人口減少に伴って医師の数が過剰になる、という議論は果たして的を射たものなのか(写真:ponta/イメージマート)


 2026年4月23日、財政制度等審議会の分科会が、大学医学部の定員について「大胆な削減に踏み切るべきだ」と提言した[1]。

 人口減少に伴い、医師の数は過剰になる。歯科医師や薬剤師についても関連学部の定員が多すぎる。小規模な診療所が多く、医療人材を効率的に活かせていない。人口当たりの医師数は2029年から2032年の間に需給が均衡し、その後は過剰になる--。

 財務省はこのように分析し、医師の需給は「確定的」に過剰へ向かうと主張した[2]。

 医師の数は2024年末時点で約34万7000人と過去最多を更新している[3]。確かに、人口減少の局面で医師を増やし続ければ、いずれは過剰になる。論理として理解できる主張ではある。

 ただ、医師として、また医療領域で事業を行う立場として、このニュースを目にして率直に感じたのは、「問うべきはもっと別のところにあるのではないか」ということだった。本稿では、財政審の提言をきっかけに、人口減時代の医療提供体制をどう考えるかについて、論点を整理してみたい。

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財政審はなぜ「過剰」と断定したのか

 今回の財政審の提言は、「医学部定員を減らすべき」という単純な主張にとどまらない。診療所の地域単位での外来機能の統合・大規模化、医療機器の共同調達、さらにはアウトカム評価を中心に据えた診療報酬の包括払い化まで、踏み込んだ内容になっている[2]。

 医師の総数を絞るだけでなく、医療提供の体制そのものの効率を上げよ、という主張だ。論点のターゲットは思いのほか広い。

 その背景には、財政審が示した2つの構造データがある。

 1つは、医療・介護分野が労働投入と労働生産性の間で特異な位置にあることだ。財政審の資料によると、1994年から2024年までの30年間、保健衛生・社会事業の就業者数は350万人から964万人へと約2.7倍に増えている[2]。

 同期間に全産業で増えた就業者数の約230万人と比べても、医療・介護分野だけで他産業合計の何倍もの人材を吸収してきた計算になる。

 一方で、労働生産性は同期間にむしろ低下している。製造業や情報通信業が労働力と生産性の双方を伸ばしているなか、医療・介護は主要産業の中で唯一、生産性が下がり続けている産業として描かれている。

医療・介護産業の就業者数の増大(財務省「財政制度等審議会」資料より)


 もう一つは、理工系人材の医療分野への集中だ。同じ資料によると、2025年の大学1年次在籍者を見ると、理工系学科に在籍する学生の約36%が保健系に在籍している。女性に限れば、その比率は60%に達する。

 さらに18歳人口千人当たりの医師養成数は、1970年の2.29人から2024年には8.62人、2050年には11.8人になる見通しで、約半世紀で5倍以上の水準だ[2]。

「優秀な人材が医師に流れることで、他産業の技術革新の機会を失っているのではないか」という厚生労働大臣の国会答弁も資料に引用されている。

医療分野への理工系人材の配分の在り方(財務省「財政制度等審議会」資料より)


 こうしたデータを並べられると、財政審の主張に一定の説得力があることは認めざるを得ない。医師数を増やし続けてきた結果、他分野への人材配分が偏っている。にもかかわらず、医療・介護分野の生産性は上がっていない--。

 ただし、ここから「だから医学部定員を削減すべき」という結論に直結させるのは、論理的な飛躍がある。

 例えば、「医療・介護の生産性が低下している」というデータは、見方を変えれば「医療提供体制が労働集約的なまま放置されてきた結果」とも読める。問題は人材が増えたことではなく、増えた人材を活かす仕組み(タスクシフト、デジタル化、機能集約)の整備が遅れていることにあるのではないか。

