4月15日に開催された自民党の法務部会と司法制度調査会の合同会議(写真:共同通信社)


「1ミリも私たちが言うことを聞かないじゃないですか!」--。自民党の法務部会・司法制度調査会合で、稲田朋美衆院議員が叫ぶ姿がSNSなどで大きな話題を呼びました。袴田事件などの冤罪被害を契機に始まった、裁判をやり直す「再審制度」の改正議論が今、大きな山場を迎えています。しかし、法務省が提示した案には「救済どころか改悪だ」との批判が噴出しています。なぜ議論が紛糾しているのか。ジャーナリストの浜田敬子氏が、稲田氏の真意に迫ります。(JBpress)

「法務省は不誠実」

「自民党は法務省のためにあるんじゃない、国民のためにあるんだ!」

 4月15日に開かれた自民党の法務部会・司法制度調査会合で、怒号が飛び交った。

 確定した裁判をやり直す再審制度を見直す、刑事訴訟法の改正議論が山場を迎えている。その議論の場でのことだ。

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「冤罪被害者の救済をさらに困難に」との指摘も

 再審制度見直しの契機となったのは、死刑確定から44年を経てようやく再審無罪を勝ち取った袴田巌さんの冤罪事件だった。事件発生から40年以上経って未公開の証拠が出てきたこと、さらに静岡地裁が2014年に再審開始を決定してから実際開始されるまでに9年もの年月を要したことなど、現行の再審制度では冤罪被害者の救済にならないと見直し議論が進んでいる。

 冤罪被害は袴田事件だけではない。

 有罪確定から40年近く経って再審無罪となった福井事件、再審を求めながら服役中に亡くなってしまった日野町事件など、再審制度の「欠陥」を浮き彫りにする案件が続いた。現行の刑事訴訟法の下では、検察側の証拠開示が不十分であること、裁判所が再審開始を決定しても検察が抗告(不服申し立て)できることから、審理の長期化が避けられないとして見直しの機運は一気に高まった。

 法相の諮問機関である法制審議会(以下、法制審)で、1948年に制定された刑事訴訟法の見直しの議論が始まったのは2025年3月。その答申がまとまったのが2026年2月だった。

 だが法制審の議論の最中から、元裁判官63人や刑事法の研究者135人が「改正の原点が見失われているのではないか」と危惧する声明を発表。日本弁護士連合会(日弁連)も、「冤罪被害者の救済をさらに困難にしかねない内容を含んでいる」と反対する会長声明を発表している。

 冒頭の怒号も、法制審案の内容に強い危機感を持つ議員たちが、このままの案が通れば、改正の意味がない、本来の目的を達成できないと猛抗議したのだった。

 その1人である稲田朋美衆院議員は、これまでの部会でも法制審案に反論し続けてきている。4月6日には司会がメディアを退出させる前に声を上げた。

「マスコミが退出する前にひと言言わせてもらいたいんです!」

「1ミリも私たちが言うことを聞かないじゃないですか!」

 この動画は一気に拡散され、ニュースにもなった。

 今の案のままではどこに問題があるのか。稲田氏はなぜ強い問題意識を持つのか。改めてインタビューした。

出席者の声を無視した司会者

--自民党の部会で稲田さんが叫ばれた動画が一気に拡散しました。再審制度の見直し議論については半年前から、法制審の委員である弁護士らは、今のままの改正ではむしろ「改悪」になると訴え続けていました。メディアも一部報道で指摘し続けていましたが、稲田さんの動画で「何が起きているのか」と関心を持った人も多いと思います。どういう気持ちで声を上げられたんですか。

稲田朋美衆院議員(以下、稲田):私はこれまで自民党の有志勉強会でも委員会でも憲法審査会でも、再審制度の見直しを訴えてきました。

 今のままの法制審案では「かえって改悪になる」と元裁判官も学者なども言っているのでそうした専門家の意見も聞いてほしい、袴田事件や福井事件の再審に関わった裁判官や弁護士の方のヒアリングをしてほしい、そもそも法制審案だけでなく、超党派「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」でまとめた議連案も比べながら議論してほしいと訴えてきました。

再審制度の見直しには「政治の責任がある」と訴える稲田朋美衆院議員(筆者撮影)


 あの「1ミリも〜」発言の前の過去4回の部会でも、発言し続けていますし、私だけでなく他の議員からもそうした声は上がっていたのです。

 しかしあの日、その声を無視されて、司会が次の議題にいこうとしたので、「全く聞いてくれないじゃないですか」と声を上げたのです。

再審開始が決定されても、検察が何度も抗告する

--その時はどの論点を議論していたのですか。

稲田:今回の法制審案にはいくつかの問題点がありますが、その一つが検察の抗告を禁止していないことです。

 現在は再審開始が決定されても、検察が何度も抗告するため実際の再審公判開始までに非常に長い時間がかかっている。

 抗告禁止の議論もまだ終わっていないのに次の論点に移ろうとしたので、私たちの指摘を聞いているのか、と声を上げました。「条文審査に入る」と言われたのですが、そもそも法制審案には抗告についての条文がないから、審査以前に条文を作るべきという話なんです。

