高層マンション

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 人生100年時代を生き抜くために欠かせないものといえば、お金や健康を思い浮かべる人が多いかもしれない。だが、生きる拠点としての「家」を確保しないことには始まらない。実は「持ち家派」にもリスクがあるという令和の「ついのすみか事情」を専門家が解説。【太田垣章子(あやこ)/司法書士】

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【写真を見る】「35年ローン」vs.「50年ローン」vs.「賃貸」 図で比較すると

 世の中には答えの出ない“永遠の論争”が多くあり、それは住まいに関しても存在します。

 持ち家派vs.賃貸派。

 資産にもなるマイホームを持ってこそ一人前の大人なのだ。いや、賃貸の方が土地や物件に縛られることなく気楽に生きていける……。両派がそれぞれのメリット、デメリットを闘わせるものの「正解」にたどり着くことはない。まさに永遠の論争たるゆえんです。

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 しかし、長年、不動産に関する悩み相談を受けてきた私の立場からは、そもそもその論争自体がナンセンスに感じられてなりません。なぜなら、次に紹介する大事な問いをスルーしているように思えるからです。

 人生100年時代、「老後の時間」は延びていくばかりです。その長い老後を、持ち家に住む人も、賃貸物件で暮らす人も、いまの家に住み続けたまま全(まっと)うできそうですか? いま暮らしている家が「ついのすみか」であるという保証はありますか?

世知辛い令和の賃貸事情

〈こう問いかけるのは、司法書士の太田垣章子氏だ。賃貸不動産経営管理士でもある太田垣氏は、20年超にわたって約3000件の家賃滞納案件などを扱ってきた、「不動産トラブル」の解決をサポートするプロである。

 そんな太田垣氏が近年、警鐘を鳴らしているのが「ついのすみか問題」だ。人生100年時代においては、持ち家、賃貸物件を問わず、晩年に転居を余儀なくされるケースがままある。その際、高齢になってからの新居購入はよほどの資産家でもない限りハードルが高く、多くの場合、賃貸物件への入居が現実的となる。

 つまり、そこがついのすみかとなるわけだが、世知辛い令和の世の「賃貸事情」を果たしてどれくらいの人が知っているだろうか、と太田垣氏は懸念する。〉

貸す側が恐れる高齢入居者の孤独死

 世の中、「お金次第」という面があるのは否めません。ついのすみかの確保に関しても、お金があるに越したことはないのが現実です。

 とはいえ、いくら蓄えや資産があってもどうにもならないことがあるのが、ついのすみか問題の厄介なところです。

 結論から申し上げると、持ち家派も賃貸派も、60代後半になり、何らかの事情で新たについのすみかを借りようとしたところで、極めて難しい。家主や不動産会社、管理会社など物件を貸す側は、借り主が高齢者という理由“だけ”で、他にいくら条件が整っていても貸したがらない。これが現実なのです。

 誤解を恐れずに言えば、家主側にとって高齢者に家を貸す行為はリスクでしかありません。もちろん、若い人より長く住んでくれる傾向があったり、足腰が弱くなっているため、治安などの面から若年層が嫌がる1階の物件にむしろ好んで入居してくれたりするというメリットもあります。しかし、それ以上にデメリットが大きい。

 それは、ずばり年齢そのものです。若者と違って高齢者は心身共に衰えていくばかりです。そして、入居していた高齢者が認知症などになったら、家主側は大変な面倒を抱え込むことになってしまいます。

 とりわけ家を貸す側が恐れるのが、高齢入居者の孤独死および、それに伴う「事故物件化」です。2021年に策定された国土交通省のガイドラインにより、病気などを理由とする孤独死では事故物件とはならなくなりましたが、発見が遅れて遺体の腐乱などが進み、特殊清掃が必要となった場合は事故物件としての告知義務が生じます。

いずれはおひとりさま

 高齢入居者には、常にこの事故物件化リスクが伴います。ご夫婦で入居される場合でも、高齢であれば「いずれはおひとりさま」の現実が迫っています。このようなリスクを考慮すると、是非は別として、家主側が高齢入居者を受け入れたがらない事情も理解できるのではないでしょうか。