 だとすれば、対処すべきは入口の蛇口(定員)ではなく、提供体制の生産性を上げる仕組みの方だ。

「需要」の見立てにも注意が必要だ。

 外来患者数の減少は、人口減でほぼ確実に起きる。一方で、高齢化による疾病構造の変化、慢性疾患を抱えながら長く生きる人々への対応、在宅医療や予防医療の広がりなど、医療への要請そのものは多様化している。

「総数として過剰」という見立てが、こうした需要側の変化をどこまで踏まえているのかは、もう少し丁寧に問いたいところだろう。

 そしてもう1つ、現場の感覚と数字の間には、決定的なズレがある。

「医師が足りない」と「○○科がいない」は別の話

 医師数の議論で混乱しがちなのが、「医師が足りない」という話と、「○○科の医師がいない」という話が、現場で混ざって語られることだ。

 例えばある地域で、「整形外科医がいない」という声があったとする。これは確かに事実かもしれないが、そこから直ちに「医師の総数が足りない」とは言えない。逆に、「医師の数は足りている」と言われても、現場で「専門医がいない」という声が消えるわけでもない。

 ここに、構造的な難しさがある。医学が進歩して診療科の細分化が進む限り、新しい専門領域は生まれ続ける。こうして新しい領域が生まれるたびに、その領域の専門医は当面の間、不足する。専門科ベースで需給を語る限り、「足りない」は永遠についてまわるのだ。

 例えば近年、循環器内科の中でも不整脈やカテーテル治療、腫瘍循環器といったサブスペシャリティが広がっている。それぞれの領域で「専門医が足りない」という声は今後も出続けるだろう。これは医学の進歩の必然的な帰結であり、定員削減や定員増では解決しない。

 ここから導かれる論点は、シンプルだ。総量の議論と、診療科ごとの不足の議論を、意識して分けて考える必要がある、ということだ。そして、専門科ベースで「足りない」を埋め続けることが本質的な解にならないとすれば、議論すべきは別のところにある。

 総合的に診られる医療の担い手をどう確保するか、という論点だ。

 ここで視野を広げて、各国の動向を見てみたい。

 日本が「医師の数を減らす」という議論をしている今、欧州の主要国は逆の方向に動いているように映る。ただ各国の動きを丁寧に見ると、それは「世界が増やす方向、日本が減らす方向」という単純な対比ではなく、各国がそれぞれの過去の政策判断の帰結を引き受けている結果であることが見えてくる。

世界では、医師の数についてどのような政策が施行され、どのような課題があるのだろうか(写真:WavebreakMedia/イメージマート)


抑制してきた医師数を倍増する英国

 英国は2023年、NHS(国民保健サービス)として初の長期人材計画「NHS Long Term Workforce Plan」を発表した。内容は野心的で、医学部の定員を2031〜2032年までに約2倍の年間1万5000人に増やすこと、GP(家庭医)の養成枠を50%増やして年間6000人にすること、看護師の養成枠もほぼ倍増させることなどが盛り込まれた[4]。

 同時に、physician associate(医師補助職)やnurse associate(看護助手)といった多職種の拡充も明示されている[4]。「医師だけで支える」のではなく、「医師を増やしつつ、多職種で支える体制をつくる」という発想だ。

 重要なのは、英国が抑制してきた医師数を、急いで増やそうとしていることだ。長く続いた抑制の結果として生じた医療アクセスの課題を今、引き受けていると言える。

医師の絞り込みを反省し、緩和を続けるフランス

 フランスはさらに象徴的だ。同国では1971年から「numerus clausus(ヌメルス・クラウズス)」と呼ばれる医学部の定員規制が続いていた。これを2020年に廃止し、より柔軟な「numerus apertus(ヌメルス・アペルテュス)」へ移行した[5]。

 廃止の理由は明快だった。50年にわたる医学部の定員規制が深刻な医師不足を招き、地方の医師空白地帯(医療砂漠)を生み出したためである [6]。さらに2025年には、現職の保健大臣がnumerus apertusすら「いまだ制限的すぎる」として、さらなる緩和を提案している[7]。

