『ライオンの隠れ家』反響の裏でよみがえる、海外での大赤字…それでも兄が弟の才能を信じ続ける理由
2024年秋に放送され、大きな話題を呼んだTBS系金曜ドラマ『ライオンの隠れ家』。坂東龍汰さんが演じた自閉スペクトラム症の青年・美路人(みちと/通称:みっくん)が作中で描く数々の絵を手がけていたのが、福岡に住む画家・太田宏介さん。彼もまた、みっくんと同じく自閉スペクトラム症の特性のあるアーティストだ。
宏介の兄・太田信介さんが、自身の体験をもとに、障がいのある弟と向き合いながら感じたことや歩んできた道のりを、エピソードとともに寄稿する連載。第6回前編では、脱サラして弟の絵の仕事で起業したときに周囲から受けた声や、「弟の才能が信じられなくなった」という葛藤をお伝えした。後編では、起業から14年が経った信介さんが再び弟の才能を疑ってしまった理由と、そのときの心情を綴る。
『ライオンの隠れ家』後の宏介の変化
先日、名古屋三越店で個展を開催しました。立派な会場で、6日間で3000人を超える方にご来場いただきました。名古屋での個展は今回が初めてです。おそらく来場者の8割以上は、ドラマ『ライオンの隠れ家』をきっかけに、私たちの存在を知って足を運んでくださった方々だと思います。
今回、久しぶりに母を個展に連れて行きました。百貨店での個展は座る場所が限られており、母も高齢になってきたため、これまで連れて行くことができませんでした。しかし今回は三越さんがバックヤードで座る場所を用意してくださったので、母も安心して参加できました。母は大変喜んでいましたが、来場者の多さや何より宏介の姿に驚いたようです。
ここ半年ほどで私も感じているのですが、宏介は画家としての風格が出てきました。多くの方に囲まれてライブペイントをしていても動じず、堂々としている姿は、まるで巨匠のようです。以前はあどけなさや落ち着きのなさがありましたが、『ライオンの隠れ家』以降、注目されることを緊張ではなくエネルギーに変えています。母もそれを感じたようで、「宏介、変わったね! 堂々としている」と言い、さらに「宏介を甘やかしていたかもしれない」と続けました。この言葉は、宏介を心配するあまり、これまで十分にチャレンジさせてこなかったのではないか、という思いから出たものだと思います。
おかげさまで、私たちは仕事で忙しくしています。私も宏介の体調やモチベーションを常に気にかけていますが、宏介は忙しさを喜び、精一杯頑張っています。母は心配していたと思いますが、宏介はたくましく成長していました。母にその成長を実際に見せられただけでも、福岡から名古屋まで連れて行って本当に良かったと思います。
障がいのある方の幼少期は多動も多く、親御さんは将来への不安や周囲の目が気になり、苦労も少なくありません。私の両親もそうだったと思います。そのため、障がいのある方が大人になり、落ち着いて生活できるようになっただけでも、「素晴らしい」と感じる親御さんも多いでしょう。私の母もまさにそうです。
しかし私は、家族であると同時に、ビジネスパートナーとしても見ています。宏介が成長することで私も会社も成長できると考えています。宏介は私の姿をよく見ており、私が頑張るから自分も頑張ろうと感じてくれているのだと思います。
台湾での挫折でまた「信じられなくなった」
ドラマ『ライオンの隠れ家』を通じて、バンクーバーの日系文化センターからご連絡をいただきました。ドラマをネットでご覧になった日系文化センターの日本人職員の方が、宏介の作品に感動され、「もしよければ、バンクーバーで作品を通した文化交流をしたい」という内容でした。
本当にすごい時代になったと思います。世界中で日本のドラマが見られるなんて。いろいろなやり取りを重ねた結果、来年のバンクーバーのアートフェアに出展することを決めました。しかし正直、海外での挑戦には苦い思い出もあり、3年前の台湾個展のことが頭をよぎります。
3年前、台湾で個展を開催しました。台北市の航空会社が運営する高級ホテルの1階ロビーでライブペイントを行い、最上階のラウンジで絵画の展示販売を行いました。欧米からの宿泊客も多い格式の高いホテルで、期待を持って台湾に向かいました。しかし、初めての海外個展ということもあり右も左も分からない中、結果は予想を大きく下回るものでした。絵画はいくつか売れましたが、大赤字で帰国することになったのです。
この海外個展で学んだことは多くあります。まず、海外では宏介は無名だということです。ライブペイントをしていても、海外のお客様は素通りしていきます。国内ではあり得ないほど、作品に無反応な場面もありました。正直、起業当初に感じた「宏介の作品に自信を持てない」という思いがよみがえるほどの大きなショックでした。
それでも、今回再び海外に挑戦する理由があります。そもそも私たちは草間彌生さんを目標にしています。草間彌生さんも、海外で最初から売れたわけではなく、努力を重ねてニューヨークで評価され、素晴らしい画家になりました。今の宏介であれば国内である程度やっていけるかもしれませんが、草間彌生さんを目指す以上、海外に挑戦することは必要だと考えています。
バンクーバーではアートフェアに出展します。ホテルのような場所は絵を見に来る場所ではありませんが、アートフェアは絵だけを見に来る場所で、購入するための場でもあります。バンクーバーではまだ無名の宏介ですが、1年間、日系文化センターなどで作品を展示していただき、広報もサポートしてもらう予定です。
私たちは、現状維持を目指し始めたら衰退の始まりだと考えています。だからこそ、これからも挑戦を続けていきたいと思っています。
自信のなさは経験不足が招いた迷い
起業当初と台湾個展のとき、私は宏介の才能を二度疑ったことがあります。今振り返ると、それは自分自身の経験不足が原因でした。起業も海外個展も、すべて初めての経験であり、自分に自信がなかったことが、宏介を信じきれなかった理由だと思います。
一方で、やめようと思ったことは一度もありません。妻とも「あの頃には戻りたくないね」と話すほど苦しい時期ではありましたが、一度自分で決めたことを、周囲の声に惑わされず信じ続けることの大切さを今は感じています。
物事が最初からうまくいくことはほとんどありません。挑戦を続け、うまくいかない経験から学び、次の成功につなげるために考え、行動し続けることこそが、事業を継続する上で最も重要だと考えています。宏介のせいにすることは簡単ですが、それは単なる他責であり、自分自身の成長にはつながりません。
宏介もまた、新しいことに挑戦しています。東京の画廊の方との世間話の中で、「お月見さん」や「のぼり龍」、「宝船」などの作品が人気だと聞きました。縁起の良いモチーフが人気のようですが、これらは宏介がこれまで描いたことのない題材です。それでも宏介は挑戦し、作品を仕上げています。
4月中旬からは、私一人でバンクーバーに出張します。日系文化センターに宏介の作品を展示し、グッズやポストカードも販売しながら、1年かけて現地での知名度を高める予定です。バンクーバーでの新たな挑戦が成功するかどうかは分かりませんが、有難いことに現在は国内に多くの応援してくださるファンの方がいらっしゃいます。その想いを胸に、海を渡って頑張りたいと思います。