 また、仮に事故物件化しなくても、家主側にとってはやはり高齢入居者のリスクは高いと言わざるを得ません。意外に多くの人が知らないのですが、預貯金や借金と同じで、実は賃借権も相続されます。つまり、独居高齢者が亡くなった場合、賃借権はその高齢者の兄弟や子どもに相続されるため、家主側は相続人を見つけ出さない限り、勝手に契約を解除できない。従って、すでに住む人がいない物件であるにもかかわらず、新たな居住者を招き入れることができないという事態が往々にして起きてしまうのです。

 しかも、私のような司法書士などに依頼し、住民票や戸籍をたどるなどしてどうにか賃借権の相続人を探し出したところで、面倒には関わりたくないので賃借権は放棄するから後はよしなに、という相続人も残念ながら少なくありません。

「高齢者に貸すぐらいなら空き室の方がマシ」

 こうして、亡くなった高齢入居者が残した家財道具の処理や、場合によっては特殊清掃の費用などを、結局は家主側が泣き寝入りして負担せざるを得ないケースが出てきます。その額は高いと数百万円に達することもあります。地主の「お金持ち」が家主であるならばいざ知らず、資産運用目的で不動産を所有しているサラリーマンオーナーであれば、その負担額は致命傷になりかねません。

 以上のような事情から、家主や不動産会社、管理会社は、高齢者という理由“だけ”で入居を拒否することが多いわけです。実際、積極的に高齢者を受け入れている事業者はわずか7.6%という調査結果があります。私の現場感覚でも、70代になると、家を借りたいと不動産会社に連絡しても応対してくれるのは50件のうちわずか2〜3件程度です。「高齢者に貸すくらいなら空き室のほうがマシ」と“リスクヘッジ”する家主さんたちが多いのが実態なのです。

 いやいや、いくら高齢者とはいえ、資産があれば大丈夫でしょう――そう高をくくっている人がいるとしたら要注意です。事実、こんなケースがありました。

 ご主人を亡くした78歳のある女性は、2人の子どももとうの昔に独立していたため、5LDKの一軒家を売却し、手ごろな賃貸物件への転居を希望していました。

門前払いされないために

 自宅を売却すれば少なくとも数千万円にはなり、ご主人が残してくれた資産も5000万円は下らない。多少とはいえ遺族年金ももらえる。恵まれた女性といえるでしょう。

 しかし、1人暮らし用の賃貸物件を探そうと賃貸仲介店舗に入ってみたら、貸せる物件はないと、まさかのゼロ回答。資産があり、離れて暮らしてはいるもののいざとなったら頼れるお子さんがいるのに、相手にしてもらえなかったのです。その仲介店舗は、資産などの「状況」を聞く前に、女性の年齢“だけ”で判断したものと思われます。事実上の門前払いです。繰り返しになりますが、良しあしは別として、こうしたケースがままあるのが、高齢者が家を借りる際の偽らざる現実なのです。

 では、こうした厳しい現実を踏まえた上で、“ついのすみか難民”にならないためには、どのような対策が必要なのでしょうか。以下に「四つのポイント」を紹介したいと思います。

狙い目のUR

 第一に、身もふたもない言い方になってしまいますが、やはりある程度の資産を準備しておくことが大切です。家主側にとっては、家賃の取りっぱぐれを避けたいわけですから、資産があるのに越したことはありません。

 ちなみに、頼れる親族が身近にいない高齢者にとってUR(独立行政法人都市再生機構)の物件は一つの狙い目で、保証人がいなくても、月額家賃を1年分前払いしたり、100カ月分の貯蓄があったりすれば入居可能です。

 第二に、死後事務委任契約の利用です。ごく簡単に言うと、自分が亡くなった後の手続きを生前に第三者(代理人)に委託しておく制度で、多くの場合、代理人は家族や司法書士、弁護士などになります。その代理人に賃貸借契約の解約や、死後の残置物の整理をお願いしておけば、家主側が高齢者に物件を貸す際の大きな不安が解消されます。