 フランスは数を絞りすぎたことによる医師不足の弊害を、半世紀かけて経験した。その経験を踏まえて、制度を緩める方向に動いているのだ。

規制と経済インセンティブの両輪を回すドイツ

 ドイツは地域ごとに専門医の定員を設けるなど、配置に関しては日本より厳格な規制を持つ。同時に、家庭医が不足する地区では開業支援金などの経済的インセンティブも用意されている[8]。

 こうした規制と誘導の両輪が機能している前提として重要なのが、ドイツでは医師の総数そのものが増えている、という点だ。2014年から2023年の間に就労医師数は25%増加しており、日本の伸び率(約17%)を上回っている[9]。

先に医師を増やした日本の判断をどう評価するか

 では、日本はどうか。

 日本は、1970年代の「一県一医大」構想を起点に、医師の養成数を継続的に増やしてきた[3]。その結果、現在の医師数は過去最多に達し、財政審は「過剰が確定的」という見立てを示すに至っている。

 この「先に増やした」という選択が間違いだったかというと、そう単純には評価できないように思う。少なくとも、医学の進歩とともに診療科の専門分化が急速に進んだ時代に、新しい専門領域を担う医師を継続的に輩出できたことには、一定の意味があった。

 医師の母数を増やしてきたからこそ、循環器内科のサブスペシャリティや、緩和ケア、老年医学といった新しい領域の専門医が生まれてきたのだから。

 フランスが医師の数を絞りすぎた結果、地方の医療砂漠という代償を払ったのと対照的に、日本は医師の数を増やしたことで、少なくとも専門医療の厚みを確保してきたわけだ。

 ただし、こうした日本の判断が完璧だったかというと、そういうわけでもない。医師の数を増やした裏側で置き去りにされた論点がある--これこそ、私たちが現在、立ち止まって考えるべきことだ。

 医師の数が増えた結果、何が置き去りにされてきたのか。

 医療提供体制の生産性の向上、タスクシフト、多職種連携、ICT活用……。こうした量以外の議論が、欧州諸国に比べて十分に進んでこなかったのだ。

 財政審が指摘した医療・介護分野の生産性低下は、その結果とも読めるし、日本医師会と看護協会の間で続くNP制度化(ナース・プラクティショナー制度化:米国などのNP制度を参考に、日本でも看護師が一定の診断や治療などの特定行為を自律的に行えるよう、国家資格化を目指す取り組み)の議論が膠着してきたのも、この延長線上にある。

 各国の動きは、それぞれの過去の意思決定の帰結である。英国は抑制の反省を、フランスは絞りすぎの反省を引き受けている。日本は医師を先に増やしたことの意味を認めた上で、それだけで済ませてしまった論点--仕組みとしての医療提供体制の設計--を今、引き受ける段階に来ている。

取り組むべきは「総合的に診られる医療」の設計

 ここまでの論点を踏まえると、日本が議論すべきテーマがはっきりしてくる。

 1つは、総合的に診られる医師をどう養成し、どう配置するかだ。日本でも2018年に総合診療専門医という制度が始まったが、養成数はまだ限定的である。専門科の細分化が止まらない以上、地域医療を支えるためには、幅広く対応できる医師の存在が不可欠になる。

 もう1つは、医師以外の職種をどう活かすかという議論だ。

 たとえば、NPの制度化を巡る議論が、政府の規制改革推進会議で進んでいる[10]。NPは米国で1965年に始まった制度で、現在は同国で約38万人が活躍し、医師の指示を受けずに一定の診断や処方を行える職種として医療提供体制を支えている[11]。

 日本では2008年に大分県立看護科学大学の大学院でNP養成教育がスタートし、これまでに数百名のNPが養成されている。現在、看護協会などは新たな国家資格としてのNP制度化を求めている一方、日本医師会は医療事故の責任所在などの観点から慎重な姿勢を示しており、議論は続いている[12]。

