「ケジメとして」、求婚をリクエストした。

 同年12月の入籍前日。自宅で兼作さんは思い出の写真をまとめたフォトブックを彼女に手渡した。最後のページに「結婚してください」の文字。「ロマンチックなことは苦手なのに、用意してくれてありがとう」と彼女は大いに喜んだ。

 菜々子さんは彼自身を好きになったのであり、落語家だから好きになったわけではないが、されど彼は落語家。自身の実体験を交えて二人の将来をこう語る。「たとえ苦しい時があっても、下に潜ってもいいから苦しさから抜けられるように」。

 貴重な経験だったのだ。

「週刊新潮」2026年5月7・14日号 掲載