リスクを家主側に抱えさせないために

 第三に、任意後見契約です。これも簡単に言うと、認知症などになって入居者の判断能力が衰えた場合、事前の意思確認に基づき本人に代わって、さまざまな手続きをしてくれる第三者を選定しておく制度です。

 高齢入居者が認知症になってしまい、何らかの施設に入ってもらった方がいいと思われるのに、もはや本人の意思を確認することは難しい。そうこうしているうちに、認知症の症状が進み、幻覚症状を訴え始め、周りの入居者が迷惑して家主側は困り果ててしまう――例えばこのようなリスクを家主側に抱えさせないために、任意後見契約は有効です。

 そして第四に、見守りサービスの利用です。目下、定期的な巡回だけではなく、センサーやカメラを活用して入居者の異変を察知するサービスに官民が取り組んでいます。こういった見守りサービスを利用することで、家主側が最も恐れる事態の一つである「孤独死→遺体放置→腐敗が進み特殊清掃→事故物件化」というリスクを回避することが可能になります。

 以上四つのポイントを押さえておくことが、門前払いされがちな高齢者でも、ついのすみか選びに困らずに済む大きな助けとなるはずです。

空き部屋にハクビシン

 ――高齢者の賃貸物件事情はよく分かったが、結局、持ち家派には関係ないのではないか。そう感じた人もいるかもしれません。しかし、私は本稿の冒頭で、持ち家派であってもいま暮らしている家が「ついのすみか」であるという保証はありますか?と問いかけました。

 仮にあなたが30歳の時に新築マイホームを購入したとして、80歳になった時にその家は“50歳”を迎えています。その時、外観はもちろん、水回りなどの内装もかなりガタがきているはずです。中古物件を購入したのであればなおさらで、やれ外壁工事だ、内装工事だと、場合によっては数百万円の出費を余儀なくされることもあるでしょう。子どもたちが巣立ち、ただでさえオーバースペックになっている上に、このように“金を食う”持ち家に、果たして人生の最後まで住み続けられるでしょうか? ちなみに住まいは生き物ですから、人が使わないスペースがある、つまり家の中に、かつては子ども部屋であったがいまは空き部屋というような空間ができてしまうと、老朽化のスピードは速くなります。

 従って、持ち家派の人であっても、本当に住み替えずに、人生の最後までその家に住み続けられるのか、自分とその家の年齢を十分に比較検討しておく必要があるのです。実際、持ち家である一軒家の老朽化が進んでいるものの、持ち主の高齢者には修繕費がままならず、それを放置して暮らし続けた結果、空き部屋にハクビシンが住み着いていた――というケースを私は目にしたことがあります。なお、その家は田舎ではなく、東京都世田谷区にありました……。

「住活」が欠かせない時代に

 わがマイホームは分譲マンションで、他の住民と助け合えるから大丈夫。そう考えている人も注意が必要です。今後、物価高がますます進み、マンションの修繕費の積み立てが不足する危険性や、外国人所有者が増えたりして、修繕などを協議する理事会がスムーズに進まなくなるケースが増えるというリスクをどこまで想定しているでしょうか。

 人生100年時代、「私たちの寿命」は延びていますが、あなたの「住まいの寿命」は果たしてそれに追いついているか。持ち家派の人も考えざるを得ない時代になっているといえます。あなたが亡くなるよりも早く、マイホームが朽ちてしまうかもしれない。その前に、ついのすみかとしての賃貸物件への転居も視野に入れておくべきではないでしょうか。できればまだ体が動く50代、遅くとも判断能力がしっかりとしている60代半ばまでに。

 超高齢社会のいまは、「終活」の一つとして最後まで住める家の確保、すなわち「住活」が欠かせない時代だと私は考えています。

太田垣章子(おおたがきあやこ)
司法書士。1965年生まれ。2001年に司法書士試験に合格し、06年に独立。賃貸不動産経営管理士でもあり、合同会社「あなたの隣り」代表社員を務める。家主側の訴訟代理人として家賃滞納物件の明け渡し手続きを約3000件担当。『老後に住める家がない!』『「最後は誰もがおひとりさま」のリスク33』などの著書がある。

「週刊新潮」2026年4月16日号 掲載