作家・佐藤愛子さん死去、「九十歳。何がめでたい」の編集担当が悼む 橘高真也さん「文章そのままの、気持ちのいい裏表がない方でした」
「九十歳。何がめでたい」などのユーモアあふれるエッセーでも親しまれた作家の佐藤愛子(さとう・あいこ)さんが4月29日に、老衰のため東京都の施設で死去した。同著の編集担当だった小学館の橘高真也さんは15日、スポーツ報知の取材に応じ「文章そのままの、気持ちのいい裏表がない方でした」としのんだ。
橘高さんは、16年発売の「九十歳−」執筆を本人に薦めた張本人だった。14年の「晩鐘」で断筆宣言した直後に、ライターと同席して行ったインタビュー。「断筆後はのんびりしたらいいじゃないですか」と問いかけると、佐藤さんから「のんびりしたことがないから、やり方が分からない」と返された。「温泉でも入って…」「家で風呂入るのと何が違うの」。90歳を過ぎてぽんぽん出て来る歯切れのいい言葉の連発に、おもしろいエッセーを書いてもらえることを確信した。
橘高さんは「90年間のんびりしたことがない、マグロのように働き続けた、というのが信じられませんでした。時間の感覚が違うというか…」と苦笑いで振り返る。のんびりの概念がよく分からない佐藤さんに「では、エッセーを書かれてみませんか」と「女性セブン」での連載を持ち掛けてみた。すると…。
「90歳を超えて週刊誌の連載をやれなんて。私を殺す気か」
「では、時々で結構です。締め切りは無視していただいていいですから」
「そもそも私が書くような年寄りの話は今の若い人にはもう受けないわよ」
「セブンの読者層も50代、60代と上がっていますから…」
「それは十分若いじゃないの!!」
橘高さんは「ひと言ひと言がおもしろいし、目から鱗(うろこ)が落ちる。まさに才能の塊、絶対書いてほしいと思いましたね」。3か月かけて口説き落とし、大ベストセラー「九十歳。何がめでたい」が誕生した。
「私には小説しかない、文章しか書けない。曽野綾子さんや瀬戸内寂聴さんみたいにテレビに出たりうまく講演したりできない」。佐藤さんは、自分の書く文章に強いこだわりを持っていた。橘高さんは「あんなに一気に読んでしまうエッセーも、何気なく書いているようで推敲に推敲を重ねていたんです。『もう少し手を入れないと』と原稿を奪われてしまったこともありました」と話す。佐藤さんの部屋は「寝ているときに思いついたらすぐ書けるように」ベッドのすぐ横に机を設置。朝から寝食を忘れて執筆し、知らぬ間に日が暮れていたこともたびたびあったという。
佐藤さんは認知症を発症し、2年前から施設で暮らしていた。橘高さんは娘の杉山響子さんから様子を聞くなどして、佐藤さんの様子を気にかけてきた。
「連載当時、背筋を伸ばして自宅にうかがい、2時間程度話しては帰っていました。あの時間は、私の宝物です」と橘高さん。「何でもおもしろがる精神性。よくおっしゃっていた『人は人、我は我』の考え方。当時40歳過ぎていましたが、人生のイロハを教えてもらいました」と懐かしそうに故人を悼んだ。