 そういうことを発言しても一顧だにされないから、メディアが退席する前にひと言言わせてほしいと。世論に訴えるしかないと思いました。

--なぜ問題点を指摘する議員も多いのに、一顧だにされないのでしょうか。自民党内では法制審案におかしいと思う人は少ないのですか。

高市内閣の政府案に楯突くことになると恐れる議員も

稲田:会議で発言したほとんどの議員がおかしいと訴えましたが、一部の議員は法制審案に賛成と述べました。彼らは法案の中身ではなく、高市内閣が出している政府案を修正することは政府に楯突くことになる、と言います。

 でもそれはミスリードです。今は内閣が国会に提出する法案(閣法)の前の叩き台の段階。それを議論し、より良いものに変えていくのは与党自民党の責任です。

--稲田さんは法制審の議論が始まる前の昨年、一昨年の法務委員会や予算委員会でも、再審制度の見直しについて質問し憲法審査会でも発言されていますね。いつから再審のあり方に問題意識を持っているんですか。

稲田:袴田事件の再審開始が決定した2023年から、自民党の4、5人の有志と勉強会を始めました。(元静岡地裁裁判官で袴田事件の再審開始を決定した)村山(浩昭)さんや(鹿児島県で起きた大崎事件の再審弁護団事務局長を務めた)鴨志田(祐美)さん、法務省の刑事局長らに来てもらい、双方から話を聞き論点整理から始めました。

 1回目の勉強会から、圧倒的に弁護士側の話に説得力を感じ、一方の法務省の言い分は技巧的に思えました。

 そこから少しずつ勉強を始めて、超党派の議連が立ち上がると参加するようになりました。当時の私は、再審開始を求める裁判と再審公判の二階建てになっていることすらわかっていませんでした。

--弁護士である稲田さんも、ですか?

稲田:弁護士でもみんなが刑事訴訟法の再審の部分をきちんと理解しているわけではありません。

袴田事件は地裁の再審決定から開始まで9年

--今の再審制度で一番問題だと感じている部分は?

稲田:冤罪を晴らすのにあまりにも長期間かかりすぎていることです。

 まず再審を請求するには「新たな証拠」の提出が必要です。しかし、もともと検察がどんな証拠を持っているのか、それを請求しても20年も出てこないということが起きています。

 ようやく裁判所が再審開始を決定しても、ほぼ機械的に検察側は抗告するため、早期の救済を阻んでいます。袴田事件は地裁の再審決定から開始まで9年かかっています。

再審開始を密室裁判で決めるのは憲法違反

稲田:再審開始を求める裁判は密室裁判なんです。再審事件に関わった弁護士の鴨志田さんから聞いたのですが、法廷に鍵をかけるそうです。憲法では、裁判は公開の法廷で迅速にやると定められているのに、そもそもこのやり方は憲法に反しています。

 冤罪被害者の救済を目的に法制審の議論が始まったと思っていたので、私は法制審を信頼していたんです。ですが、法学者や元裁判官の声明や法制審の議事録を見て、「これはダメだ」と危機感を抱きました。

--そもそも法制審のメンバーが偏っていませんか?

稲田:このメンバーの選び方は法制審案の正当性に関わると思います。

 まずメンバーの学者6人の中に再審に関する論文を書いた人が1人もいません。検察の抗告禁止に関しては、賛成・反対両方の意見が学会でも実務家でもあるのだから、両方の立場の学者を入れるべきなのに、学者メンバー全員が抗告禁止に反対し、それに学者や元裁判官が反対声明を出す事態になっており、そのこと自体がメンバー選定が偏っていることを表しています。

現職の検察官や警察官僚がメンバーに入っている違和感

 あるメディアが再審に関する論文を過去10年に書いた学者22人にアンケートをしていますが、回答を寄せた19人は全員「抗告は禁止すべき」と回答しているんです。学者の選び方が不公正でしょう。

 メンバーには検察官も入っていますが、警察・検察の不適切な対応が原因で生まれた冤罪被害者を救おうというのが今回の立法事実なのに、現職の検察官3人、警察官僚1人が入り、採決に加わっていることにも強い違和感を覚えます。

 さらにその検察官は「抗告禁止反対」を唱え、冤罪事件に関わった弁護士らのヒアリングも必要なし、と主張しているのですからあり得ないと思いました。

 福井事件では検察は無罪を推定させる証拠を持っていながら、隠したまま、矛盾する証拠で有罪を主張し、一審の無罪判決の後、高裁に控訴しています。有罪を騙し取ったとも言える事件です。