 NPに賛成か反対かという話は、ここでは議論しない。ただし、超高齢社会が進み、在宅医療や訪問診療のニーズが急速に拡大していく現在、医師だけで全部を担うという前提を維持できるのかという問いは、避けて通れないところに来ている。

 NPに限らず、特定行為研修を修了した看護師、薬剤師、医師事務作業補助者など、既存の多職種をどう活かすかも含めた、幅広い議論が必要だ。

 加えて、これらの議論はテクノロジーの活用と表裏一体である。電子カルテの相互運用やオンライン診療、AIによる診断支援といった技術は、限られた医療人材を最大限に活かすための重要な仕組みである。

 財政審の提言にあった「外来機能の地域単位の統合」「医療機器の共同調達」も、この文脈で議論されるべきテーマだ。

医師の数だけでなく、構造と時間軸で考える

 最後に、1つ補っておきたい論点がある。

 医師養成は、短期では調整できない政策領域の問題である。医師の養成には最低でも10年単位の時間が必要であり、今下した判断の効果が現場で現れるのは10年、20年先になる。定員を増やすにせよ減らすにせよ、その影響を消したり取り戻したりするには、さらに長い時間がかかる。

 英国もフランスも、こうした時間軸の長さに直面している。英国は現在、医師を倍増すべく舵を切っているが、養成から独立した医師になるまでの時間を考えれば、今下した判断の効果が出るのは2040年代以降のことになる。フランスが50年かけて医師を絞りすぎた代償を払ってきたのも、この時間軸の長さゆえの結果である。

 日本が今、医学部の定員削減に踏み込めば、その影響が医療の現場に現れるのは2030年代後半から2040年代以降になる。すでに現在、後期高齢者となっている団塊の世代は、その頃になるとさらに年齢を重ね、医療の需要は今以上に高まるだろう。だからこそ、数だけの議論で結論を出すのではなく、医療提供体制をどう設計するかという構造の議論とセットで考える必要がある。

 本当に議論すべきは、「医学部定員を削減するかどうか」ではない。「深刻な人口減と高齢化が同時に進む社会で、誰が、どのように地域医療を支えるのか」という全体設計だ。

 医師の数、総合診療の役割、多職種連携、テクノロジーの活用--これらの組み合わせ方こそが、本丸の議論になる。

 日本が医師の数を先に増やしたという過去の判断には、一定の意味があった。その上で、医師の数を増やしただけで済ませてきた構造の議論を、これから前に進められるかどうか。財政審の提言は、その出発点として受け止めたいニュースだった。

【参考文献・引用元】
[1]「大学医学部の定員『削減大胆に』 人口減で過剰見通し、財政審提言」共同通信(2026年4月23日)
[2]「医学部の『大胆な定員削減に踏み切るべき』財務省」m3.com(2026年4月23日)および財政制度等審議会財政制度分科会資料(2026年4月23日)
[3] 厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」(2024年末)
[4] NHS England「NHS Long Term Workforce Plan」(June 2023)
[5]「Le numerus clausus supprimé dès 2020」franceinfo(2018年9月18日)
[6]「Numerus Clausus : Comprendre sa Suppression et ses Impacts」ACM Corpo
[7]「Médecine : Numerus Clausus vs Numerus Apertus expliqué」Ekole(2025年6月)
[8]「地方の家庭医にインセンティブ、ドイツの施策は効果があったか」日経メディカル(2025年4月3日)
[9]「ドイツ・フランス・ロシアにおける医師偏在対策」PwCジャパン
[10]「日本医師会、NP国家資格に反対の考え」m3.com
[11] American Association of Nurse Practitioners(AANP)公表資料
[12]「ナース・プラクティショナー(仮称)制度構築」公益社団法人日本看護協会

筆者:中山 俊