 検察が組織ぐるみで証拠を隠し、1人の人の人生を台無しにした事件でさえ、ヒアリングは必要ないという。そしてそれが許されている。それだけでも法制審の議論の進め方がいかに検察寄りに偏っているかがわかります。

冤罪を長年放置する司法制度に誰が信頼を抱くのか

--法務省や検察側は抗告禁止に反対する理由として、地裁から最高裁までの三審制のもとでいったん確定した有罪判決を、地裁の決定だけで見直すことになれば、「法的安定性」が揺らぐと説明しています。

稲田:法制審案の中身を読むと、刑事訴訟全体の整合性とか確定判決の法的安定性を述べているのですが、非常に表面的だと感じます。この改正の目的は冤罪被害者をどうしたら救えるかということ。法的安定性を持ち出して反論すること自体、間違っています。

 私は冤罪被害者の救済は法的安定性よりも重要で、冤罪の救済を犠牲にして守らなければいけない法的安定性はないと思っています。そもそも冤罪被害者を生み出した確定判決に法的安定性を持ち出してはダメなのです。冤罪を長年放置する司法制度に誰が信頼を抱くでしょう。

--法務省や検察は、抗告を禁止したら、確定した有罪判決に対して次々と再審を請求されることを恐れているのでしょうか?

稲田:再審を請求するには、「無罪になる明らかで新たな証拠の発見」という非常に厳しい要件があるのです。この要件がある限り、誰もが再審を請求できるものではない。

 この要件があまりに厳しいので、最高裁では過去、新しい証拠だけで無罪と言えなくても、従来からあった証拠に新証拠を加えることで無罪が主張できるのであればそれでもいいと言っているんです。私はこの最高裁の判断も、今回の改正には入れるべきだと思っています。

 先日朝日新聞に掲載された再審事件を担当した現役裁判官のインタビューを読んでも、再審開始の決定(裁判やり直し)はとても重いもので、夢に見るまで悩み抜いたと話しています。自分だけでなく右陪席、左陪席の裁判官の出世にも関わるかもしれない。再審で無罪にならなければ職を辞すぐらいの覚悟で臨んだと。さらに事件には被害者がいるわけだから、そんなに簡単に再審開始の決定なんかできないんですよ。

 改めて言うと、今回の法改正の立法事実は何かという目的を見失った議論を法制審はやっているんです。これだけ冤罪被害者の救済に時間がかかっている、それをなんとかしなければいけないというところから議論は出発しているはず。それを忘れてはいけないのです。

生半可な修正ではダメ

--今後議論はどう進んでいくのでしょうか?自民党内でも反対の意見が噴出したことから、法務省は修正案を示してきています。しかし、15日の部会に提出された修正案ではやはり抗告は禁止していません。代わりに、再審開始決定を取り消すべき十分な理由があると認める場合でなければ抗告してはならない、と検察の抗告を一定制限するような内容が加えられました。さらに裁判所が抗告の審理を「1年以内」とする努力義務を設けることも追加されました。

稲田:生半可な修正ではダメです。やはり抗告は禁止しないと冤罪被害者の救済という目的は達成されないと思います。

--冤罪事件が起きる要因は、警察や検察などが誤った捜査をしても、それを検証しないことにあるのではないでしょうか。人がやることには間違いが必ず起きうるということを前提に考えるべきでは?

稲田:福井事件などは本来であれば組織が吹っ飛ぶような事件です。検察が無罪につながる証拠を隠し続けていたわけですから。それでもきちんとした検証がされていません。

 袴田事件は検証しましたが、自分たちの組織内で済ませています。普通の組織であれば、第三者委員会を作って徹底した調査をやるような案件です。その上で原因を国民にも明らかにし、謝るべきところは謝るべきです。

 人も組織も間違えることはあるんです。

警察や検察は圧倒的な権力、対抗するには法律しかない

--司法の問題は誰もが関わる問題なので、もっとみんなが関心を持った方がいいと思っています。どうしたらもっと関心を持ってもらえると思いますか。

稲田:自分ごととして考えてもらいたいです。誰もがいつ冤罪に巻き込まれるか。大川原化工機の事件も、村木厚子さん(元厚生省事務次官)にしても、犯罪とは無縁の世界にいた人が突然巻き込まれるんです。

 警察や検察は圧倒的に力を持っています。それに対抗するには法律しかないんです。だから救済できるよう法制度をしっかりとしておくことが必要です。

 そしてそれは政治の責任です。このまま通したら自民党の政治史に歴史的汚点を残すことになりかねないと思っています。

筆者:浜田 敬子